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12-5




 顔を赤くして、ごにょごにょと言い訳を並べていたリディであったが、突然「ああ、もう!」と叫んだ。


「僕のことはどうでもいい! それよりお前の話だ、クロムウェル!」


「俺の? 何がです?」


「決まっているだろう。お前の将来、つまりは然るべき結婚についてだ」


 びしりと指を突き付けられ、クロヴィスは思わず頭を抱えそうになった。


「先ほど、言いましたよね? いいですか。俺には、特定の相手を作る暇などありません」


「暇がない? 時間は作るものだぞ、馬鹿なのか?」


 当たり前だと言わんばかりに、リディが目を吊り上げる。たしかに彼のいうことは正論であり、優秀なる補佐官をしても返す言葉もない。とはいえ、よりによってリディ・サザーランドにやり込められるとは、クロヴィスにとっては不覚の極みである。


「もっとだな、お前は自分の人生について真剣に考えろ。僕のライバルたるお前がそんなでは、張り合いがなくてつまらん。……あ、まずい!!」


 いつから、俺はあなたのライバルになったんですか。


 そうクロヴィスが突っ込みを入れる前に、リディはびくりと身体を強張らせた。その視線の先には、おなじみひげ面の大男、地方院長官ダン・ドレファスが、だれかを探してきょろきょろと首を巡らせていた。


「いいか、真剣に考えろよ!」


 そう言い捨てると、リディは脱兎のごとくその場を離れ、踊る人々の中に紛れていった。呆気にとられたクロヴィスがその背中を見送っていると、隣でロバートがまっすぐに流れる銀髪を揺らして吹きだした。


「ははは! 俺はどうにも、あいつのことが憎めないよ。昔からこんなに面白いやつだったら、遠征時代をもっと愉快に過ごせたのにな」


「まったく……。騒がしいお人だ」


「その通りだな! しかし、あれで結構、真理を突いてもいたぞ」


 くつくつと笑う友人に、クロヴィスは疑いの目を向けた。リディが話したことといえば、たまには年頃の娘に目を向けてみろということぐらいではないか。


 すると、クロヴィスの考えを見透かしたように友人はいたずらっぽく目を細め、その瞳を華やかな舞踏会へと向けた。


「おお、見ろよ。姫さま、今度はオルストレの王子に誘われたみたいだぜ。今日きているのは、第二王子のナヴェル殿下だったかな」


「何?」


 慌ててクロヴィスがロバートの視線の先を追うと、ちょうどアリシア姫が王子に手を引かれてホールの中心に進み出るところだった。


 指揮者が軽く手を振り、管弦楽団が緩やかに曲を奏で始める。それに合わせて、寄り添う二人も流れるように踊り始めた。


 オルストレの王子は、たしかアリシアより3つほど年上のはずだ。すっと背が高く、整った顔を縁取る髪は輝く金髪であり、まさに王族といった外見だ。その姿は、大天使や神々の化身のようだと評される隣国の王太子、フリッツ王子の絵姿を彷彿とさせた。


(フリッツ王子、か)


 隣国の王子も、今年で19歳になるはずだ。


 かつて遠征で隣国に滞在していた折、式典などで遠目にはその姿を見ることもあった。


 当時の王子はまだ幼子だったためか、彼には、少女とも少年とも見分けのつかない中性的な美しさがあった。しかし一方で、その整った顔には何の感情も浮かんでおらず、まるで精巧な人形であるかのような印象を受けたのを覚えている。


 帰国してからは実際にその姿をみることはなくなったが、絵姿だけは何度か目にする機会があった。二人の縁談を望む隣国の女帝が、なんどかそれを送り付けてきたためである。


 絵姿を見る限り、王子は大層立派に成長したようだ。肩幅は広く次期王としての威厳を備え、凛とした強い光を宿してこちらを見つめる瞳は理知に満ちていた。


 前世で見たフリッツ王は美しく立派な男性で、過去の自分は彼への恋に溺れてしまっていた。そう、アリシアは何度となくクロヴィスに話したが、彼女を狂わせるだけの魅力を確かに秘めていると感じた。


「滑稽だと思わないか?」


 ふいにロバートが発した声に、クロヴィスは思考の海から引き戻された。


「滑稽? 何が?」


「もちろん、アリシア姫を誘っている男のすべてが、だよ」


 肩をすくめて、ロバートは何でもないことのようにさらりと答えた。


「皆、あの方の何を知っているっていうんだ? 大方があの美貌と、ハイルランドの次期後継者という地位に目がくらんでいるだけさ。その裏に隠された本当の魅力に、何一つ気が付いていない。エアルダールの王子なんて最悪だ。彼女に会ったことすらないんだぜ」


「仕方ないだろう。王族同士の結婚は、そんな悠長なものじゃない。夫婦となるその時まで、互いの顔を見たことすらない例もある」


「確かに。それが王族の結婚だと言われれば、それまでの話だ。あの方のことを知っているという意味では、世界中の誰もお前には適わないのにな」


 だからこそ、とロバートは困ったように笑った。


「ここにいる誰よりも、俺はお前を哀れに思うよ」


「何がいいたい」


 その時になって、初めてクロヴィスは親友の顔をまじまじと見つめた。すると、ロバートも普段のおどけた笑みを消して、真剣な顔でこちらを見ていた。


 心地よい調べがホールに反響し、人々が笑いあう声がそこに混ざる。だが、向かい合う二人の青年の周りだけは、そうした喧噪から切り離されたようだった。




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