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昼食会、園遊会、騎士楽団によるパレードと、式典はつつがなく進行された。特に城内の広場の一部を住民たちにも開放し、そこで執り行われた騎士楽団パレードは見応えがあり、高らかに打ち鳴らされる楽器と統制のとれた楽団の行進の調和は観客を圧倒した。
そうして時間が過ぎ、日はすっかり沈んだ。夜になると城内の大ホールに明かりが灯され、オレンジに輝く光がきらきらと輝く中、華やかな舞踏会が催された。
そんな中、アリシア付き補佐官クロヴィス・クロムウェルは、ホールの端の壁際で静かに会場の様子を見守っていた。
長い脚を軽くクロスさせ、壁に身を持たれた黒髪の美丈夫の姿に、若い貴族の娘などは色めき立ってちらちらと熱い視線を送っていた。しかし、当の本人はそれに気づいた風もない。
彼の紫の美しい瞳が向けられた先には、ホールの中央あたりで踊るアリシアがいた。彼女は先ほどから次々に各国の王子に申し込まれ、そのたびに見惚れる踊りを披露していた。
現在彼女の手を取るのは、リーンズスの第二王子だ。彼はすっかりハイルランドの青薔薇に夢中のようで、顔を真っ赤にしてぎこちなくリードをしている。対するアリシアの方は落ち着いたもので、王子の足りない部分をそれとなくカバーしながら踊り続けていた。
ワルツの調べに合わせて二人がくるりと回り、王女の薄水色のドレスの裾がふわりと広がる。少女から大人の女性になろうとする王女の凛とした美しさに、見ていた人々の口からほぉっという感嘆が漏れ出た。
感動を覚えたのは、王子も同じだったらしい。思わずといった様子で、アリシアの腰に回した手に力がこもる。
みていたクロヴィスは、無意識のうちにわずかに顔をしかめていた。ちょうどその時、声を掛けてきた二人組がいた。
「おいおい、いいのか? 大事な姫さまに悪い虫がつきまとっているぞ」
「……ロバートか。それに、リディ殿まで」
いつの間にか隣にたっていたのは、ロバート・フォンベルトとリディ・サザーランドの二人であった。二人ともかつてはともにエアルダールに遠征をした仲間であり、様々な経緯を経て、今ではそれぞれに王国に仕える身となっていた。
最初に声をかけたロバートの背後から顔を出し、リディ・サザーランドは気取った仕草で前髪を跳ね上げた。
「相変わらずだな、クロムウェル。せっかくの夜会に、すすんで壁の花になろうとは。そのままではあまりにお前が哀れだからな、この僕が相手をしにきてやったぞ」
「なーにいってんの。ドレファス長官殿につかまりたくなくて隠れていた結果、見事“壁の花”になりかけていたのは坊ちゃんの方だろ」
「うわ、なんてことを言うんだ! それは秘密って約束だ!」
「……あなた方は、二人そろって変わりませんね」
とたんに騒がしくなったことに、クロヴィスは小さく嘆息した。
遠征時代からの友人であるロバートはこの6年で出世を果たし、今や近衛騎士団の団長を務めあげる傍ら、南方騎士団の特別顧問を引き受けるようになっていた。以前よりさらに忙しくなった彼だが、クロヴィスとの親交は続いていた。
そして、かつては色々とあったリディであったが、公務でやり取りを重ねるうちにわだかまりも薄れ、今では顔を合わせば挨拶を交わす程度の付き合いになっていた。むしろリディの方は何がお気に召したのか積極的に(以前とは違った意味で)絡んでくる始末であり、クロヴィスとしてはそろそろ鬱陶しいほどであった。
突如襲来した二人の友人を相手している間にいつの間にかアリシアはダンスを終えたらしく、ホールの中央から姿を消している。おかげで、主人の姿を見失ってしまったではないか。
アリシアの特徴である空色の髪をさがしてクロヴィスが会場に視線を走らせていると、気づいたリディがあきれたように肩をすくめた。
「お前、何もこんな時まで補佐官面しなくても良いではないか。見ろ! 今宵に咲く花は、何もアリシア様おひとりではない! たまには堅物の仮面をかなぐり捨ててみたらどうだ」
「俺にはそんな時間はない。この身のすべてをかけ、あの方に仕えると誓ったのだから」
「あぁあ。そんなことばかり言っているから、婚期を逃すのだ。いいか? このままでは生涯独身を貫くことになってしまうぞ!」
「おっと、坊ちゃん。それ以上は、かえって自分の首を絞めるというものだ。そろそろ本気で妻を娶らないと、ドレファス殿を“父上”と呼ぶことになるぞ。いや、違ったかな? そういう日が本格的に近づいているという話だったか」
力説するリディをさえぎって、ロバートがにやりと唇を釣り上げる。途端にリディは赤みがかった髪を逆立て、声を押し殺したまま必死に弁明した。
「い、いいか! 僕は長官の娘とだけは結婚しないぞ! 僕はサザーランドの生まれだ! 僕の優美な気質が、あんな熊みたいな男と合うものか」
「そう思っているのはお前だけで、ドレファス殿はすっかりお前を気に入っているじゃないか。それに、ご令嬢のことは憎からず思っているのだろう?」
「……そりゃあ、まぁ、エマ殿は、うん」
何やら口の中でもごもごと呟いて、リディは小さくなった。そんな彼を、クロヴィスですら目を丸くして見た。ドレファス長官が上官権限で無理やりに呼びつけた邸宅での茶会で、うっかりと彼が令嬢に惚れてしまったという噂は、本当だったのだろうか。




