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12-3



 クラウン夫妻で、一通りの客人の対応が終わったことになる。ふうと息をついたアリシアに、ジェームズ王がにこりと笑みを向けた。


「シアもお疲れ様。王女として、立派に挨拶できていたね」


「フーリエ女官長にたくさん指導してもらったもの」


 ちらりと少し離れたところにいるフーリエを見ると、「姫様、ご立派でしたよ」と声を発さず口だけで伝えてきた。もちろん、無表情で。


 思わず表情が緩んでしまうアリシアのとなりで、ジェームズ王はそれとわからないよう小さく伸びをすると、「さて」とあたりを見渡した。


「この後は昼食会、園遊会、騎士楽隊によるパレード、それから民への挨拶と盛りだくさんじゃ。その間、どんな要望が各国から飛び出すかの……。まあ、今回はシアを目当てに来ている気もするがの」


「え?」


「気づいておらぬか? 今日きている国のほとんどが、年頃の王子を連れておる。リーンズスの王子など、シアを見て真っ赤になっておったではないか」


「そ、そう?」


 アリシアがどきまぎと答えると、ジェームズ王は大仰に頷いた。


「伯母上がここにいる以上、エアルダールに気をつかうなら、国としてシアに婚約話を持ち掛けることはできぬ。だが、本人たちが恋に落ちてしまえば話は別じゃ。そんな期待もあって、どこの国もわざわざ王子を連れてきたのだろう」


 とんでもない王の暴露に、アリシアはぎょっとして広間の人々を見渡した。言われてみれば、各国の王子たちが、ある者は熱い視線を、ある者は控えめな好意をアリシアに向けていた。


(部屋に、戻ってもいいかしら……)


 幼い頃に戻ったかのように、アリシアは遠い目をして天を仰いだ。


 アリシアを妃にとエアルダールの女帝が望んでいることは、ひろく知られた事実だ。そのため国内外を問わず、アリシアに積極的に縁談を持ち掛ける者はいない。皆、女帝に睨まれることを恐れているのだ。


 そんなわけで、輝く美貌をもつ妙齢の王女に関わらず、アリシアはいまだに誰とも婚約していない。だが、アリシアは先見の目に優れた賢姫とうたわれ、ハイルランドの次期王とも噂される人物だ。表立って行動を起こすことはできずとも、どうにか姫の心を自国の王子に向けさせることは出来ぬかと、どの国もやきもきしているのである。


 一方でアリシアはというと、誰かと結婚をする気になれずにいた。


 王女として生まれた以上、どこかの国の王子と政略結婚をするか、自国の有力貴族を結婚という形で取り立てるのが筋であるとは理解している。だが、前世での大失敗を考えると、どうにも前に踏み出す気になれない。


(それに私は……)


「アリシア様、お迎えに上がりました」


 背後に人が訪れた気配があり、低く澄んだ声が王女の名を呼んだ。思わずびくりと飛び上がったアリシアは、頭をかすめてしまった考えを締め出そうと、慌ててぶんぶんと強く首を振った。


「待っていたわ、クロヴィス」


 振り返った先に黒髪の補佐官、クロヴィス・クロムウェルをみつけて、自然とアリシアの顔には笑みが広がった。


 微かに残っていた少年の面影はなくなり、クロヴィスは大人の男としてより洗練された色香を漂わせるようになっていた。より前世の姿に近しくなったともいえるが、彼がアリシアに向ける忠誠にはまったく揺らぐことがなかった。


 かつてよりは身長差が縮まったとはいえ、長身の彼の顔はいまだにアリシアの目線の先より高いところにある。彼を見上げるアリシアは、補佐官が微かに息をのんだことに首を傾げた。


「何? どうかした?」


「ああ、いえ……」


 補佐官は困ったように答えを濁らせると、曖昧に視線をそらした。一方でアリシアも、式典用の礼服に身を包んだクロヴィスの姿に、少々動揺をしていた。


 相変わらずのことではあるが、彼は本当にこういった格好がさまになる。各国の王子との対面を果たした後でいうのもなんだが、クロヴィスこそ、どこぞの王太子だと言われても納得してしまう。


 これでは、今日訪れている女性たちは皆、彼に目を奪われてしまうことだろう。事実、各国の王子以外にちらちらと女性の視線を感じるのは、この無駄に整った外見に恵まれた補佐官が原因で間違いないだろう。


なんというか、面白くない。


「……人の気も知らないで」


「すみません、何かおっしゃいましたか?」


「いいのよ。独り言だもの」


 八つ当たりのように呟けば、聞き取れなかったクロヴィスが不思議そうに眉根を寄せる。それを適当に誤魔化していると、クラウン夫妻を案内し終えたナイゼル・オットー補佐官が戻ってきた。


「さぁ。そろそろ行くかの。客人も待ちわびておる」


「はい、お父様。……クロヴィス」


「かしこまりました」


 恭しく一礼してから、クロヴィスが白い手袋をはめた手を差し出し、微笑んだ。


「お手をどうぞ。会場までご案内いたします」


 澄んだ紫の瞳がアリシアを映し出し、王女の心をそわそわと落ち着かない心地にさせた。


 彼は大切な従者であり、パートナーだ。そのように線引きをすることでせっかく折り合いをつけたのに、ふとした瞬間に、閉じ込めた感情が暴れだしそうになる。


 主に、無自覚極まりないクロヴィスの所業によって。


(ほんと、人の気も知らないんだから)


 今日も今日とて、惜しみない忠誠をその美貌にのせる補佐官をじっとりと睨みつつ、アリシアはその手をクロヴィスと重ねたのであった。


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