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12-2



 フーリエ女官長らの手により、すっかり式典用に飾り付けられたアリシアは、式典が執り行われる大広間へと向かっていた。


 艶やかな髪を美しく編み上げ、しなやかな肢体に白に近い薄水色のドレスをまとったアリシアは、お伽話に登場する月の精に例えられるほどの美しさだ。にも関わらず、全身を飾り立てられた疲れから、王女は口をへの字に曲げていた。


 以前、彼女は侍女のアニに、「なにも女官長がこなくたって、アニとマルサが手伝ってくれたら自分で着替えられるのに」とこぼしたことがある。


 鉄仮面とも評される表情の変化に乏しい婦人ではあるが、公正でしっかり者のフーリエをアリシア自身も好いている。とはいえ、ドレスの着付けと共に姿勢や振る舞いをそれはもう口を酸っぱくして指導する女官長のせいで、毎回着替えが終わるとぐったり疲れてしまうのだ。


 だが、アニは「女官長の生きがいを奪っちゃだめですよ」と笑った。


「あの方はね、アリシア様。姫様がハイルランド王室にふさわしい立派なプリンセスになられるのを、ずっと夢見て頑張ってきたんです。せっかく夢が叶ったって時に楽しみを奪ったんじゃ、あんまりにかわいそうですよ」


 そんなわけで少々窮屈ながらも、アリシアはこの女官長に文字通り身を任せている。疲れはするものの、実際、公務での振る舞い方は彼女に教わるところが多いため、色々と指導してくれるのはありがたくもあった。


 その女官長はというと、騎士が二人両脇を固める大扉の前に到着すると、改めて王女の頭のてっぺんから足の先まで再確認した。


「髪は……ほつれていませんね。顎をひき、背筋をもっと伸ばして、そう。指先までエレガントに。アリシア様、あなたは注目の的なのですよ」


「はいはい、わかったってば。ハイルランドの文化、歴史、それを映しだす鏡だと己を自覚せよ。そうでしょ?」


「おわかりならば良いのです」


 フーリエの口癖を暗唱してみせれば、女官長は大真面目に頷いた。表情の変化に乏しい彼女にしては、満足そうに笑みを浮かべている。最後にドレスの裾をきれいに整えてから、フーリエは扉の脇にたつ騎士二人に合図を送った。


 胸を張れ。ハイルランドの青き薔薇として。


 気を引き締めたアリシアの目の前で、騎士が扉を開く。そうして、彼女は城を訪れた客人たちを迎えるべく、壮麗なるホールへと足を踏み入れたのだった。






 女官長が特に張り切っていたのもそのはず。


 今日は、ハイルランド王でありアリシアの父であるジェームズの生誕を祝う式典が、ここエグディエル城で開かれるのである。


 普段は文官やら騎士が行き来するこの城も、今日という日は国内の貴族や各国の王族、主要貴族らが招かれ、城内を華やかに彩る。特にご婦人方のドレスは優美さを極め、(こういうと女官長には怒られるが)あまり服装に頓着しないアリシアでさえ見ているだけでわくわくした。


 さて、アリシアはというと、ジェームズ王の隣で次々に挨拶に来る客人たちの対応をしていた。ワーグス公国、リーンズス王国、オルストレ王国、エトセトラ。エトセトラ。昔に比べたら各国の王族の絵姿が大分頭に入ったアリシアであったが、これだけの人数を相手にするのはさすがに頭がパンクしそうだ。


 とはいえ、一緒にいるのは、茶目っ気が豊富なことで知られたジェームズ王だ。


「ワーグス王はのう、あの強面のくせして幽霊の類が苦手での」


「リーンズスの羊はうまい。とにかくうまいらしいのじゃ」


「オルストレのとこは王が妃に一目ぼれしたそうじゃ。愛の唄を届けて口説きおとしたらしい。ロマンじゃな」


 人が一瞬途切れたところで、すぐにこうした情報を耳打ちしてくるものだから、妙な印象と共にアリシアは彼らの大半を間違えずに覚えることができた。こういうジェームズ王のいたずら好きなところは、この6年でもさっぱりかわっていなかった。


 そんな中、広間にちいさなざわめきが起こった。


「おお。到着されたか」


 大扉の方に顔を向けたジェームズ王が、丸い顔を嬉しそうにほころばせる。つられてアリシアがそちらを見ると、一組の男女がこちらに向かってくるのが目に入った。


 がっしりとした体格の立派な男性は、エアルダールの外相ジェレミー・クラウンだ。だが、人々の注目を集めたのは、クラウン氏の方ではない。彼にエスコートされて優美に歩みを進める、ベアトリクス・クラウンの方だ。


 50半ばに届くというのにいまだ美貌が色あせないその貴婦人は、実はエアルダールの前王の末の妹である。つまり、ジェームズ王にしたら叔母に当たる人物だ。


 彼女の来訪は、外相を務める夫以上に政治的な意味を持つ。なぜなら、現エアルダール王であるエリザベスを気にかけ、王位継承権を与えるよう王に口利きしたのはベアトリクスであるからだ。


 絶対権力者であるエリザベスが一目置き、エアルダール国内でただ一人、全幅の信頼を寄せる相手。そのベアトリクスに足を運ばせるということは、エリザベスがその国との繋がりを重要ととらえている証に他ならない。


 ちなみに、エリザベス本人はというと、彼女は滅多にエアルダールから他国に足を運ぶことはしない。彼女自身が多忙であることも理由の一つであろうが、最大の要因はエアルダールの国力が他国にくらべ圧倒的であるがゆえだろう。


 人々が見守る中で王の前に進み出たクラウン夫妻に、ジェームズ王は顔をほころばせて歓迎の意を示した。


「伯母上。お元気そうで安心いたしました」


「おひさしゅうございます、陛下。このたびは、お招きいただきありがとうございます」


「やめてください。伯母上にそのようにかしこまられてしまうと、私が後で母に怒られてしまいますよ」


 首をすくめてみせたジェームズ王に、ベアトリクスは悪戯っぽく笑みを返した。年を重ねてなお、少女のような可憐さを見せる彼女にアリシアが見惚れていると、その目が王女の方に向けられた。


「まぁ、アリシア様。ますますお美しくなられて。まるで、リズベット様が戻ってこられたみたいだわ」


「おひさしぶりです、ベアトリクス様。エグディエルまで足をお運びいただき、誠にありがとうございます」


「ハイルランドには姉上もいるし、大事な甥っ子やその娘がいるのだもの。ちょっとくらい遠くたって、ここに来るのは楽しみなことですよ」


 答えながら、ベアトリクスは意味ありげに微笑んだ。アリシアが戸惑っていると、ベアトリクスはさらりと視線をジェームズ王に戻して「そうだわ」と無邪気に問うた。


「姉上はきているかしら? ご挨拶したいわ」


「もちろんです。母も、伯母上に会うのを楽しみにしていました」


 王はすぐさま後ろに控えていたナイゼル・オットーを呼ぶと、彼にクラウン夫妻を先王夫妻のもとに案内するよう申し付けた。


「それでは、陛下。……アリシア様、後でまたお話をしましょうね」


最後にもう一度含みのある笑顔をアリシアに向けてから、クラウン夫人は補佐官の後についていった。その美しい笑みは、なぜか王女の心をざわめかせたのであった。




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