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11-1



 深い藍色の中に浮かぶ無数に輝く星たち。その下に果てしなく続く広大な丘の上で、一人の少年が空を仰ぎ見ている。


 少年は髪も肌もまつ毛に至るまで色素が薄く、透き通るような美しさは神秘的であり、彼がこの世のものでないことを見る者に教えてくれる。しかし、それを指摘する人間はここにおらず、少年も自分ひとりであることを気に留めた様子はない。


 人間にとっては遠い昔、少年にとっては近しい過去に、少年は人間の王と契約を結んだ。それ以来、少年は“守護星”と呼ばれるようになった。


「ふふ。僕の選んだお姫様は、実に素晴らしいね」


 天空へ向けながら、白に近い金色のまつ毛に囲まれた二つの目は、輝く星たちではなくとある少女を映している。


 アリシア。晴れ渡る春の空のごとき青い目を持つ、聡明な王女。


 彼女にハイルランドの未来を託し、二度目の生を与えた自分の目には狂いはなかったと、星の使いは満足げに微笑んだ


 王家の人間としてはいささか素直すぎる性格が災いして、一度目の生ではフリッツ王への愛に溺れて、すべてが見えなくなってしまったアリシア。


 だが、今の彼女はなんと頼もしいことだろう。決して楽ではない使命を抱え、彼女は何度となく壁にぶちあたり、挫折を味わった。だが、その度に彼女は戻ってきて、一歩一歩小さな前進をかさねている。


 そうすることで、あの小さな体で、ついに歴史の歯車を回し始めたのだ。


 目を細めて、少年は何かに触れようとするように夜空に手を伸ばした。


「ああ、アリシア。君はすごいよ。僕の予想以上さ! けど……」


 その続きの言葉を、少年は飲み込んだ。


 生きられる時間が短い人間にとっては重すぎる運命を、彼女に背負わせたのは他ならぬ自分だ。彼女を見守りこそすれ、その重荷を下ろしてやることはできない。


 何より責任感が強いアリシアは、止めたところで今更に手を緩めようとしないだろう。


 一度目を閉じてから、少年は改めて穏やかに続きの言葉を紡いだ。


「……けれど、いずれ君は向き合うこととなるだろう。この世界の運命を回す、もうひとつの大きな歯車に」


 その先に、君は新しい未来を手に入れる。


 呟くように付け足した少年は、美しいまなざしを遠い空へと向けた―――。







 壁に等間隔に備え付けられた蝋燭の灯が、煌びやかな金の調度品に反射して光を放つ。中央に赤い絨毯が一本通されたその部屋は、先ほどまではかわるがわるに人が出入りをしており、その者たちを両側に控える衛兵が静かに見守っていた。しかし、今は出入りする人々や衛兵の姿はなく、女がひとり椅子に身を沈めるのみである。


 大きな宝石があしらわれた指輪をはめた手でこめかみを押さえているのは、相次ぐ謁見を終えた後の疲れのためであろうか。背もたれに体を預けて気だるげに宙を見つめる彼女の名を、この時代に生きる上で知らぬ者はいない。


 もちろん、直接その姿を見たことがない者は、一瞬は首をかしげるかもしれない。しかし、冷徹なまでの美貌や、燃え盛る灼熱の太陽を思い出させる波打つ髪、何より対峙する者に畏怖を覚えさせる堂々たる佇まいを見れば、すぐに気が付くであろう。


 彼女こそが、エアルダールを統べる苛烈なる女帝、エリザベスであった。


 その時、広間の扉が開き、一人の男の影が滑り込んだ。明らかに人払いをしたとわかる広間の様子を見ても、男は怯む様子を見せなかった。それどころか慣れた様子で女帝のもとへと歩みより、その傍らにたった。


「お疲れでありましょうか、我が君」


「……わかっていながら余に声を掛けるのはお前ぐらいだろうな、ユグドラシル」


 女帝が皮肉な笑みを浮かべても、ユグドラシルと呼ばれた男に動じた素振りはない。謁見を終えた後、どのみち彼女が自分を呼び出すつもりであったことを心得ているのだ。


 女帝もそれをわかったうえで、冷ややかな眼差しを傍らの男に向けた。


「して、お主の耳にも当然入っているのだろうな」


「隣国ハイルランドにかかわる噂でありましょうか」


「他に何がある」


 かすかに眉をひそめて、女帝がつまらなそうに答える。ここにいたのが別の人間であったのなら、彼女の気分を害してしまったのかと震え上がったことだろう。


 だが、この男―――エリック・ユグドラシルの場合は違った。急速に中央集権化を進める女帝を宰相として支える彼の場合、彼女とのこうしたやり取りは慣れたものだ。どこかくたびれた印象を与える細面は無表情であり、ただ女帝の次の言葉を待っていた。


「我が国と接するシェラフォード領を治める、ロイド・サザーランドが急逝した。それにかかわる奇妙な噂が耳に入った。この男、シェラフォード公爵が、密かに我が国に通じていたために殺されたと」


「つまらぬ噂です。陛下が気にかける必要はありませぬ」


「ふふ、つまらぬか。お主、本当にこれがただの噂だと思うか?」


 赤い唇を釣り上げて、女帝は面白そうに宰相を見た。しかし、その瞳は冷静に胸の内を見極めようと、ユグドラシルを静かに射抜いた。


 対するユグドラシルも、依然として女帝が次に発する言葉を待つだけだ。両者の間に緊張した空気が流れ、蝋燭の灯だけがゆらゆらと揺れていた。


 やがて、女帝は興味を失ったように宰相から視線を外すと、絢爛たるひじ掛けに手をついた。


「まぁ、良い。どちらにせよ、従兄弟(あの男)はエアルダールに何も言わないだろう。両国の関係に影を差すことは、奴の望むところではないからな。噂は捨て置け」


「仰せのままに」


 かしこまって答えた宰相に、女帝は指輪をはめた手を軽く振った。用は済んだから退出せよとのことだ。だが、彼女の意をくんでユグドラシルが踵を返したところで、その背中を女帝の声が追いかけた。



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