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悔しげに吐き捨てたリディを前に、アリシアとクロヴィスは顔を見合わせて頷きあった。いよいよここからが、屋敷を訪ねてきた本題だ。
「ねぇ、リディ卿。私があなたを訪ねてきたのは、今回の事件におけるサザーランド家の処遇が決まったからなの」
「それは……」
目を丸くしてリディはアリシアを、次いでクロヴィスを見た。
ついに、王国一の栄華を誇ったサザーランド家が廃絶される時がきた。そのように思ったためか、平然を装いつつもリディの声はわずかに震えた。
「なるほど。で、私はどのようにすればよいでしょう。こうした場合、王城へと赴き、枢密院の同席する場にて沙汰を下されるのが定石かと思いますが」
「正式には、その流れで問題ないわ」
肯定しつつ、アリシアは空色の明るい瞳をまっすぐにリディに向けた。
「けれど、あなたには今から私が話すことをよく聞いてほしい。その上で、これからのことについて覚悟を固めてほしいの」
いよいよ、リディはいぶかしんで眉をひそめた。なにせ、当主が隣国に内通するという大罪を犯した以上、どれほど残酷な沙汰がくだろうと、リディとしては謹んで受けるしかないのだから。
この甘い王女は、いったい何を考えているのだろう。さっぱりわからず戸惑うリディの前で、クロヴィスが懐から書状を出し、開いてアリシアに渡した。
おそらく、その紙にサザーランド家の運命が記されているのだ。あらためてリディが全身を緊張させたところで、アリシアが書状の内容を読み上げた。
「故ロイド・サザーランドは、隣国に内通し王国の機密を流した咎により、公爵位を含む全ての爵位を剥奪とする。従って、サザーランド家が保有するシェラフォード領を含む全ての領地は王国に返上とし、同家は枢密院から除籍とする」
長く息を吐き出して、リディは目を閉じた。犯した罪状に対し、妥当な判決だ。サザーランド家の名前が残されたのが、せめてもの恩情だ。
とはいえ、これでサザーランド家は名実ともに終わりだ。建国より王家を支えてきた名家の最期も、迎えてみればあっけないものである。
すべては仰せのままに。
そうリディが頭を垂れようとした時であった。
「……と、ここまでが、ロイド卿の罪状に対する処分よ。続いて、事件解決の功績を称え、リディ・サザーランド卿には以下の任を……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
思わず王女の言葉を遮って、リディはその場に立ち上がっていた。
「功績? 功績と言いましたか?」
「ええ。あなたがいなければ、ロイド卿の謀を明らかにすることはできなかった。当然、報いるものがあってしかるべきよ」
「いただけません」
顔を強張らせて、リディは強く首を振った。だが、彼の反応は予想の範疇であり、それを見つめるアリシアの瞳の強さは変わらなかった。
「私はサザーランド家の嫡男です。父の犯した罪を背負って、共に堕ちる覚悟であの場に臨んだのです」
「もちろん、知っているわ。それでも、あなたは報償を受け取る義務がある」
「実の父を売って与えられる対価など、欲しくはない!!」
“父上、僕を許してください……っ!”
ロイドの遺体に縋り付くリディの声が、アリシアの耳によみがえった。その悲痛な叫びは少女の胸を切り裂いた。彼の胸中を推し量れば、この件について褒美を受け取ることがどれほどの苦痛であろうか、容易に想像がつく。
だが、それでも。
「旧シェラフォード領のうち、アーマスを含む北西部は隣接するジェラス公爵領に委譲。残る地域については王室直轄領として地方院管理下とするとともに、リディ・サザーランド卿の功績を称え、かの者を地方院シェラフォード支部長に据えるものとする」
一気に紙面を読み上げてから、アリシアは空色の瞳でリディを射抜いた。
「以上はジェームズ王が強く望み、枢密院が満場一致で賛同した内容よ」
「陛下が……?」
リディの瞳が揺れ、吸い寄せられるように自然とクロヴィスを見た。一方的に対抗心を抱き続けてきた因縁の相手ではあるが、とっさに納得のいく説明を求めて頼ってしまうあたり、リディのクロヴィスへの心境も変化が生じているのだろう。
クロヴィスもリディに視線を向けられ、一瞬おどろいた様子を見せた。だが、すぐに求めに応じて口を開いた。
「陛下は当初、あなたにシェラフォード公爵の位を与えるまで検討していたのです」
「そんな……。ありえない!」
「本当です。ですが、それではあまりに、他の枢密院貴族に対して公平性を欠いてしまう。それで、地方院支部長という役目をあなたに与えた。爵位や領地はなくとも、エアルダールとの国境を守る重要な任です」
「一体、陛下は何をお考えなのだ」
ゆるゆると首を振って、リディは困惑をにじませながら椅子に沈み込んだ。




