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少し話をしよう。
そう口火を切ったジェームズ王は、あらためてアリシアにまっすぐに向き直った。
「シア、君は私の誇りの娘だよ。人を思いやる優しい心を持っていて、困難に立ち向かう勇気も覚悟も備えている。だから君は、ロイドの死が君のせいではないと私が慰めたところで、納得はしてくれないだろうね」
「……ええ」
“この城で、ロイドがこういう形で命を落とした責任は、すべて私にある。シアが背負うべきものではないよ”
以前にも、ロイドの死を知らされて茫然と立ち尽くしたアリシアに、ジェームズ王ははっきりとそう言い切った。
それでもアリシアは、思わずにはいられない。違った場所で、違った方法でロイドを告発していたなら、結果は変わったのではないだろうか。それこそ、ほんの少しの変化で、やりなおしの生が一度目とは異なる道を進んでいるように。
そんなアリシアの胸中を見透かしたように、父王は柔らかな丸い手でアリシアの頭をひと撫でしてから、改めて顔を覗き込んだ。
「だから、今日は逆のことを言うよ。―――ねぇ、シア。君は、私の後を継いで、ハイルランドの王になりたいと言ってくれたね。その決意が本物であるなら、君がすべきことは閉じこもって悔いることであろうかの?」
「それは……」
もっとも痛い部分を突かれて、アリシアは表情を強張らせた。だが、父王はアリシアに対して、ゆっくりと首を振った。
「今は、まだそのままでもよい。君はこれから学び、大きくなるのだ。はじめから完璧な人間などおらぬ。少しずつ成長して、王としての覚悟を背負うようになればよいのだ」
けれどね、と父はつづけた。
「ひとたび王となった後は、今と同じではいられない。胸をさくほどの悲しみがあろうと、己の行いを悔いて絶望にくれていようと、我々には守るべき民がある。死んだ者のために涙を流す間も、生きている者のために身を尽くす責務があるのだ」
「……自分のせいで、誰かが命を落としても?」
「無論」
父の簡潔な返答に、アリシアは言葉に詰まった。やがて、アリシアの空色の大きな瞳から、はらはらと大粒の涙が零れ落ちた。静かに涙を流す娘の手を、父王はそっとあたたかな手で包み込んだ。
「ごめんね、シア。君を追い詰めたいわけじゃない。ただ、王になるということがどういうことか、それを知ったうえで考えてほしいのだ。君は、これからどうしたい?」
「わたしは……」
ぽろぽろと涙が落ちるたびに、なぜかアリシアは冷静さを取り戻していった。そして、父の言葉の意味を懸命に考えた。そして、自分が二度目の生を与えられた意味を、あらためて自らに問いただした。
「わたしは、逃げません」
眼のふちに涙を浮かべたまま、アリシアはきっぱりと父に答えた。
「お父様。わたしはもっと、強くなりたいです。強くなって、皆を守れるだけの力がほしい。だって、ロイド卿と通じていた誰かが、ふたたびこの国に害をなそうと近づいてくるかもしれない……。そんなの、絶対ゆるせない!」
「厳しい道だよ。君がどれほど力を尽くそうと、相手の方が上手であれば、同じような悲劇が起こらないとも言い切れない。それでも、その責任から逃れることはできないよ?」
「だとしても……、ここで逃げ出してしまったら、戦うことすらできなくなるもの」
「―――誰に似たのか、頑固なのも困ったものだの」
突然、ジェームズ王はくしゃくしゃと髪をかき回すようにアリシアの頭を撫でまわした。抗議の声をあげながらじたばたもがくアリシアは、父がほんの少しだけ複雑そうな笑みを浮かべているのには気が付かなかった。
ひとしきり頭を撫でまわされた後で、アリシアは父にひとつわがままを聞いてもらうことにした。
風がさわりと髪をなでて、空へと吹き抜けていく。
兵舎のすぐ隣に、地下牢の入り口はある。かつてエグディエル城が軍事拠点として機能していた際の名残であり、今では時々しか使われていない。それでも入り口周りの草はこざっぱりと刈られており、石造りの入り口をあらわにしている。
いつもと異なるのは、入り口の脇に白い花が何本か手向けられていることだ。風と共に揺れる花びらを見つめるアリシアの手にも、同じように白いユリの花が握られていた。
ロイドの遺体はサザーランド家に引き渡され、ひっそりと葬儀を終えられた。その後、彼の身体がどうなったのかといえば、咎人として糾弾された直後の死であったこともあり、サザーランド家代々の墓地に埋葬することはしなかったという。
そうした事情もあって、アリシアのみならず枢密院の貴族たちも含めて、表立って墓標に赴きロイドの死を悼むことはできなかった。その代わりに、ロイドが刺客により命を奪われたこの場所に、誰が始めるでもなく花が供えられるになった。
アリシアは身をかがめて、すでに置かれた花の隣に、自らが手にしたユリの花をそっと並べた。それから瞼を閉じ、胸の前で両手を絡み合わせる。
静かに祈りをささげる娘のことを、少し離れた場所から父王が見守っていた。アリシアに頼まれて、この場所に彼女を連れてきてやったのだ。
と、穏やかにアリシアの背中を見守っていたジェームズ王が、何かに気が付いたように後ろを見やった。そして、人のよい丸顔をほころばせた。
「アリシア様!!」
静寂を破った聞き覚えのある声に、アリシアは立ち上がって後ろを振り向いた。アリシアの視線の先には、肩で息をするクロヴィスの姿があった。
「すまぬのう、クロヴィス。忙しいだろうに、駆け付けてくれて」
「へ、陛下!」
どうやらクロヴィスは声を掛けられるまで、そこに王がいることに気が付かなかったらしい。慌てて頭を垂れる若き補佐官に、王はにこやかに手をひらひらと振った。
「かまわぬ。来てくれたついでに、私はもう行かねばならぬ。シアのことは、後は任せるよ」
去り際にウィンクをした父を見て、父が使いをやってここにアリシアがいることをクロヴィスに知らせたのだと、王女は理解した。




