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「大変です! 地下牢にて何者かの襲撃を受け、ロイド卿と兵士二人が重傷です!」
「いつの間に城内に忍び込んでいやがった……。襲撃者はまだ城内だ! すべての城門をただちに閉めろ!」
「兵士二人は命に別状がないものの、ロイド卿は傷が深く危険な状況です……!医務官はまだですか!?」
「ハミル隊が西門付近で男と交戦中との報せが入った! 副隊長も西門に向かわれた。我々も急がねば!」
「ご報告いたします。男は近衛騎士団に囲まれ、自らの剣で自害しました。そしてロイド卿が……、ロイド卿の死亡が医務官により確認されました。あぁ、なんということでしょう。これで、隣国で手を引く者を探る術はなくなってしまった―――」
ロイド・サザーランドの死により、王国随一の名家がおこした謀反騒ぎは、唐突に幕引きをむかえた。公爵の遺体は騎士団によって検分された後に、ひっそりとサザーランド家に引き渡された。密かに隣国につながっていたことが明らかになった後なので大々的には執り行えなかったものの、葬儀もすでに済んだのだという。
ロイド卿を亡き者とした男―――騎士団の目の前で自害した男が何者であったか、結局わからずしまいだった。公爵を狙ったタイミングから、ロイドと通じていた隣国の高官が口封じのために刺客を放ったことは疑うべくもない。
だが公爵が命を落とし、男が自害した今となっては、黒幕となる隣国の高官を明らかにする手は残されていなかった。リディと補佐室が暴き出した誓約書も、ロイドの協力者がだれであったかまでは明らかとはしてくれなかった。
そうやって、王国には大きな傷跡だけが残された。支柱を、好敵手を、肉親を奪われ、向けるべき場所を見失った怒りを抱えた人々は、それでも時の流れには逆らえない。
ぽっかりと空いた穴を埋めるべく皆が前に進み始める中、アリシアだけが次の一歩を踏み出せずにいた。
あの日――冷たく変わり果てた姿で横たわるロイドと、声を押し殺して泣くリディを前にしたときから、アリシアの心はまるで空っぽになってしまったかのようであった。
誰かに矛を突きつけるとき、相応の覚悟が必要である。
賢い王女は公爵を告発すると決めたときから、そのことをよく理解していた。
だからこそ彼女は身を切る思いで二度目の枢密院協議会に臨んだのであるし、ロイドやリディ、サザーランド家に関わる大勢の人間の運命を変えてしまうという、その責任をこの先ずっと負い続けねばならぬと己に誓っていた。
だが、まさかこんな形で結末を迎えることになるとは、考えてもみなかったのだ。
身体が、頭が、重く気だるい。
五感の全てがまるで夢の中にいるかのように鈍る中、胸を刺す痛みだけが鋭く王女を苦しめる。いっそ全てが夢であったのなら、どれほどよかっただろうか。そんな思いが頭の隅をかすめた時、侍女のアニが来客の報せを運んできた。
ここ数日の間、アリシアはほとんど自室に閉じこもっていた。
それは彼女自身の体調が著しく悪かったせいもあるし、誰とも顔を合わせる気になれなかったためでもある。申し訳なくはあったが、何度も訪ねてきてくれているらしいクロヴィスにも面会を断っていた。
そんな中、ジェームズ王だけは、アリシアが入室を拒絶できなかった。というより、「今は誰とも会いたくない」と侍女を通じて告げても、素知らぬ顔をしてアリシアの前に現れるのである。侍女ふたりも思うところがあるのか、父王をせっせと中に招き入れている節があった。
「今日はいちだんと顔色が優れぬのう」
ベッドの上に体を起こしたアリシアをみて、ジェームズ王は人好きのする丸顔を曇らせた。アリシアも、自分がひどい見た目となっていることを自覚していたので、答えるかわりにそっと目を伏せた。
ジェームズ王はこうして日に数回アリシアの部屋を訪れては、とりとめのない話をまじえつつ、事件の後の動きをぽつぽつと教えてくれた。ロイドの葬儀がすんだことも、シェラフォード公爵領の今後の扱いが固まりつつあることも、そうやって知らされた。
忙しいだろうに合間を縫って顔を見せることからも、父が自分のことを深く案じているのがわかる。自分ひとりが前に踏み出せずにいることに、アリシアは罪悪感を覚えた。
「ごめんなさい、お父様。わたし……」
「やめなさい。シアが謝らなくちゃいけないことなんてないのだから」
「けど」
言い募る娘に、ジェームズ王は人差し指をたてて見せた。困ってアリシアが父を見つめると、ジェームズ王はそっと娘の近くに腰を下ろした。
「いいよ、シア。今日は、ちゃんと話そう」
「今までだって、お父様とはちゃんと話していたわ」
「うむ。もちろんそうだけど、今日はもっと深い話をしよう」
どう? そう首をかしげる王に、アリシアは少し迷ってからこくりとうなずいた。するとジェームズ王は娘を安心させるように微笑んでから、アーモンド色の瞳でまっすぐにアリシアをのぞきこんだ。




