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【書籍化&コミカライズ】青薔薇姫のやりなおし革命記  作者: 枢 呂紅
10.胸に唱えるは、祈りの唄
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10-7




 身をのけぞらせて笑うロイドに、アリシアの心は軋んだ。ロイドの声は、身の破滅をさとった者の悲鳴のように聞こえたためだ。


 笑い続けるロイドに触発されたのか、誰かが立ち上がって叫んだ。


「何をしている、クロムウェル! 彼を捕まえろ! 王国を裏切った大罪人だ!!」


「だが、捕まえてどうするのだ? サザーランド家の者が牢につながれるなど前代未聞だぞ!?」


「それよりも、これからどうすればいい? あぁ、ロイド卿! あなたはなんということを!」



「皆の者、落ち着け」



 大広間のざわめきを切り裂いて朗々とした声が響き、ジェームズ王が立ち上がった。混迷を極めていた貴族たちはすぐさま口を閉ざし、慌てて頭を垂れた。ジェームズ王は王座を離れると、笑うのをやめてうなだれるロイドの前に立ち、その顔を覗き込んだ。


「そう急がずともよい。我らが知るロイドという男は、己の罪が明らかになった後でなおも意地汚くあがくような卑怯者であったかのう? そうではないだろう?」


「ですが陛下! ロイド卿は……!」


「ロイドと話しがしたい。……ナイゼル、許してくれるかの?」


「陛下のお望みとあらば」


 何か言いたげな他の面々を黙らせてナイゼルがうなずき、クロヴィスもアリシアの近くへと身を引いた。それが合図となって、ロイドは王に頭を垂れた。


 その姿は古来よりチェスター家につかえる貴族らしく威厳がみちており、一方で背負っていた重荷を下ろした後のようにほっとして見えた。


「逃げも隠れもいたしませぬ。隣国に通じ、王国の機密を隣国に漏らしていたのは私でございます。この罪を背負う覚悟は、密約を交わしたときにとうに固めておりました。どうぞ、わたくしを牢へおつなぎください」


「……のう、ロイドよ。お主と私とは、意見が合わぬことも多かった。だが、私が理想を追い求めようとするとき、ハイルランドの歴史の体現者としてまっさきに意見をくれたのは、お主であったなぁ」


「それが、サザーランド家当主の役目と心得えておりましたがゆえに」


「お主が言う通りであるのう。誇り高き気高さで決して王家に媚びず、王国の秩序が乱れぬよう上と下に睨みをきかせ、もっとも厳しい友として歴代王を支える。それこそがサザーランドの当主じゃ」


「…………」


 優しく労わるかの如く語り掛ける父王に、アリシアは無性に悲しくなって泣き声をあげてしまいたくなった。そんな主人の様子を知ってか知らずか、いつの間にクロヴィスの手がアリシアの肩にそっと添えられていた。


 これが、臣下としてジェームズ王の前に立つ最後の時となるだろう。そう覚悟を決めたのか、ロイドは不思議と穏やかな顔をジェームズ王に向けた。


「陛下。わずかの間、サザーランド家の当主としてあなた様に申し上げることを、お許しいただけまいでしょうか?」


「良い。申してみよ」


「……ご恩義、深く感謝いたします」


 ロイドはもう一度あたまを下げてから視線をずらし、自分を見つめる枢密院の面々を一人ひとり確認して顔を巡らせた。


「陛下。お気づきでありましょうか。我ら枢密院は、常に不安にさいなまれているのです」


「不安、とな?」


「左様。時の流れに置いていかれ、築いてきたものが無用の長物へとなり果てる恐怖でございます」


 ロイドの発言に思うところあって、名だたる領主たちが一人、また一人と目を伏せる。いずれも、ハイルランドの要所を治め、王の臣下として立派につとめあげてきた名家ばかりだ。


「時代は変わりました。歴史、文化ともにかつてはハイルランドに遠く及ばなかった隣国が、いまや比類ないほどの強国へと育ちました。元をたどれば祖を同じくするというのに、我が国とエアルダールの差は、天と地ほどに開いてございます。


 あの国の強さは、まがうことなく女帝の采配のたまものです。軍を統一し、政治を統一し、そして今、領主制をも廃そうとする彼女の前衛的なやり方が、一つひとつ実をむすんでいる証拠に他なりません。


 ゆえに、我らは恐ろしいのです。彼女がひとつ成功を収める裏側で、我らが守ってきたものがひとつ否定されるのです。我らが築いた歴史、秩序、伝統、それらが今の時代に即していないと、まざまざと突きつけられるのでございます。


 行きつく先で、陛下、我らは我ら領主がもはや不要であると、思い知らされることとなるでしょう」


 そこでふいにロイドは口をつぐみ、王座の奥のほうをじっと見つめた。アリシアがその視線を追ってみると、チェスター家の紋章を中心に、建国の際に王の傍につかえたとされる5つの家の紋章が並ぶタペストリーが王座の奥に掛けられていた。


 その一つ、サザーランド家の紋章を見つめるロイドの横顔は、どこか寂しげであった。


「私は、隣国相手に一矢報いたかったのです。


 女帝は狙った獲物を必ず手に入れる。我らがどうあがこうと、いずれフリッツ王子とアリシア様の婚儀が結ばれ、かの王子がハイルランドの王となりましょう。そうなれば、王子は必ず、隣国のようにハイルランドを改革せんと動くことになる。


 そうなったとき、王に対抗してハイルランドを守れるのは、枢密院しかありません。我が国を我が国たらしめる秩序を、伝統を守り、我らが守ってきたものが無駄ではないと、我ら領主が無用の長物ではないと証明したかった。


 ―――だから私は、枢密院を解体せぬと約束させる代わりに、エアルダールの手先となることを選んだのでございます」


「……そうか」


 ロイドが語り終えると、ジェームズ王は短くうなずいた。周りでは、名家の当主たちがだれとも目を合わさないように気を付けながら、気まずげに俯いていた。口に出さずとも、彼らが一部においてロイドと気持ちを同じくしているのは明らかであった。




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