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“父を告発するために、力を貸して欲しい”
枢密院の再招集の二日前、ロバートの取り次ぎをへて対面したアリシアとクロヴィスに、リディは深々と頭を下げた。
前日、たまたまエラム川のほとりで会った時も、リディはどことなく様子がおかしかった。その時に彼が見せた妙に憔悴した顔が忘れられず、アリシアも気にはかけていた。
だからこそ突然の謁見を了承したのだが、リディの口から飛び出したとんでもない真実に、アリシアのみならずクロヴィスまでもが仰天した。
“商会に否定的な貴族をまとめているのは父だ。その父が失脚すれば、商会を阻む壁はなくなったに等しい。あなた方にとっても、悪い話じゃないはずです”
憎まれ口を叩きながらも、リディの切実な様子はアリシアの胸を打った。なにより、尊敬する父がこれ以上道を踏み外すのを、息子として見過ごしてはおけない。そんな彼の願いが伝わったからこそ、枢密院の場でリディがロイドと対決することをアリシアは許した。
(……負けないで。自分に、そして、お父様に)
蒼ざめた顔も、机の上で握りしめた手が震えていることも、リディの胸のうちに渦巻く複雑な感情をいたいほどに伝えた。
正直、リディとは色々とあった。クロヴィスに至っては、エアルダール遠征時代も含めれば積み上げた因縁で城が出来上がるほどであろう。しかし過去はさておいて、アリシアは今の彼を応援せずにはいられなかった。
次期当主が現当主を告発する。衝撃的な光景を目の当たりにした貴族たちは、この場に集まった当初の目的すら忘れて、ただただ茫然とサザーランド家の父子を見つめた。
「本気なのか?」
サザーランド家と親交が深いジェラス公爵ファッジ・ボブスが、代表して口を開く。リディを幼い頃から知っているためか、ファッジはたしなめるようにリディに語り掛けた。
「当主を告発するということが、どういう意味か。それをわからないお前ではないだろう?」
「当然です。告発が成功すればサザーランド家は爵位を奪われ、すべての栄華を失うこととなる。失敗したらしたで、僕は父に縁を切られる。どちらにしたって、僕は没落の一途をたどるだけだ」
それでも、とリディは語気を強めて訴えた。
「僕はこの身にサザーランドの血が流れることを誇りにおもう。だからこそ僕は、今こそ立ち上がらなくてはならないんだ!」
「……馬鹿を言うな」
地を這うような声が響いて、誰もがはっと息をのんだ。思ってもみなかった相手に裏切られたためか、ロイドの瞳は強い怒りにめらめらと燃え上がった。
「自分が何をしているのか、わかっているのか? お前はサザーランドを継ぐものとして、私の信念を、決意を、理解しているのではなかったのか!?」
「だからこそ……、あなたを尊敬するからこそ!! 父上が道から外れた時、それをいさめるのが己の役目であると気づいたのです!!」
「黙れ! お前は私の息子だ!! なぜ、私に従えん!!」
ロイドに一喝されて、リディは一瞬泣きそうに表情をゆがめた。それでも、リディはなおも必死に父に言い募った。
「父上、もうやめましょう。罪を認めて、懺悔をしてください」
「恥じることなど何もない。なにを懺悔するというのだ」
「隣国の高官と取引を交わしたと、僕ははっきりと父上の口より聞きました。その高官の使いとやらに、新商会が設立しないよう手を回すと約束をすることもです」
「それがなんだ。私を陥れるために、お前が嘘をついているかもしれない」
「まだあります! 使用人の一人が、たびたび密書をあなたより預かり、週に一度パンを届けにくる男に手渡す役目を担っていたことを告白しました。雇った男たちに商人を脅すよう指示したのも、同じ手を使ったのでしょう!?」
「いい加減にしろ!」
声を荒げて、ロイドは怒った。
「先ほどから聞いていれば、見ただの聞いただの、一向に話にならん。私を本気で追い詰めたいのならば、証拠を用意してみよ。――そんなものが、存在するならな」
「……どうしても、父上の口から明らかにしてはくれないのですね」
勝ち誇ったように唇をつりあげた父に、リディは苦悶するように唇を噛んだ。
じっと見守っていた貴族たちの多くは、対峙する父子のそれぞれの反応から、ロイド・サザーランドの罪を決定づける証拠など存在しないのだろうと考えた。
嫡男であるリディの発言は信ぴょう性としては高いが、ロイドのゆるぎない地位を崩すには足りない。当主はうまくこの場を切り抜け、彼に歯向かった息子は静かに表舞台から身を引くことになるに違いない……。
「……証拠はあります」
「何?」
「証拠はあるといったのだ! クロムウェル!!」
「かしこまりました」
リディの呼びかけに応じて、クロヴィスが懐からくるくると丸めた用紙を取り出す。それをみてロイドはいぶかしげに眉をひそめたが、ふと何かに思い至ったように表情を変えた。




