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「エアルダールに通じているのはあなたです、シェラフォード公爵」
クロヴィスの深く澄んだ声が、静かにその名を告げる。告発を受けた公爵のほうは、厳しく補佐官を見据えたまま、ぴくりとも表情を変えない。変わって騒がしくなったのは、見守っていた枢密院たちであった。
「何を馬鹿なことを」
「建国より王国をささえてきたサザーランド家を、よりによって告発するだと?」
「これは枢密院のみならず、ハイルランドのすべての貴族に対する侮辱だ!」
「侮辱だ! 愚弄だ!」
「まちたまえよ、諸君!」
ハチの巣をつついたような騒ぎとなった枢密院をおさえて、モーリス侯爵マック・グラントが立ち上がる。
彼も商会設立に賛同してくれている一人だが、突然はじまった告発騒ぎに戸惑いを隠せない様子であった。半分に疑いを、半分に期待をこめてクロヴィスをみてから、グラントは皆に訴えかけた。
「クロムウェル君は、何か考えがあってロイド卿を告発したのだろう。彼が補佐官として申し分がないことを、もう我々は知っている。文句をいうのは、彼の言い分を聞いた後にしようじゃないか」
「お口添え、感謝いたします」
胸に手をあてて完璧に会釈をしてみせてから、クロヴィスはいよいよ口を開いた。
「この場で話し合われた内容が、外に漏れているのではないか。そのような疑問を抱いたのは、ローゼン侯爵よりとある報せが入ったためにございます」
そう言って、クロヴィスはジュードからの手紙を取り出した。代表して受け取ったドレファスがざっと中身に目を通し、太い眉をひそめた。
「メリクリウス商会に参加するよう声掛けしている商人に、相次いで断られている……。地方院が報告した内容とまったく一緒じゃないか」
「問題は、断りをいれた商人がだれであったかです」
促す補佐官につられて、ドレファスが紙をめくって2枚目に目を通す。それは、ロイドが声掛けしている貴族のリストとその返答が表にまとめられているものだ。しばらく厳めしい顔つきでドレファスは紙を睨んでいたが、ややあっておやと目を見開いた。
「おい。このリスト間違っているぞ。地方院が把握していない名前が中に紛れている」
不満げな地方院長官に対し、クロヴィスは美しく微笑んだ。
「ええ。ですが実は、お渡ししたそのリストこそ完全なるリストだと、彼はいうのです」
「なんだって! じゃあ、俺が今までジュードに渡されていた商人リストは不完全だったってわけか!?」
ドレファスが仰天して大声を上げる。
つまりジュードは、自分以外の誰にも、誰に声を掛けているのか全貌を明らかにはしてこなかったのだ。アリシアとてその事実を知らされたときは、空色の目を大きく開いてあきれたものだ。
「実はローゼン侯爵は、声を掛けている13名の商人のうち、なんとしても参加してもらいたい3名については、地方院にも補佐室にも報告をしてきませんでした。むろん私やアリシア様すら、知らされてこなかった事実です」
「くそ、ジュードめ! しれっと嘘をつきおって!」
「ジュード卿にもやむを得ぬ事情があったのです」
机にこぶしを叩きつけたひげ面の長官に、クロヴィスは同情するように眉尻を下げた。
名を伏せた3名の商人はローゼン侯爵と旧知の仲であり、それぞれが広い人脈を持つ優秀な商人たちだ。その人柄を信用して、ジュードは目指す商会の全貌を彼らには教えていた。
だが、枢密院で審議にかけられている商会の情報は、本来なら国家機密として扱われる部類のもの。他の10名よりも詳しい情報を持っている彼らが、商会に関心を向ける商売敵に目をつけられ、口を割らされでもしたら大変である。
「するとジュードは、枢密院で審議にかけられている期間だけでも新商会の機密性を保持するために、その3人に声を掛けていることを誰にも報告しなかったと」
「なるほど、なるほど……。って、納得できるか!!」
何度かうなずいてから、くわっとドレファスは吠えた。
「だからって、王女殿下にまで秘密にする奴があるか! あの野郎、ふざけやがって! やっぱり俺は、奴は好かんぞ!!」
「落ち着け、ドレファス。今はお前とローゼン侯爵の不仲について審議している場合じゃない。話を先にすすめたまえ、君」
「かしこまりました」
しびれを切らしたアダムス法務府長官が助けに入り、それにクロヴィスは恭しく一礼。
「さて、商会に加わることはできないと返答した商人たちですが、その中に先ほどの3名はいませんでした。そのことに安堵をしつつ、ジュード卿はすぐに断ってきた商人を説得しようと接触を試みました」
すると奇妙なことに、ジュードと会うのも嫌だというように、商人らは頑なに侯爵との接触を避けた。さすがに訝しんだジュードがようやく一人を捕まえて話を聞くと、彼は怯えながら「商会に参加するなと脅された」と話した。
誰に脅されたのか、商人は頑なに口をつぐんだ。だがジュードが持てる人脈のすべてを駆使して調べると、枢密院の会議が開かれた翌日、彼が見慣れぬ男たちと路地裏で言い争っていたことが判明した。
目撃者によると、男たちは何かから手を引くよう、商人を熱心に説得していたという。しかし商人はまともにとりあわず、やがて会話を切り上げる形でその場を後にしていた。
「しかし翌日、商人の家に何者かが侵入し、人が立ち入れないほど家財を荒らしました。幸いにも金品が奪われることはなかったので知人が慰めたところ、商人はかえって顔を蒼ざめさせたとのことです」
「なるほど。犯行の目的は財を奪うことでなく、新商会の誘いを断らせるための脅しだったということか」
「犯人は捕まっておらず、確証はありません。しかし、彼はそのように思ったことでしょう。実際に事件が起こった後で、ジュードに断りの文をよこしたのですから」
以上を調べ上げたジュードは、慌てて他の商人たちについても情報を集めた。すると、枢密院に報告をしている10名の商人すべてが、数日の間に相次いで不審な男たちに接触されていた。
一方で、名を伏せていた3名は誰からの接触を受けることもなかった。他の10名よりもよほど熱心に勧誘されていたのにも関わらずである。
この時点でローゼン侯爵は、枢密院に提出したリストをもとに、何者かが妨害行為を働いていることを確信した。




