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【書籍化&コミカライズ】青薔薇姫のやりなおし革命記  作者: 枢 呂紅
10.胸に唱えるは、祈りの唄
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10-1



 エグディエル城の、窓のない大広間。


 一週間の時をおいて、その場所に再び貴族らが集められた。


 集められた彼らは、ある者は興味深そうに、ある者は緊張した面持ちで、本日に主導権を握るのが誰であるのかそれぞれに予想していた。


 やはり有力なのは、枢密院の重鎮であり、前回もすっかり場を支配していたロイド・サザーランドだ。保守派の貴族たちが、この一週間でロイドのもとに結束したとも聞く。


 とはいえ、前回は押され気味だったナイゼル・オットー筆頭補佐官とダン・ドレファス地方院長官、そして、そもそもの提言者である王女アリシアとその補佐官クロヴィス・クロムウェルが、どれだけの味方を増やせたかで形勢は簡単に変動する。


 誰もが固唾をのみ、互いの出方をうかがう中。


 ジェームズ王により、協議の開催が宣言された。






 外の光を一切取り入れない中、シャンデリアに灯された光だけが、煌々とあたりを照らす。互いの出方を探るように、さりげなく視線を走らせあう貴族たちの顔を眺めつつ、アリシア自身もその中に身を置いていた。


 彼女の隣には前回と同じくクロヴィスが座り、その隣にナイゼル、ドレファス長官が続く。向かいの席には威厳に満ちたロイドの姿があり、その隣にはリディがいる。前回と違う点といえば、今にも噛みつきそうな様子でクロヴィスを睨んでいたリディが、今日はどことなく傍観の姿勢をとっていることだろう。


「……以上が、今回の提言について、法務府、財務府で共同に検討した内容だ。結果、法的に見ても、収支から見ても、メリクリウス商会の設立に目立った問題はみられなかった」


 そう締めくくったのは、法務府長官のコリン・アダムスである。前回の最後に、提言の内容について枢密院で再検分すべきとなった際に、その役目を割り当てられたのが法務府と財務府であった。


 もちろん、その間、王室補佐室と地方院でも、実務にあたっているローゼン侯爵ジュード・ニコルとも連絡を取り合いながら、確認を行った。だが、補佐室と地方院とは提言の提出元でもあるため、より公平性を期すために、異なる二つの府庁に白羽の矢がたったのだ。


 実際にまとめたのはクロヴィスをはじめとする補佐室だが、提言の大本は王女であるアリシアだ。その提言に大きな問題が見つからなかったということで、ほっとした空気が広間に流れる。


 そんな中、憮然とした面持ちで、ドレファスがぼやいた。


「当たり前だろう。皆が不安だっていうから仕方なく目をつむったが、俺が通した提言が、生半可なものであるわけがなかろうが」


「問題がない。それが確認できたことにこそ、価値があるのだ」


 優雅に唇を吊り上げて、ロイドが答える。猛禽類を思わせる冷たくも鋭い眼差しが、ドレファスへと向けられた。


「さて、ドレファスよ。地方院も、この一週間ただ休んでいたわけではなかろう。何か我々に言わねばならぬことがあるのではないか?」


「……ああ、まぁ、そうだな。うむ」。


渋々といった様子で、ドレファスが立ち上がる。


 正直を美徳とするドレファスは、自分に不利な情報であろうとそれを隠すことはない。なにせ互いに腹のうちを探り合う貴族界にありながら、「腹を割って話そうぜ」と自ら率先して口を開くタイプの人間なのだ。


「ひとつ、皆にいわなくちゃあいかん」

 

「どうした。何かあったのか」


 保守派であり、前回も商会の設立に難色を示したジェラス公爵ファッジ・ホブスが、背もたれに身を預けたままぞんざいに合の手を入れる。それに対し、ドレファスは「それがだな」と太い眉をひそめた。


「ジュードの奴に確認したところ、商会そのものが設立できるかどうか、そっちが怪しくなってきた。設立の中心人物として据えることを検討していた商人たちに、相次いで断られちまっているって話だ」


「なんだ。それでは、我々がここで額を突き合わせて知恵をしぼったところで、何も意味がないではないか」


「設立できぬと決めつけるのは、あまりに早計でしょう」


 やれやれと肩をすくめたファッジに、異議を申し立てたのはハーバー侯爵ダニエル・ベインである。先だっての約束通り、商会設立の賛同派として、彼は立ち上がってくれた。


「我が国の手工業はよその国からも信頼が厚いため、メリクリウス商会は莫大な利益を生むと考えられている。ゆえに、商人たちも参加する方向で乗り気だと。そういう話だったはずだ。数人断られたからといって、無理だ、だめだと決めつけるのは良くない」


「ダニエル卿の言う通りだ。ジュード卿には、再度人材を確保するために選定をかけてもらっている。まだ道が閉ざされたとは言えません」


「そうはいっても、提言に枢密院として賛同するか否か、それを決めるために我々は集められたのだ。答えははっきりさせねばならぬ」


「わかりきったことよ」


 穏健派の貴族たちを牽制して、ロイドがじろりと睨みをきかせて辺りを見渡す。事実、商会に賛同する貴族の数名は、蛇ににらまれた蛙のように身をすくませた。


「実現するか危うい提言を、枢密院として承認するわけにはいかぬ。世の中には巡りあわせというものがある。今回は、まだその時ではなかったのだ」


 ロイドに続いて、保守派の貴族たちが「やむをえん」「否決するしかあるまい」と口々に述べた。それを満足そうにながめて、ロイドは鷲のように曲がった鼻をふん、と鳴らした。





 ―――以上のことを、アリシアは空色の瞳でじっと見守っていた。突破口を探して反論する賛同派の貴族、勝ち誇った様子で悠然と笑みを浮かべる反対派の貴族。そのどちらも、遠い世界での出来事のようにアリシアには映った。


 アリシアの注意をひいているのは激論を交わす枢密院たちではなく、沈黙を守るリディ・サザーランドであった。頑なにこちらを見ようとしない彼の姿に、王女の決心は揺るぎそうになった。


 だが、彼女には成し遂げなければならないことがある。王国の未来を救うためにも、自分を信じてついて来てくれる者たちのためにも、アリシアはここで手を緩めるわけにはいかないのだ。


 ちらりと横を見ると、クロヴィスの紫の瞳と視線が交わった。真剣な表情のまま黒髪の補佐官は小さく頷き、その仕草はアリシアを勇気づけた。


(……さぁ、ここからが反撃よ)


 そう己に号令をかけて、アリシアは貴族たちが舌戦を繰り広げる大広間に立ち上がった。




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