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9-4




 建国王エステルと共にハイルランドの地にうつり、チェスター家に仕えてきた名家サザーランド家。その現当主ロイドが語ったのは、驚くべき真実であった。


「お前が言うように、あの男はエアルダール人だ。隣国のある人物の使いとして、私とその者をつなぐ役を担っている」


「ある人物……、それはフリッツ王子ではないのですか?」


 “フリッツ殿下の御世が訪れた暁には”


 あの奇妙な男は、確かにそういっていた。しかし、リディの推測に対し、父は小ばかにしたように鼻を鳴らした。


「王子は、まだ13だ。策を張り巡らすなど、まだ早いわ」


 なるほどとリディは深く頷いた。とはいえ、それを言うならアリシア王女とて、まだ10歳の幼子であるのだが。


「あの者の主人が誰であるか、それはまだ言えぬ。だが、隣国の高官だ」


 それを聞いたリディは、爪が食い込むほどにつよく、手のひらを握りしめた。それに気づいているだろうに、ロイドは淡々とした調子でつづけた。


「隣国の女帝がアリシア姫と王子とを結ばせることを望んでいるのは、お前も知っているだろう。その高官の狙いは、二人の縁談を速やかに結ぶことだ」


「ですが陛下は、姫と王子とが結ばれることを望んでいないはずでは?」


 二人を引き合わせようとの女帝の申し出を、ジェームズ王が何度もしりぞけている。それはあまりにも有名な話だ。


 すると、ロイドは皮肉な笑みを浮かべた。


「隣国を訪れたお前なら、わかるだろう。今のハイルランドに、いつまでも女帝の要求を退ける力はない。それほどに、エアルダールは力を蓄え、他国に比類ない強国となったのだ」


 それが今すぐであるか10年先の未来であるかは別にして、いずれにせよ、フリッツ王子とアリシア王女は縁談を結ぶことになる。そのように確信したロイドは、来るべき未来に備えて動き始めた。


 王子がハイルランド王となった後も、王国の貴族を軽視せず、体制の根幹である領主制はそのままに残すこと。


 王国の政治は、これまでのように王と枢密院の調和のもとにすすめること。 


「それらを条件に、私は彼の者と協力関係を結んだ。王に、王子と姫の縁談を結ぶよう進言し、沸き起こるだろう他の枢密院の反発をも抑える。私がすべきはそれだけだ」


「本当に、それだけですか?」


 その質問を口にするとき、リディの声は震えた。どうか首を横に振って否定してほしい。そう願いながら、公爵家嫡男は父に訴えた。


「先ほど父上は、あの男と件の商会について話していました。……その高官とやらが協力関係を維持する条件として、商会に関する提言を不発に終わらせることをあげた。だから父上は、無理にでも提言を先送りにして、時間稼ぎをしたの、では……」


 言葉はしりすぼみとなり、ついにリディうつむいた。あふれんばかりの自画自賛を常とする彼ではあるが、この時ばかりは自分の勘の良さを恨んだ。


 いつからだ。


 いつから、自分が尊敬する偉大な父は、隣国の犬になりさがったのだ。


「なぜです!!」


 その悲痛な叫びは、もはや泣き声に近かった。


「父上ともあろう方が、隣国に頼る必要がありましょうか? この先、フリッツが王位を継いだにしても、サザーランドが毅然と示してやればいいのです。この国を支えてきたのが誰であるか、わからせてやろうではありませんか!!」


「大人になれ、息子よ」


 ロイドの瞳の奥が冷ややかに光った。懇願する息子の言葉を受け流し、サザーランド家当主は深くソファに身を沈める。


「理想だけで人は動かぬ。そのような世迷い事を口にするようでは、あの王女と同じだ」


 ぽたりぽたりと冷たい毒が垂らされるように、リディの心は絶望に染まっていく。くしゃりと己の髪を掴んだリディに、父は続けた。


「現実を見ろ。我々が動かすのは国だ。清廉潔白を重ね、輝かしい英雄譚を紡ぎたいなら、それもよかろう。だが、しくじったならば国一つが滅ぶのだ。その責任をお前は負えるのか?」


「いえ……」


 リディとて、道理のわからぬ子供ではない。力があり、うまく立ち回った方が勝つのだ。それもわからず正義とやらを純粋に信じる王女の姿勢にも、それを美徳とあがめる側近たちも、ほとほと反吐がでる。


 だが―――――。


「わかりました、父上」


 絞り出したリディの声は低く掠れた。瞳の奥を暗く濁らせたまま、彼は己の父を見つめた。


 結局のところ、サザーランド家の当主はロイドだ。それに父の言葉に従って、今まで悪いようになったことが一度でもあっただろうか。そうリディは自分に言い聞かせた。


「これも、ハイルランドに秩序と調和をもたらすため。僕は、父上の意に従います」


「それでいいのだ、リディ」


 なぐさめるように、ロイドの手がリディの肩に置かれた。その手の重みに、息子は思わず表情をゆがめそうになった。


「信念を貫くためには、時として意に添わぬ泥をも被る覚悟が必要なのだ。お前もじきにサザーランドを継ぐ。よく覚えておくといい」






 ―――どれくらい、そうしていただろう。


 いつの間にか、父はリディの部屋を後にしていた。見慣れた部屋なのに、一人そこで項垂れる彼は、なぜか部屋がふいに倍以上に大きくなってしまったかのような心もとなさを覚えた。


 そして彼は己の頭を抱え込み、部屋にくぐもった嗚咽が響いたのであった。




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