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9-3



 父がエアルダールの男と密かに会っている。

 その事実に、リディの胸はざわついた。


 たしかに、サザーランド家の屋敷に出入りする者の中には、エアルダール人の商人もいる。なんせヴィオラの町は隣国をはじめとする陸路の貿易拠点であり、各国の商人がこぞって、公爵である父のご機嫌お伺いに訪れるのだ。


 だが、記憶にある限り、そうした商人と父が必要以上に親しくしたことはない。そもそも商人に限らず、書斎に招くほど父が親しくする相手にエアルダール人がいたことなどなかったはずだ。


 悪い方向に転びそうになる思考を振り払おうと、リディはぶんぶんと首を振った。


 伝統と秩序を重んじるロイドは、王国が正しき道から外れぬよう枢密院の中で常に目を光らせていた。そんな父はリディの憧れであり、いつか自分が公爵位をついだなら、偉大な父にならって王国に秩序と安寧をもたらそうと夢見てきた。


 もし仮に父とエアルダール人が密かにつながっていたとしても、それは考えがあってのことだろうし、そこに後ろめたい理由などあるはずもないのである。


 そんな風に物陰でリディが葛藤している間にも、男とロイドとの会話は続いていた。


「公爵の固いご意志を確認でき、安心いたしました。あのお方も、さぞや喜ばれることでしょう」


「主に伝えよ。サザーランドは、約束を違えぬ。広域商会は、私の手で必ずや闇へと葬り去ろう。お主らも、ゆめゆめ約束を忘れるな」


 そう言ってロイドはぎろりと鋭い双眼を光らせる。だが、その鋭い視線を受けた相手の方は愉快そうに笑った。


 答えた男の言葉に、リディはまるで時が止まったかのような衝撃を受けた。


「ご安心なさいませ。我が主は必ず約束を守ります。フリッツ殿下の御世が訪れた暁には、枢密院を良き友として迎えることでしょう」






「失礼いたします、若旦那様。私をお呼びだと侍女に聞いたのですが」


 言いながら入室したアルベルトは、いつも通りに朗らかに笑った。だが、迎えるリディの方は暗い表情のまま、扉の前に佇む使用人にちらりと視線を向けただけだった。


 聡い使用人は、すぐに公爵家嫡男の様子がおかしいことに気が付いた。リディという男は感情が顔にでやすい方で、怒っているか苛立っているか、はたまた大層ご満悦であるか、表情を見れば一目にわかるのである。


 それがいまはどうだ。疲れたように四肢を投げ出しソファに沈むリディの顔に浮かぶのは、ひどく複雑な色であった。何よりアルベルトを驚かせたのは、普段は尊大ともいえるほど自信満々な彼が、何かに深く傷ついているらしいことであった。


「どうしたんですか、坊ちゃん! どこか、お加減が悪いのですか?」


 ただならぬ様子のリディに、ついアルベルトは昔のように彼のことを呼んだ。心配してソファに駆け寄った使用人のことを、リディは暗く澱んだ瞳で見上げた。


「あの男がだれなのか、お前は知っているのだろう?」


「は……」


 素直な使用人は返事に窮した。それを見たリディはとたんに表情をゆがめた。勢いよくソファから立ち上がると、うろたえる使用人の胸倉をつかんだ。


「答えろ、アル! 僕は、お前が嘘をついたことを知っている。幼い頃からともに過ごした、この僕にだ!」


 荒げたリディの声に、アルベルトの顔が蒼白になる。瞬時にして、自分がロイドの部屋を訪ねる場を彼に見られたのだと理解したのだ。だが、哀れな使用人を逃がしてやるほどリディは甘くはない。


「さぁ、答えろ。父が会っていた、あのエアルダール人は誰だ? 父は……、父上は!!」




「その手を放してやれ、息子よ。お前には何も伝えるなと命じたのは私なのだ」




 突如ひびいた低い声に、リディは反射的にアルベルトを解放した。それは声の主に従おうと思ってのことではなく、その声が、彼が今もっとも顔を合わせることをためらう相手のものであったからだ。


「父上……」


 いつの間にか、開け放たれた扉の傍らに父ロイドの姿があった。動揺をあらわにする息子とは対照的に、ロイドは落ち着き払った様子でリディを見つめていた。


「あの者を見送った際にかんじた視線は、やはりお前だったか。しくったな、アルベルト。お前なら不信をいだかせることなく、リディを自室にとどめておけると思ったが」


「申し訳ございません、旦那様」


 そんなやり取りを前にしても、よく回る口を持つリディとしては珍しく、父に何からたずねるべきかを見失っていた。それほどに彼は混乱をしていたのである。


 その間に、ロイドはアルベルトにこの場をはずすように命じた。リディの身を案じてかアルベルトはこの場に留まることを希望したが、ロイドは許さなかった。最後に心配そうにリディを見てから、若き使用人は部屋を後にした。


 二人きりとなり、扉の外に誰もいないことを念入りに確かめた後、ロイドは口火を切った。


「お前は顔に出やすく、隠しごとに向かぬ。だから、今までお前には伝えてこなかった。だが、そろそろ頃合いだろう……」


 そう告げて、ロイドはリディの知らぬ真実について重い口を開いた。




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