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9-2




 アルベルトは、自分に何か隠し事をしている。


 そう確信したリディは、大人しく使用人が退室するのを見送る振りをして、後からこっそり部屋を抜け出した。


 共に過ごす時間が多かったことで相手の些細な変化に聡くなったのは、アルベルトに対するリディにしても同じだ。それに、基本的に傲った姿勢でいるために空気を読み違えることは多々あれど、本来、リディは人の心の機微に聡い方である。


(この僕が、自分の屋敷でこそこそ隠れる羽目になろうとはな)


 アルベルトに気付かれないよう、柱や壁をつかって身を隠しつつ後をつけるリディは、内心にやれやれと肩をすくめた。


 いずれ公爵家を継ぐ人間として、父が誰と付き合いがあるのか、しっかりと把握する必要があるのだ。そう自分に言い聞かせつつ、厳格な父の下に育ったものの性として彼の胸の内はちょっぴり後ろめたい。


 ついでにいえば、本人も無自覚な心の底で枢密院の場で感じた違和感が、リディを突き動かしていた。


 王族に対しても物怖じしない父ではあるが、基本的に彼は秩序をたいそう重んじる。その父が、皆が漠然とかかえる不安をあえて引き合いに出し、あの場を混乱へと導いた。


 あの忌々しいクロムウェルや、たびたび伝統から外れる補佐室を牽制するにしても、あの煽りようはいささか大げさだったのではなかろうか……。


 だが、父を尊敬する自分が、ロイドを疑うことなどあってはならない。ゆえに、リディはその疑問から目をそらしているのだが、一方で、一度気になってしまった訪問者を放っておくこともできない。


 このきまり悪さは、使節団の一員として2年間、隣国エアルダールで過ごした時のことを思い出させた。







“ぼくは、父上のように、サザーランドにふさわしい偉大な男となります!”


 小さい頃、リディの口癖はそれであった。


 生まれついた時から、彼の周りにはすべてがそろっていた。建国より王を支えてきたという、誉れ高い血筋。枢密院の重鎮として采配をふるう偉大な父。惜しみない愛情と期待を注ぎ込む母。


 そして、そんな彼らの栄華にあやかろうと、賛美の言葉を唇にのせた無数の人々。


 冗談なしに、自分は選ばれた存在なのだとリディは信じていた。


 そして、サザーランドの栄華をいずれ継ぐ自分は何者よりも優れており、かつ、これからも優れていなくてはならないのだと決意した。


 実際、公爵家の嫡男として、リディはそこそこ出来が良かった。


 威厳にみち、周囲から一目置かれる父に対し、リディ少年は深い尊敬と強い憧れを抱いていた。そのため、いつの日か父の後を継いでサザーランドの当主となることを夢見て、教育係にほどこされる教育にも熱心に耳を傾けたのである。


 一方で彼は、己が選ばれし存在であると信じ込むあまりに、すっかりおごり高ぶった性格に育ってしまった。その最たる原因は、次期当主の機嫌をとろうと、実際のところより一回りも二回りも誉めそやした大人たちだ。


 とにもかくにも、リディは成長するにつれ、思慮深さや謙虚さ、人を思いやる心などの人として大事な要素を、まるっとどこかに置き忘れてしまった。


 とはいえ、公爵家をつぐには申し分のない能力を備えた彼は、サザーランド家に関わりのある人々からは大いに期待された。リディ自身もそれを自覚し、使節団への参加が決まった時は、意気揚々とそれに参加したのである。


 そんな彼の前にたちふさがったのが、クロヴィスであった。


 どこまでも、気に食わない男であった。


 罪人の血を引きながら、王命を受けているというのも気に食わない。やたらと整った外見で、エアルダールの若い娘たちの熱い視線を集めるのも気に食わない。


 だが、なによりもリディが気に食わなかったのが、使節団の誰もが一目おくほどにクロヴィスが聡明であったことだ。


 リディにとって、サザーランド家の名は絶対だ。王に次いで名声を浴びるのはサザーランドであるし、その跡継ぎである自分は何者よりも優れていなくてはならない。


 彼は焦った。己が彼よりも優れていると証明しようと、何かにつけてクロヴィスに張り合った。だが、どれほどリディが弁をふるおうと、皆が耳を傾けるのはクロヴィスの言葉であった。


 そのことは、リディの膨れ上がった自尊心を大きく傷つけた。そして、それ以上に、恐ろしいほどの危機感を彼にあたえた。


 クロヴィス・クロムウェルがいる限り、リディは霞んでしまう。それは尊敬する父を失望させるばかりか、サザーランド家の栄華を傷つけることにもつながる。偉大なサザーランドを継ぐ自分が誰かに負けるなど、あってはならないのだから。


 彼がやたらとクロヴィスを疎んじ、敵視する理由はここにある。


 もちろん、事情を知らないクロヴィスからしてみれば、迷惑この上ない話だ。

 だが、これが彼にとっての真実である。






(ああ、くそ。憎たらしい記憶がよみがえってしまったではないか!)


 柱に身を隠したまま、リディは盛大に顔をしかめ、一人歯噛みした。その視線の先では、使用人のアルベルトがまさに父の書斎をノックしたところであった。


 地団太を踏みそうになっていたリディは、扉が開いたことではっと我に返った。中から顔を出したのはロイド本人であった。ロイドはアルベルトの姿を確かめると、使用人に問うた。


「リディが戻ったのか?」


「はい。今はお部屋で休まれています」


 そうか、とロイドは頷いた。その時、扉の奥より、何者かが父に答えた。


「では、公爵。今日はこれにて、お暇することとしましょう」


 聞きなれぬ声に、リディは身を引き締めた。同時に、あの用心深い父が、応接の間ではなく書斎に客人を通していることに、少なからず驚いた。


 加えて、リディは眉をしかめた。男の発音には、かすかに訛りがあった。つい最近、それも長期にわたって、同じ訛りを彼は聞いていたのだ。


(この男、エアルダールの者か……?)


 なぜ、この大事な時期に、エアルダール人が父に接触をする?

 浮かんだ疑問に、リディの胸はざわついた。




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