9-1
この章は、題名の通りサザーランド家に視点がうつります。
――――時は、数日ほどさかのぼる。
「くそっ!!」
荒々しい音を立てて、大きな戸が跳ね開けられる。何事かと奥の部屋から飛び出してきたサザーランド家の使用人らは、たいへん不機嫌な様子の現当主の嫡男、リディの姿を見つけたのであった。
ここは、サザーランド家が王都に構える屋敷。何かの際、例えば今回の枢密院の招集などといった際、すぐに王城に上がれるように持っている屋敷だ。
彼ら使用人は、枢密院の会議が長引くことを見越して公爵領にある屋敷からえりすぐって連れてこられた精鋭だ。だが、そんな者たちでも、わざわざ好んで苛立ったリディの相手をしたくはない。使用人たちが目配せをし合う中、一人の青年がすっと前に進み出た。
「おかえりなさいませ、若旦那様。何かあったのですか?」
「まったく! どうもこうも、あったものか!!」
リディに声をかけたのは、年若い使用人アルベルトである。彼の父はサザーランド家に長く使える執事であり、アルベルト自身も幼少から屋敷に出入りしていたせいか、珍しくリディが心を許す使用人であった。
そのアルベルトに、脱いだ外套とステッキとを押し付けると、憤慨した様子でリディは階段を駆け上った。その後ろを足早に追いかける使用人に、なおもリディは不満をぶつける。
「聞いてくれよ、アル!! どうやら、またアリシア王女が、他の枢密院に接触を図ったらしい。リドリー家の前に、王家の馬車が停まるのを見たんだ!」
「それはそれは」
勢いそのままに、リディはどかりと自室の椅子に腰かける。ボタンを二つばかりあけてくつろいだリディは、忌々し気に自身の髪をくしゃりと掴んだ。
あの王女、アリシア・チェスター。上手に振舞ってはいたものの、枢密院の会議の場で、集められた重鎮たちが放つ圧力に、彼女の体はわずかに強張っていた。おまけに、父ロイドに糾弾された際、目を逸らすことはなかったものの、顔色は相当悪くなっていた。
弱っている今なら、アリシア姫を懐柔することができる。そう確信したからこそ、会議が終了してから、リディは王女に接触したのだ。それなのに、あの忌々しいクロムウェルにまたも邪魔されてしまった。その結果が、これだ。
「ああああ! 腹が立つ!!!」
がしがしと頭を掻きむしって、リディは叫んだ。
「どうして、僕らが悪役みたいな扱いを受けなきゃならんのだ! 代々の王に仕えて、それを支えてきたのは、一体誰だと思っているんだ!」
「どうどう、リディ様。せっかくの御髪が痛んでしまいますよ」
クロヴィスに手を振り払われた時のことを思い出し、怒りを再燃させたリディにも、アルベルトは慣れた様子。だてにリディの最もお気に入りの使用人の地位についているわけではなさそうだ。
「ただいま、侍女に紅茶を用意させます。それまで、ゆっくり休んでください」
にこりと笑みを浮かべて、アルベルトが退室しようとする。その時、ふと思い出してリディは使用人の背中に呼びかけた。
「そういえば、誰か、父上を訪ねてきているのか?」
リディがそのように質問したのにはわけがある。怒り狂いながら屋敷に入る直前、敷地の中の奥まった場所に、まるで隠すように一台の馬車が止められているのを見たのだ。
それはたびたび目にするデザインの馬車であった。だが、リディが留守の間に狙いすましたようにやってきてはいつの間にいなくなっているので、その馬車の主を彼は目にしたことがなかった。
「今は例の商会のことで、父上も僕も大忙しなんだ。なのに、こんな時にわざわざ訪ねてくるだなんて、どこのだれか知らないけど非常識じゃないかな」
現に今しがたリディが出かけたのも、賛同派になびく可能性がある他の枢密院の貴族に釘を刺してきたのだ。とはいえ、ハーバー侯爵ダニエル・ベインは最後まで首を縦に振らず、そのこともリディの機嫌を著しく悪くしたのだが……。
とにかく、そんなわけでリディは軽い気持ちで疑問を口にした。だが、部屋を出ようとしていたアルベルトは、不自然にその場にぴたりと止まった。
(……ん?)
その時初めて、リディは見たことがない定期的な訪問者の存在に疑問をいだいた。父は公爵として様々な人間と会うことがあるから、今まで特に気にしたことがなかった。しかし、決まってリディの不在の時に訪ねてきていたのは、果たして偶然だったのか?
「なぁ、アル。お前は父上を訪ねてきているのが誰か、知っているか?」
リディと行動を共にすることが多いとはいえ、アルベルトなら奇妙な訪問者の顔をみたことがあるのではないか。そう期待してリディは声をかけたが、年若い使用人はくるりと振り返ると、困ったように笑って首を振った。
「さぁ、私は旦那様のご公務に関してはさっぱりですので。ですが、若旦那様に必要なお相手であれば、旦那様がそのうち引き合わされるのではないですか?」
「それもそうだな」
ふんと鼻を鳴らすと、アルベルトは安心したように表情をゆるめ、一礼して退室した。その背中をリディは訝しげに見ているとは、まったく気が付かずに。




