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8-10



 その日、ぐっすりと休んで疲れをいやしたアリシアは、翌日からさっそく動き始めた。


 地方院と補佐室との調整はクロヴィスが請け負ってくれたので、アリシアは味方となってくれそうな枢密院の貴族に連絡を取った。その候補にあがったのは、会議の場で賛同すると意見していたハーバー侯爵ダニエル・ベインなどであった。


 一週間後の再招集にむけて、彼らは自領地に戻ることなく、王都周辺に持つそれぞれの屋敷で過ごしていると聞く。だから、王女はすぐに彼らにあてて文をしたため、屋敷へと届けさせた。


 打てば響くよう、とまではいかないが、王女の手紙を受け取った貴族たちの反応は上々だった。現王の娘から直筆の書状が届くというのは、少なからず、彼女が自分たちを蔑ろとするつもりではないらしいと安心させた。


 とにもかくにも、書状を受け取った貴族のうち何名かは、個別に王女と補佐官とを屋敷に招き、直接話をする機会を設けてくれた。特に、ハーバー侯爵やモーリス侯爵などは、次の招集の場では賛同派としてアリシア側につくことを約束してくれた。


 のろのろとした歩みだが、着実に前に進んでいる。そう自分を励まし、アリシアは補佐官と共に、貴族たちと接触を重ねた。







「また、断りの書状が届いたの」


「さようにございます」


 手渡された書状をしげしげとながめるアリシアに、補佐官は恭しく頭を下げた。


 すでに、明後日には2回目の枢密院招集を控えている。


 そうしたこともあって、直接連絡をとっていた穏健派の貴族たちから、賛同派としてつくか否かの返答が続々ともどってきているのだ。


 なお、断りの書状の数は、朝より数えて3通目。一方、賛同するとの返答も2通届いているので、勝敗は五分五分といったところだろう。とはいえ、断ってきた中には高い確率でこちらについてくれそうな貴族もいたため、痛手ではある。


 受け取った書状を、アリシアは反対と賛成とで左右にわけた。そして、積み上げたそれに、本日までに回答をくれた者たちを頭の中で振り分ける。


 ……やはり、状況は至って厳しい。なんせ、あちらには絶対的な影響力を持つサザーランド家がいるのだ。


「焦りは禁物ね。反対派も仲間を増やすために、私たちがしているのと同じように、賛同派の貴族に接触しているようだもの」


「アリシア様の方が尊い身ですが、目先を考えればサザーランドに睨まれたくない。そう考えて、判断を下す貴族もいることでしょう……。それと、アリシア様。ジュードより、少々気になる報告が届いております」


 そういって、クロヴィスがアリシアに書状を渡す。ジュードらしい、流れるように美しい書体にざっと目を通して、王女は聡明な目をみひらいた。


「協力を呼び掛けた商人に、相次いで断られている……? この間までは、好感触の返事ばかりだったというのに?」


 ジュードの手紙の内容は、実務にあたる商人を集めるのが、ここにきて風向きが悪くなってきたというものであった。


 真に使える人間しか、中心に置きたくない。そんなジュード本人の希望で、メリクリウス商会の実務にあたる人間の選定は、彼に任せてある。そこで彼は、枢密院の説得がすめばすぐに動き出せるよう、独自の人脈を使って有能な商人に声をかけているのだ。


 これまでの報せでは、声をかけた商人の多くは、初期メンバーとしてメリクリウス商会にうつることに前向きな姿勢を見せてくれていた。それもそのはず、ハイルランドの職人技が優れているのはすでに知られたことであるから、広域商会が莫大な利益を生むことはすでに約束されているためだ。


 だが、ジュードの手紙によると、ふいに商人たちの反応が芳しくなくなったという。変化が現れたのは、つい最近。ちょうど、枢密院の第一回会議が終わった翌日頃からだという。


「どういうこと? 反対派が、商人たちにも手をまわしているとでもいうの?」


「その可能性は高いですが、まだ確証はありません」


「枢密院に所属する家柄に関わるもので、ここ数日の間、ローゼン侯爵領に滞在している人間は?」


 アリシアの問いに、クロヴィスはゆっくりと首を振った。


「報せを受けてすぐ、関所を守る北方騎士団に問い合わせましたが、そうした人物はおりません。サザーランド家の縁者の線を考えましたが、平民がほとんど、まれに騎士が混じるくらいで、公爵とつながりのある人物とは断言できません」


 サザーランドか。アリシアの脳裏に、恐ろしい威圧感を湛えたシェラフォード公爵の双眼がよみがえった。


 あの場では、あくまで決議の先延ばしをすることを主張していた彼だが、真の狙いが提言そのものの撤回であるのは、疑うべくもない。手回しのよい公爵のことだ。ジュードが声をかけた貴族になんらかの圧力をかけて、商会から手を引かせているのかもしれない。


「けど、誰かが商人たちを説得して回っているにしても、あまりに手際が良すぎるわ。公爵やリディ卿はエグディエルから動いていないのに、一体、どうやって……」


 アリシアが思案するのにあわせて、クロヴィスも形のよい眉を寄せる。


 目下のところ、一番の問題は、地方院のほうで商会設立の実現可能性を、再度洗い直していることの方だ。目ぼしい商人に相次いで断られているというのは、間違いなく心象を悪くする。


 もし、本当に裏でロイドが手を引いているなら、次の招集の場では、「商会そのものが暗礁に乗り上げそうだ」として、糾弾する材料にしてくるだろう……。


 と、その背後で、ノックの音が響いた。アリシアの目配せでアニが扉を開くと、そこには、近衛騎士団副隊長、ロバート・フォンベルトの姿があった。


 銀髪の騎士が持ってきたのは、来客の報せであった。ここ最近、商会の関連で様々な貴族にあっているアリシアではあるが、こうして誰かに謁見を望まれたのは初めてである。驚く王女に、ロバートは首を振った。


「いやね、何も無理にお会いする必要はないのです。俺個人としては、いっそのこと断っちまった方がいいんじゃないかと思いますよ。それとな、クロヴィス。相手はお前にも同席してほしいと希望している」


 告げられた訪問者の名前に、アリシアとクロヴィスは思わず顔を見合わせたのであった。





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