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「そうかそうか。ナイゼルが会わせたいというのは、お主らのことだったか」
「お目通り感謝いたします、陛下」
アーモンドの瞳を楽し気に細めて、ジェームズ王は使節団に参加していた二人の若者――ロバート・フォンベルトとクロヴィス・クロムウェルを見つめた。改めて王を前に名乗った二人は、緊張した面持ちで頭を垂れている。
(なんで、あなたがここにいるのよ)
アリシアはといえば、微妙に父王の背中に隠れる位置で、クロヴィスの憎らしいほど整った顔を睨んでいた。前世では顔すら知らなかった男が、一夜のうちに何故こうも絡んでくるというのだろう。
自分を射抜く視線に気が付いたのか、紫の瞳がつと上を向き、アリシアを捉えた。その途端、剣を振りかぶるクロヴィスの燃え上がる瞳や、流れ出る血がタイルを赤く染め上げる光景がフラッシュバックし、アリシアの全身に震えが走った。
顔を青ざめさせ、素早く目を逸らした年下の王女を、クロヴィスは疑問に思ったに違いない。だが、取り繕う余裕は、今の彼女にはなかった。小刻みに震える手を隠し、一刻も早くクロヴィスが目の前から去ることを望むばかりだった。
「それで、ナイゼル? 遠征前にも一度謁見をし、先ほども顔を合わせたにも関わらず、あえてお前が仲介して二人を連れてきたのは、よほどの思い入れがあってのことかな」
「はい。此度の遠征は、将来、王国を担うにふさわしい逸材を集めたと自負しております。しかしながら、その中でも、この二人は群を抜いて有望であるため、連れてきた次第です」
早く終わってほしい。そんなアリシアの望みも空しく、二人の若者にジェームズ王は興味津々であった。
「フォンベルト、君は騎士団からの代表であったね。そして、クロムウェル。君は、王立学院の首席卒業者としての参加だ」
「そこまで、覚えておいででしたか! 」
思わずといった様子で、ロバートが驚きの声を上げた。騎士団所属の肩書にふさわしく、まっすぐに伸びた銀髪を一本にきっちりとまとめ、美しくも凛々しい印象を与える若者である。
「王国の代表として隣国に送ったのだ。そのプロフィールを忘れるわけにはいかぬよ」
「ご無礼を申しました。どうか、お許しください」
気にした素振りもなく、ころころと笑うジェームズ王に、ロバートは赤面をした。その後を引き継いで、オットー補佐官が口を開く。
「と、このように、少々口が正直すぎるきらいもありますが、この二人が提出した隣国の報告書はよく的を射ておりました。広い視野による多角的な分析に飽き足らず、我が国に提言してみせた生意気さは、いっそ褒めるに値するかと」
「なるほどな。ナイゼルよ。お主、書き手の名を伏せたまま、私に2本の報告書を読ませたな。あれは、この二人のものだったのではないか? 」
黙って微笑むことで、筆頭補佐官は王の指摘を肯定した。
いよいよ楽しそうに、ジェームズ王は身を乗り出して、二人の若者の顔を上げさせた。
「そちらの報告書だが、大変おもしろく読ませてもらった。まだ粗削りな部分も目立つが、我が国と隣国とをよく比較し、それぞれの優れた点、劣った点を鋭く指摘している。そして、二人に共通した提言――“登用制度における、身分格差の撤廃”。あれは、とても気に入った」
二人の若者は、目を丸くして顔を見合わせた。虚をつかれたのは、アリシアとて同じである。
ハイルランドに置いて、身分制は絶対だ。それは平民、貴族の違いもさることながら、貴族の中でも出身家柄が冠する爵位によって厳密にランクが分けられている。王に近い高官に至っては、血族による世襲も珍しくない。
これでも、以前に比べれば緩くなったのだと、老年の教育係はアリシアに教えてくれた。たとえば、今の府省であれば、中堅の管理職の中に出自が男爵位の者もちらほらと見受けられるが、王を2代さかのぼっただけで、そんな者は皆無だ。
そんな我が王国において、“身分格差撤廃”などという提言は、この上なくきな臭い。それを、現王が「気に入った」とは、いささか耳を疑う話だ。
「もちろん、私に忠誠を誓ってくれている王国の重鎮たちは、お主らの提言を見れば目を回して卒倒するだろう。だが、誇りある歴史が、未来への枷になってはいかん。未来を担う若者の間から、先を見据えた意見が出ることが、私は堪らなくうれしいのだ」
まぁ、と声を漏らしたのは、フーリエ女官長だった。王すらも一目置く、優秀なる女官長の意表をも突きつつ、呆気にとられる若者たちに、王はにこにこと続けた。
「もちろん、あまりに革新的な内容故、すぐに実行に移すことはできない。早急すぎる改革は、国をも亡ぼすのだ。……だが、目指す未来として、悪くない。これからも励め。そして、いつの日か、この件でもう一度意見を交わそうぞ」
「「あ、ありがたきお言葉にございます!」」
感極まった様子の二人に頷いてから、ジェームズ王はいたずらっぽく自身の右腕たる補佐官の方を見た。
「さて、我が補佐官よ。お前は、この二人をどうするつもりなのだ? 」
どうにも、前世と話が違うぞ、アリシアは可愛らしい眉を少しだけ寄せた。オットーが、この二人の若者を国政だが軍事だかの要職に取り立てるべく連れてきたのは、今までの会話から明らかだ。
だが、革命の夜、アリシアはクロヴィスのことを全く知らなかった。つまり、彼は国政の要職はおろか、王族の近辺に顔を出せない立場であった可能性がある。
もちろん、王位を継いでいたのは夫たるフリッツであったから、一役人と王妃とでは顔を合わせる機会がなかったのかもしれない。だが、これほどジェームズ王が期待を寄せている者が、一度もアリシアと会う機会がないというのも、おかしな話だ。
「はい。陛下、恐れながら」
「……これは、これは。なかなかに、興味深い顔ぶれでございますな」
混乱をするアリシアをよそに、オットーが二人の若者について王に進言しようとした時、その声は横からさえぎられた。