表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/155

8-5



「彼らは、信頼に足る人物です。彼らが私を担ぎ上げ、気ままに振る舞っていると疑うのなら、それは大きな間違いよ。彼らがこの国のために、どれだけ身を粉にして尽くしてくれているか……!」


「わかっています。わかっています、アリシア様」


 ゆっくりと大股に歩みをすすめ、いつの間にか目の前にたったロイドの大きな手が、アリシアの肩に置かれる。優し気に笑みを浮かべる傍ら、まったく笑っていない瞳に王女を映し、彼は口を開いた。


「私はあくまで、そのように不安に思う者もいるでしょうと、警告を鳴らしたのです。なぜなら、あなたが提唱したメリクリウス商会は、あまたある他国の広域商会の中でも、特に隣国のイスト商会に似ている」


 そして、と言葉を切って、ロイドはクロヴィスを手で指示した。


「加えて、こたびの提言を中心的にまとめ上げたのは、こちらにいるクロヴィス卿。彼はたいそう優秀な人間ではありますが、隣国に使節団として派遣された折、エアルダールの体制の在り方にいたく感銘を受けていたと聞いております」


 だんだんと彼が何を言おうとしているのか、アリシアはその先が読めてきた。その嫌な予感は、ありがたくないことにぴたりと的中してしまう。


「隣国の女帝が目指す国家のように、ハイルランドの根本たる領主制についても改革をすべしである。そのような理想が、彼の胸の内にもあるのではないか……。そのように、胸を不安に染める者も、あるいはいるやもしれませぬ」


 今度こそ、大広間の中は騒然とした。


「おいおい、いくらなんでも、それは勘ぐりすぎじゃねえのか?」


 ドレファス長官が呆れたように野太い声をあげたが、その声ですら、他の貴族たちによるざわめきに飲み込まれてしまう。


 実はこの時、そのことについて意見を交わすタイミングこそなかったものの、クロヴィスとナイゼル、二人の補佐官は同じ違和感を抱えていた。


 ロイドの発言は、どう考えても過ぎたものであった。アリシアは幼いとはいえ、王族だ。加えて、この場には父であるジェームズ王も席を並べている。


 王女付き補佐官であるクロヴィスを貶めるということは、その主人であるアリシアを侮辱するのと同義であり、下手をすればジェームズ王の不興を買う恐れがある。


 いくら彼が新商会の設立をよく思っていないにしても、王の怒りに触れてまで足をひっぱるというのは、いささか合理性に欠ける行為である。


 と、二人の補佐官が思案する中、広間をうめる喧噪が不意に終わりを告げた。今まで静観していたジェームズ王が、静かに右手を掲げたためだ。


 王が動いたことにより、たちまち枢密院の貴族たちは口を噤み、敬意をこめて頭を垂れる。それは、すっかり場を支配していたロイドにしても、同じであった。


「ロイドよ」


 アーモンド色の瞳を臣下にむけて、ジェームズ王は穏やかに問いかけた。決して声を張ったわけではないのに、その声は、広間の中によく響いた。


「感心せぬのう。お主ほどの男が、推測のみでいたずらに不安を煽るとは。それでは、まるで扇動じゃ」


 ジェームズ王はいつもと大きく調子をかえることはなかったが、言っている内容にはついては厳しかった。それでも父親の方は堂々とした態度を崩さなかったが、息子のリディの方は、どきまぎと視線をさまよわせた。


「シアがこの男を信頼するように、私もこの男を買っておる。お主がクロヴィスを疑うと言うのなら、私とて、この王冠を返還せねばならぬのう」


「あぁ、陛下。ご不快に思われたのなら、申し訳ございません。しかし、王国に調和をもたらすことこそ、私の目指すところであるのです」


 胸に手にあてて深くふかく頭をさげ、ぬけぬけとロイドが答える。こうした芝居がかった仕草は、間違いなく息子のリディにも引き継がれていた。


 いたって本人は真面目な顔で、サザーランド家の当主は王に訴えた。


「私が申し上げたかったのは、小さな疑念が、時に大きな不安を呼び覚ますこともあるということ。このまま決をとっても、胸に芽生えた邪推に各自が苛まれ、枢密院の心をばらばらにほどいてしまうことでしょう」


「その疑念を植え付けたのは、あなたでしょうに」


 誰にも聞こえない声音で、ナイゼルが小さく呟く。的確な指摘はこの場にいる誰にも届くことはなく、当のロイドの勢いを止めることはなかった。


「ゆえに、お願い申し上げたい。本日、このまま決を採るのではなく、提言を一度枢密院で預からせていただきたい。我らのうち数名が内容を検分すれば、根拠のない疑念はたちまちに晴れ、後々に憂いを残すことはありますまい」


「ふむ……」


 あくまで、提言を取り下げるのではなく、決議を先延ばしにしたい。そう提案したロイドに、ジェームズ王は人のよい丸顔に手をあてて、しばし思案した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ