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8-4




「なるほど、こんなにかかるなら……」


「ふむ。それに、ジュード卿は貴族と話すより商人と話す方が好きらしい。彼以上に、商会設立に向けて動き回るにふさわしい男はいないだろうな」


 どうせなら、金の生る木を自領内に作りたい。そんな魂胆が透けていた貴族らが、初期投資としてどれほどかかるのかを提示した途端、ごにょごにょと言葉を濁した。そして、ひらりと手のひらを返してローゼン侯爵領に押し付けようとした。


 これこそ、クロヴィスたちの狙いであった。


 当初アリシアは、王国全体の未来に関わるものであるのだから、初期投資は王国とローゼン侯爵領とで折半することを提案した。だが、それをローゼン侯爵領だけで持つと言い切ったのは、ジュードの方だ。


“なに。商人というのは、採算が見込めるものであれば、時に思い切って金をつぎ込み、勝負に出るものなのですよ”


 最初にローゼン侯爵領もこれだけ痛手を負うのだと印象付ければ、後々に仲介料を払わなければならないという他領の不平等感を少しでも和らげることが出来る。ついでに、「新商会は、ローゼン領ではなくぜひうちで!」と言い出す輩を牽制することもできるのだ。


 自領を出入りされたり、仲介料を支払ったりするのは癪だが、広域商会の有効性は本物のようだ。それに、ずいぶん金のかかる事業のようだがら、ジュード・ニコルにそのまま押し付けておけ。


 そんな風潮が、じんわりと貴族たちの間に広がっていくのが、クロヴィスには手にとるようにわかった。


 嘘は付かず、正直に。しかし、カードの切り方で、自分が望む答えへと相手を導く。なるほど。貴族的な空気の読み方は出来ずとも、駆け引きの技に関しては、ジュードの腕は天下一品だ。


(だが、あなたはまだ、終わらせるつもりではないはずだ)


 表情に安堵をにじませるアリシアに微笑みかえしつつ、クロヴィスはいまだ沈黙を守ったままのロイドに注意深く視線を向けた。







(さすが、クロヴィス。あんなにまとまりのなかった枢密院が、賛成の方に固まろうとしているなんて)


 いまだ緊張を緩めようとしない補佐官の隣で、アリシアは目を丸くして事の成り行きを見守っていた。


 とはいえ、わずか10歳の少女である彼女にとっても、ロイドが沈黙を守っているのは奇妙に感じていた。なぜなら、この会議におけるもっとも難関となるのが、サザーランド家当主の説得だとクロヴィスから聞かされていたためだ。


 と、そのロイドが、組んだ手の下にあるステッキを軽く地に打ち付けた。とん、という乾いた音がして、それだけで他の枢密院のメンバーが口を閉ざした。


「発言を、よろしいかな?」


「もちろん、ロイド卿」


 ナイゼルの許可を受け、シェラフォード公爵がするりと音もなく立ち上がる。身長はクロヴィスや息子のリディの方が高いというのに、ロイドが発する威圧感は相当のものだ。


 彼が辺りを無言に一瞥すると、侯爵クラスの貴族などは蛇に睨まれた蛙のように首を縮ませた。その、猛禽類を思わせる鋭い眼光が、アリシアに向けられる。


「アリシア様。聡明なる姫様のご判断、幼少の時より存じ上げる身としましては、誠に嬉しゅうございます」


「……ええ。ありがとう」


 唐突に話を振られても、アリシアはひるむことなく、澄んだ空色の目でまっすぐにロイドを見返す。ロイドの方も、びりびりと張り詰めた眼光とは裏腹に、穏やかな口調で王女を称える言葉を紡いだ。


「我らの考えが及ばぬ、遠い先の未来まで見据える先見性の高さ、やはりあなたは、並々ならぬお方なのでしょうな」


「買いかぶりすぎよ」


 美しく輝く髪を揺らして、アリシアはゆっくりと首を振った。


「私はただ、部下と友人に恵まれただけ。漠然とした不安の正体がなんであり、そのために何をすべきか、教えてくれる人が間近にいただけよ」


 口にした途端、公爵の鋭い瞳の奥に、何か不穏なものが宿った。その時はじめて、アリシアの肌はぞわりと泡立つ心地がした。


「あぁ」と、長いため息を吐くように、ロイドが呻いた。


「あなたが聡明であればこそ。あなたが先見性に富めばこそ。私は御身が心配なのです、アリシア様」


「心配? 何が心配だというの?」


 獲物を見つけた蛇が、赤く細い舌を躍らせる。ロイドに見据えられると、なぜかそんなイメージが湧き上がる。


 できれば、今すぐにも目を逸らし、信頼する補佐官の背に隠れてしまいたい。そんな衝動をなんとか堪え、アリシアは声を震わせないよう努めて尋ねた。


 するとロイドは、どこまでも冷えた笑みを浮かべた。


「あなた様の心に漬け込み、アリシア様の名を振りかざして政治を乱そうとする無礼者が現れないか、ですよ」


 水滴が落とされたように、広間にざわめきが広がっていく。ロイドの言葉が与えた衝撃の意味をアリシアが理解したとき、ナイゼルが音もなく立ち上がった。


「聞き捨てなりませんな」


 銀縁の眼鏡を押し上げて、ナイゼルが反対側に立つロイドのもとへと足を運ぶ。口調を荒げてはいないのに、彼が胸のうちを怒りを燃やしているのは明らかだった。


「今の発言は、此度の提言を共同でまとめた、我々補佐室と地方院とを侮辱する言葉ではないか?」


「はぁ!? なんだと!? 地方院に文句があるってのか、ロイド!!」


 ナイゼルに言われて初めて、その意味を理解したらしいダン・ドレファスも負けじと吠えて立ち上がる。だが、それに対し、ロイドは小さく鼻で笑っただけだった。


「早合点は困りますな。ただ、我ら枢密院がよく知らぬ人間もこの件に関わっているため、ふと、そのような心地にとらわれただけだ。いや、何。人となりを知らぬというのは、こうも不安を呼び寄せるものとは」


 アリシアの背が、すっと冷えた。言うまでもなく、今のは、枢密院とのかかわりの薄い、クロヴィスとジュードが事の中心にあたっていることを皮肉っての発言だ。


「取り消して!」


 気が付けば、アリシアは空色の瞳できっとロイドを睨みつけていた。




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