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【幕間】嵐の前の静けさ



 頑なだった態度が一転、全面的に協力すると申し出てくれたジュードに、当然ながらアリシアは仰天した。そして大いに喜び、感謝の言葉を伝えた。


 二人ともはっきりと口には出さなかったが、クロヴィスとジュードの間でなんらかのやり取りがあり、それがジュードの心変わりを促したのは明らかだった。


「もうクロヴィス卿が次に何を成そうが、私は驚きませんとも」


 ジュードは、決して引き受けない。

 そう見通しを立てていた侍女のアニは、帰りの馬車でこんな風にぼやいた。


「しまいに、あの人が魔術を使えるようになったと聞いたって、ええ、私は驚かないでしょうよ」


 とにもかくにも、ジュード・ニコルという新たな仲間を得たアリシア一行は、綿密な打ち合わせを重ねて素案をまとめたうえで、エグディエル城へと帰還を果たした。








 それから幾月かが過ぎ、季節が一つ変わった。


 その間、ジュード・ニコルの提言に端を発した素案は、『メリクリウス商会設立に関する提言書』としてクロヴィスによりまとめられ、地方院の同意のもと、補佐室から王へと提出された。


 そこに至るまで、これほどにも月日がかかったのには、深いわけがある。


 本来であれば、各府省が作成した草案をもとに補佐室が審議を重ね、何度となく繰り返される担当各所とのやりとりの後、正式な提言として王にあげられる。大抵は、王がそこで頷くか否かで審議は終了する。ただし、王が枢密院の招集が必要であると判断した場合には、そちらでの審議へと移行するのだ。


 だが、今回は一度地方院で取り下げられた案件を補佐室で拾い直し、逆に地方院へと提案した形になるので、相当にイレギュラーな流れであった。


「最も気を使うべきは、地方院です。審議の上で却下したものを取り上げられて、面子を潰されたと感じてもおかしくありません」


 アリシアに対して説明したその言葉の通り、クロヴィスは地方院長官ドレファスとのやり取りを、かなり綿密に、そして慎重に行った。それでも、地方院を説得するのは相当に骨が折れることであった。


 長官の名誉のために言っておくと、ドレファスという男は非常に情に厚く、公明正大な人物である。


 理屈っぽいことを嫌い、こうと決めたことをとことんやり抜く行動派ゆえ、互いに裏を読みあうことの多い枢密院の中でも、「あいつだけは大丈夫だ」という謎の安心感を伴って、皆に好かれている。


 そんな昔気質の男であるから、ジュードとの相性は最悪に近かった。ドレファスからみれば、他の貴族との交流を深めることもせず、自領に閉じこもり(実際はそうでないにせよ)ふらふらしているジュードのような存在は、我慢がならないのだ。


 もちろん、最初にローゼン侯爵領より提言が届いた際に、それを補佐室にあげずに却下したのは私情を挟んでのことではない。しかと内容に目を通し、アリシアたちが推測した通りの答えに辿り着いたうえで、上にあげる必要なしと判断したのだ。


 だが、そうした行程を経て、ジュードの提言はドレファスの中で「いけ好かない奴が出してきた、わけのわからぬ戯言」という、考えられる限り最も悪い印象に落ち着いていたのである。


 だから、補佐室より『メリクリウス商会設立に関する提言書』を渡され、それがジュード・ニコルの提言書を具体化したものだと知らされた時、ドレファスは驚きのあまり卓上に置いてあったインク瓶を盛大にぶちまけてしまった。続いて、地方院の領分に補佐室が踏み入ったとして、猛反発した。


 しかし、初期のものよりずっと内容が濃くなった提言と、クロヴィスの辛抱強い説得により、当初は頑なだったドレファスの態度もだんだんと軟化していった。


 そのタイミングを見計らってアリシア本人が筆を執り、王国の未来のために協力をしてほしいと真摯に訴えると、情に厚いドレファス長官はついに折れたのであった。


 こうして、王女アリシアの名のもとに通された初の提言が、ようやくジェームズ王のもとへと届けられた。






 それに目を通した王は、名のある貴族たちに文を出した。


 すなわち、枢密院の招集である。






「やっと、この日が来たわ」


 大きな窓から、朝日が差し込む。その白い光に照らされて、外を見つめるアリシアの横顔には緊張がにじんでいた。


 強い決意を表して、その身に纏うドレスは彼女の象徴である鮮やかな青だ。その横に付き従う黒髪の補佐官は、美しいアメジスト色の瞳を彼女に向けた。


「震えていますね」


「少しだけよ」


 隣を見上げて、アリシアは凛とした笑みを浮かべた。


「お前が一緒にいてくれるのだもの。恐いものなんて、少しもないわ」


「あなたという方は」


 呆れ半分、クロヴィスは口角を吊り上げる。そして彼は、胸に手をあてて恭しく頭を垂れた。


「お守りします、姫君。我が身に代えて」


「だから、誓いの言葉が重いってば」


 思わず、アリシアは小さく吹き出した。クロヴィスがそれを狙ったのかはわからないが、おかげで体の強張りがいくらかましになった。小さな体を奮い立たせて、アリシアはくるりとドレスの裾を翻し、足を踏み出した。


「いきましょう、クロヴィス。戦場は、すぐ目の前よ」


「御意」


 抜けるような晴天の中、どこかで鳥の声が響く。その声は、大広間で王族が現れるのを待つ、名だたる名家の当主たちの耳にも届いた。


 そうして、歴史あるハイルランド王国に、一つの戦いの火蓋が切られた。





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