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【書籍化&コミカライズ】青薔薇姫のやりなおし革命記  作者: 枢 呂紅
7.ローゼン侯爵、ジュード・ニコル
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7-10




 王女に手を差し伸べられたから、自分は、アリシア姫に仕えているのだろうか


 そう自問したクロヴィスは、しばし思案したのちに、ゆっくりと首を振った。


「アリシア様は、俺を救ってくださった。最初の頃は、そのお心に報いたい一心で、あの方の補佐官となりました」


 しかし、今はそれだけがすべてではない。


 アリシアと過ごす日々が長くなり、彼女の秘密を、願いを知るうちに、クロヴィスの王女に対する忠誠はより深くなった。


「あの方は、民のため、この国のために自分に何ができるか、真摯に向き合い悩んでおられる。決して楽ではない、いばらの道だというのに」


 知恵もなく、力もなく。


 それでも、壮絶な破滅の未来を回避するために、必死に抗おうとする彼女の姿はクロヴィスにはまぶしく、同時に危うく映った。ともすれば、簡単に足元をすくわれてもおかしくないお人よしの彼女を、守ってやりたいと思った。


「あの方が険しい道を選ばれるならば、俺は道を照らす光でありたい。目指す頂が切り立つ崖の上にあるなら、あの方を導く杭となろう」


「盲目的だね。まるで、おとぎ話に登場する騎士(ナイト)のようだ。クロくんにそこまで決意させる価値が、彼女にはあると?」


 彼女の価値? その言葉に、思わずクロヴィスは笑いだしそうになった。彼に言わせれば、自分の方こそ、アリシアに仕える価値があるのか問いただしたいくらいだ。


「ハイルランドの未来は、あの方と共にある。俺は、そう確信しています」


「……なるほどね」


 何度か頷いてから、ジュードは挑戦的に唇を吊り上げて、クロヴィスを見た。それはさながら、重大な商談の場において、商人が交渉のカードを示すかのようであった。


「王女さまは、この国を変えるかな? クロくんの見立てでは、どう?」


「お答えするまでもない」


 美しい笑みと共に、クロヴィスは目の前の男を見返した。


「あの方は、この国を変えますよ。皆が己の力と知恵を出し合い、支えあって立ち上がる国へと。――それをあなたご自身が、すでに確信しておられるはずです」


「ふふふ、これは楽しみだ!」


 ついに若き当主は白旗を上げた。両手をあげて、朗らかな笑みとともに肩をすくめる。


「降参だ。君たちは、僕の興味を引くことに成功したよ。こんなに胸が高鳴ったのは、磁器づくりにふさわしい土を発見した時以来だ」


 そういって、ジュードはクロヴィスの肩をぽんと叩いた。


「引き受けるよ、商会の設立責任者。あのお姫様の下で働くのは、とても楽しそうだ」


「それは、誠ですか!」


「ただし、条件を2つほど」


 指を2本掲げて、ジュードはいたずらっぽく笑みを浮かべた。そして、クロヴィスの反応をうかがうように、ゆっくりと部屋の中を歩いた。


「僕は、無駄なことをするのが大嫌いだ。周りには、使える人間しか置きたくない。実務面の中心メンバーの選定は、僕に任せてもらえるかな?」


「かまいません。もちろん、リストには目を通しますが」


 王女付き補佐官としての立場に戻って、クロヴィスは頷いた。散々、意見を交換した後だから、ジュードが半端な人間を選ぶことはないと信頼できる。


 その答えに満足したように、ジュードは立てる指を一本に減らした。


「もう一つの条件。僕は、自分のスタンスを変えるつもりはない。立場上、枢密院の貴族と会わなければならない場面が出るだろうけど、僕にうまい調整ができると期待するのは無駄だよ」


「いいでしょう。それは、こちらが引き受けます」


 若干、表情が渋くなるのを自覚しながら、黒髪の補佐官はそれに答えた。もとより、枢密院との調整は、自分たち補佐官の仕事だ。とはいえ、このマイペースな人柄を庇いながらことにあたるのは、非常に骨が折れるだろう。


 だが、その苦労を差し引いても、ジュードが実務の責任者を引き受けてくれることの価値は大きい。商人と交流が深く、領内での信頼が高いジュードが窓口となることで、商会設立に向けたスピードは一気に早まる。


(アリシア様、やはり、あなたという人は……)


 表面上はいたって冷静さを保ったまま、クロヴィスは胸が熱くなるのを感じていた。


 彼女には、こういう不思議なところがある。目立った力を持たないかわりに、彼女のために何かしたい、力になりたいと思わせてしまう不思議な魅力が。


 それこそがアリシアの最大の武器であり、王国を救う鍵だ。


「あの方に力を貸してくださること、深く感謝いたします」


「堅苦しいのはよそうよ。明るく、楽しく。それが、一番さ」


 胸に手をあて、主人に代わって頭を下げたクロヴィスに、ジュードは明るく笑って手を差し出す。しばし逡巡してから、クロヴィスはアメジストに似た美しい目を細めて、目の前の手を握った。


「よろしくお願いします、ジュード」


「そうこなくっちゃ」


 つかまれた手を固く握り返してから、待ちきれないというように、若領主は『東洋の間』の中央でくるりと体をまわした。


「そうと決まれば、早々に草案をまとめて、地方院を通過させなくてはならないね! ふふふ。今までは却下されてもどうとも思わなかったけど、今回は腕が鳴るな!」




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