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翌朝、部屋で用意された朝食を済ませ、すっかり身支度を終えたアリシアが広間に向かうと、先に到着していたジュードとクロヴィスに迎えられた。
そうして始まった2度目の会談では、広域商会の設立に向け、いくつかの具体策について検討された。提言を書いた当事者として、意見を聞かせてほしい。そうしたこちらの申し出に対し、若き当主が快く応じてくれたためである。
仲介すると一言にいっても、具体的にはどのような流れで行うのか。
運営に向けて、各領主に求めるべき協力は、どんなことがあげられるか。
現存する他国の広域商会とは、どう折り合いをつけるべきか。
こうした内容が、クロヴィスとジュードの間で繰り返し議論された。こうなってくると、アリシアの知識では口を挟めない。己の補佐官の手腕を信じて、王女は会議の進行を見守っていた。
そうして見守っている中で、やはり、計画の中心に立つべきはジュード卿であると、アリシアは再認識を固めた。
彼の優れた点は、領主としての視点と商人としての視点、異なる二つの視点から物事を捉えられることであった。アリシアたちが実現させようとしている広域商会は、領主の協力を取り付けたうえで、各地の産業を売り出す役目を担うのだから、彼のように領主と商人、両方の視点で判断することができる人材が貴重なのである。
だが、昨日の拒否の具合からして、計画の中心に立つことはしないという彼の意志は固い。こうして、アリシアやクロヴィスに対し助言を与えることは抵抗がなくとも、いざ、他の貴族に意見せよとなれば途端に逃げ出すに違いない。
(なんとか、彼を説得したい。何か、うまい手はないものかしら)
貴族との交流を嫌うといっても、ジュードがアリシアたち一行に対し嫌悪を向けることはない。むしろ、晩餐が済んだ後にも語らいの場を用意するなど、積極的に交流を望んでいるようにみえる。
とすると、彼の場合は貴族が苦手というよりも、身分で厳格に区切られた貴族社会そのものや、同等の身分だけで内に篭ろうとする閉鎖性の方を嫌っているのだろう。
王国の未来のためとはいえ、嫌がる人間を無理やり引き込むことは、アリシアとてしたくはない。といって、計画の実現には、彼のように柔軟な視点を持つ者が不可欠だ。
原案をまとめるために、補佐官があれこれと内容の合わせをすすめる傍らで、アリシアはアリシアで頭を悩ませていた。
そうこうしているうちに、2回目の会談は終了した。己で夢想していた素案が、具体的に形になっていくことへの興奮のためか、晴れ晴れとした様子でジュードは王女のことを見た。
「いやはや、驚きました。さすが、アリシア様付きの補佐官ですね。クロくんは、本当にすばらしい。僕がぼんやりと思い描いていたことを、たちまちに具体的な形に固めてしまうのですから」
「ジュード卿が、商人たちの動きに精通しているおかげにございます」
手放しの称賛に対し、美貌の補佐官は恭しく微笑む。アリシアは、明るい瞳で二人を相互に見つめてから、にこりと笑みを浮かべてねぎらった。
「城を出て、ジュード卿に会いに来てよかったわ。いくらクロヴィスが優秀でも、商人や商会については、あなたの意見が不可欠だもの」
「うれしいなぁ。商人とばかりつるんでいるって、好奇の目で見られることはよくあったけど、こんな風に王女さまの役に立てる日がくるなんてなぁ」
純粋に嬉しそうに、若き当主は笑った。
「とはいえ、補佐室はクロくんがいるから問題ないとして、問題は第一難関として立ちふさがる地方院と、最終難関となる枢密院ですね。はたして、商会の重要性をちゃんと理解できるんだろうか」
「それに関しては、辛抱強く説得するしかないわ。すぐには賛同してもらえなくても、ちゃんと分かってくれる人がいるはずだもの」
きっぱりと言い切ったアリシアに、ジュードはぱちくりと緑の目をまばたいた。
「自信たっぷりに言いますね。ご存知かと思いますけれど、枢密院の重鎮たちの頭の固さは異常ですよ」
「ならば、こんなのはどうです?」
アリシアを警護のため、部屋の入口で腕を組んで会議を見守っていたロバートが、いたずらっぽく笑みを浮かべて声を上げた。
「お立場を最大限利用しましょう。陛下のご威光で、”新規商会を設立する”という事実だけでも先に制定してしまえばよい。いくら枢密院といえども、陛下の意を覆すことは出来ません。最も手っ取り早い方法だ」
「却下だ」
秀麗な顔をぴくりとも動かさず、すかさずクロヴィスが答えた。
「独善的なやり方は、反感を生む。それに、ジェームズ王ご自身が、その方法をよしとなさらない。あの方は臣下に対し、心から納得するまでとことん話し合うことを望まれる方だ」
それに、と言葉を区切って、アメジストに似た瞳がアリシアに向けられた。それに答えて、王女もうなずいた。
「私も、その方法はとりたくない。どれだけ時間がかかっても、真っ向から向き合いたい」
「なぜです!」
呆れた様子で、ジュードが叫んだ。
「失礼。気を悪くしないとよいのですが。けれど正直に言って、あなたが取ろうとする方法は馬鹿正直すぎます」
「そうね。決して、うまい手ではないと思う」
苦笑をうかべて、アリシアは若き当主を見た。
「けど、私は多くの力を持ってないから」
王女の言葉に、ジュードは明るい緑の目を丸くし、クロヴィスは柔らかく微笑んだ。
アリシア本人が自覚していることだが、彼女には素晴らしく回る頭脳や、何か特別に秀でた才能があるわけではない。周囲を惹きつけてやまない愛すべき美徳は数多とあれども、それは彼女を助けこそすれ、それだけで国政を乗り切るのは不可能だ。
それを自覚しているからこそ、王族という権威を盾に、上から抑え込むような方法を取りたくない。
「“信頼によって民と王が結ばれ、民の一人ひとりが己の範疇で国を良くしようと動けば、ただ一人の王が権威をふるうより大きな力を生む”」
以前、クロヴィスに教えてもらった言葉を繰り返して、王女は聡明な瞳でジュードを見据えた。
「知恵を出し合った結果、もしかしたら、広域商会ではないものの方がいいとなるかもしれない。それならそれで、構わないわ。それが、民の力が合わさった結果だもの」
「……あなたは、やっぱり変わったお姫さまだ」
ぽつりとつぶやいた領主に、アリシアは首を傾げる。
「そう? 自分では、あまり自覚はないのだけれど」
「ええ。昨夜に聞いた、視察に出た時の話にしたってそうです。あなたの行動は、僕が知る貴族の姿とはまるで違う。――とても、興味をそそられますよ」
そう答えてから、場の空気を換えようとするように、ジュードは両手をぱんと合わせた。そして、立ち上がって一同を見渡し、さわやかな笑みを浮かべた。
「何はともあれ、昼食といたしましょう。いい食事は、よい閃きをもたらします。一日は、まだまだ長いですからね!」




