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「……へえ。あなたも、ずいぶんと変わった方ですね」
純粋な驚きをにじませて、若き領主はまじまじと王女を見つめた。
呆気にとられるジュードに、クロヴィスが紫色の瞳を向ける。それは、さながらに、獲物に狙いを定める狼のようでもあった。
「そこで、ジュード卿。あなたに、我々に力を貸していただきたい。商会設立に向けた、実務の責任者になってもらいたいのです」
「へ?」
マグカップに手を伸ばしたまま、ジュードは完全に虚を突かれた様子。そこに一気に畳みかけるように、クロヴィスがさらに続ける。
「商会設立の要となる、商人との人脈の広さ。貴族らしからぬ、商売人としての勘の鋭さ。どれをとっても、あなた以上に、この計画の中心に立つにふさわしい人物はいません」
「ちょっと、待ってよ」
慌てた時の癖なのか、ジュードが前髪をかきあげた。
「僕はあくまで、そうした方がいいよとアドバイスを送っただけだ。提言にも書いたでしょう? 枢密院の重鎮たちで、音頭をとって進めるべきだって」
……その自発性のなさも、地方院で却下された理由かもしれない。動揺するジュードを眺めながら、アリシアは曖昧に微笑んだ。
その横で、辛抱強くクロヴィスが説得にあたる。
「もちろん、国内の調整は我々が行います。しかし、求める商会にはどこか中心となる拠点が必要だ。貿易の強化を見据えた商会ですから、その最適地はヘルドの町。つまり、あなたの領内です」
「海路はね。けど、陸路なら候補も他にもあるでしょう。シェラフォード公爵領のヴィオラとか。とにかく、僕は無理だよ。他の貴族だって、変人ジュードが矢面にたったんじゃ、絶対に着いてこないさ」
「ジュード卿!」
立ち上がった若き領主を、アリシアが呼び止める。追いすがる王女の声に振り返ったジュードの顔は、困惑に染まっていた。
「すみません、アリシア姫。正直、僕はこういう場面に慣れていなくて」
「いいのよ。こちらこそ、驚かせてしまってごめんなさい」
首を振りつつ、アリシアも立ち上がり、優しさの滲むハンサムな青年を見上げた。
「あなたが、貴族間の人脈にはとことん疎いというのは、噂で知っている。けれど、それを差し引いても、あなたの能力が必要なの」
「では、こういうのはどうです」
何度かうなずいてから、ジュードは口早に並べた。
「頼れる商人だったら何人だって紹介するし、一領主として意見を求められれば、ちゃんと答えます。けど、僕を中心に据えるのだけはダメです。というより、これは助言だ。僕を中心に据えたりしたら、絶対に失敗しますよ」
それだけ言って、領主は足早に退室した。アリシアはもう一度それを止めようとしたが、クロヴィスに制された。
「少し、時間を置きましょう。城に帰るまでに、まだ猶予はあります」
「そうね……」
ジュードが出ていった扉を見つめながら、そう、アリシアは答えたのだった。
結局、その日は、それ以上に話を進めることは出来なかった。
といっても、無為に過ごしていたわけではない。ジュードの奥方に、ローゼン領の民の暮らしぶりや、港町ヘルドの賑わいについて教えてもらったり、代々の当主が集めた海の向こうの珍しい品々を見せてもらったりと、有意義な時間は過ごせたのだ。
ジュードも、夕食の席で顔を合わせた時には、朗らかで気さくな調子を取り戻していた。ただし、東方商人から仕入れた話題でアリシアたちを夢中にさせる一方、提言の行方に関しては、頑なに話をそらしている節がみられた。
「明日、もう一度、彼と話してみるしかないわね」
「あちゃあ。やっぱり、交渉決裂しちゃっていたんですね」
夜、与えられた客室で、疲れ果てたアリシアがソファに身を沈めてぼやく。すると、すかさずアニが答えた。
なお、部屋の中にいるのは、アリシアと侍女二人だけだ。
クロヴィスやロバートたち護衛騎士は、ジュードが用意した別の部屋に宿泊している。アリシアの近辺警護をのぞいて、屋敷の周辺や港町の警戒はローゼン侯爵領に駐屯する北方騎士団が引き受けてくれているので、めいめい体を休めているはずだ。
柔らかな頬を膨らませて、王女は侍女の言葉を訂正した。
「決裂はしていないわよ、決裂は。……けど、やっぱりって?」
「いやぁ」
「だって、ねぇ」
すかさず、顔を見合わせるアニとマルサ。二人の様子が気になって、アリシアは首を傾げた。
「たしかに、マイペースな人だなぁとは、初めて会った時に思ったわよ。けれど、取っ付きづらい人柄でもないでしょ? あれほど嫌がるとは思わなかったわ」
「といってもね、姫様。領主としての仕事はちゃーんとやっているみたいですけど、本来的にはあの人、貴族の気質ではないですよ」
やれやれと肩をすくめて、アニが答える。その後に続くのは、マルサだ。
「ジュード卿を見ていると、城に時たま出入りする商人を思い出しちゃうんですよねぇ」
「そうそう。だから、あの人が枢密院の貴族たち相手に、あれこれ意見する姿が、ちょっと思い浮かばないというか」
さすが、普段から城内で、出入りする様々な人物を観察しているだけはある。侍女二人の人を見る目の鋭さに感服しつつ、アリシアは改めて考え込んだ。




