5-11
「アリス! クロさーん!! まったねー!!」
子供たちの元気あふれる声とたくさんの振る手に見送られて、アリシアたちは教会を後にした。子供たちの真ん中では、教会を管理する聖職者がぺこりとお辞儀をしていた。
アリシア一行はそれに手を振ってこたえながら、道に寄せて止めてある馬車へと近づいていった。扉を開けて恭しく頭をさげながら、ロバートがウィンクをした。
「おかえりなさいませ、旦那様、お嬢さま」
しっかり馬車を用意して待っていたことに、アリシアは少なからず驚いた。あっちこっちと歩き回ったため後をつけるのは大変だったろうが、ロバートはアリシアたちを見失うことなく遠くから護衛し続けていたらしい。
いよいよ馬車に乗り込もうとするところで、エドモンドが両手を頭の後ろにまわしてにかっと笑った。
「じゃあな、クロ、アリス。また町を回るときは、俺に会いにこいよ」
「本当にここでいいの? 馬車で市場まで送るわよ」
「こんな豪華な馬車になんざ乗れるかよ。尻がかゆくなっちまう」
時刻はすでに夕刻に差し掛かろうかという頃合いで、通りには勤めを終えて帰路につく貴族の馬車や、夕食のための買い出しに急ぐ町人の姿が見える。
アリシア本人も、ここがタイムリミットだ。そろそろ城に戻らなければ、やきもきして帰りを待つフーリエ女官長の雷が落ちてしまう。
今日一日、数々の出会いをプレゼントしてくれた友人に、アリシアは深い感謝を込めて礼を言った。
「エドモンドと出会えてよかったわ。あなたがいなかったら、町の人たちとこんなに知り合うことなんてできなかった。本当に、ありがとう」
そうだわと、アリシアは愛らしい顔にぱっと華を咲かせた。
「お礼がしたいの。何か、必要なものはない? 後日、従者に届けさせるわ」
「それそれ。貴族さまの、悪い癖だよな」
ぴしりとアリシアの顔に指を突き付けて、エドモンドが半目で王女を睨んだ。
「俺はクロと友達。で、今日一日でお前とも友達になった。だから、町を案内してやったの。礼だの褒美だのが欲しいわけじゃねーよ」
「あ……」
これ以上ない的確な指摘に、アリシアは言葉をなくした。そして、無意識のうちに己がエドモンドと自分とを、王族と臣民という立場で区切っていたことを恥じた。
エドモンドの方は、本気で気分を害したわけではなかったらしい。すぐにあっけらかんとした笑顔に戻ると、アリシアの胸元のブローチをくいとあごで示した。
「ま、そういう風に思ってくれるなら、またそのブローチつけて遊びにきてよ。お袋も親父も喜ぶからさ。ついでに新しく何かを買ってくれたら、それで上出来だ」
「うん。わかった。約束するわ」
神妙にうなずいてから、アリシアは少年に見送られて、馬車へと乗り込んだ。エドモンドに窓から手を振り返してから、ふかふかの背もたれにアリシアは寄りかかった。
しゅんと項垂れるアリシアに、向かいに座るクロヴィスが紫の目を細める。
「エドの言葉が堪えましたか?」
「そうね」
素直に頷いて答えると、黒き補佐官は窓の外に視線を映した。
「エドが言うことは正しく、同時に間違っております。あなたは、この国の王女。友人としては彼と対等になれても、立場でみればあなたとエドは対等になりえません」
「だとしたら、私はつまらない肩書をもったものだわ」
クロヴィスが言うことは正しい。チェスター家の血をひき、現王の唯一の子であるアリシアは、この国の誰とも立場が対等にはなり得ない。仮にいるとすれば、未来にアリシアの夫となるものくらいであろう。
ただの女の子としては生きられない。アリシアという人格の前に、生まれた時から背負った肩書の方が先にでてきてしまう。そのことを、これほどまで強く実感したことがあっただろうか。
肩を落とす主人を、クロヴィスは逆の考えで評価していた。
アリシアという王女は、高い身分にありながらどんな相手とも対等に接し、意見を汲もうとする稀有な王女だ。だが、それは彼女に王女の自覚がないという意味ではない。
むしろ、今回のエドモンドへの申し出も、上に立つものとして何か報いてやりたいという責任感ゆえに出たものだ。それは美徳になりこそすれ、恥じるような心構えでは決してない。
「つまらない肩書、本当にそうでしょうか」
身を乗り出して、クロヴィスは幼き主人に語りかけた。
「アリシア様のお立場があればこそ、彼らのためにしてやれることがございます」
「それは、何?」
しょんぼりと気落ちしつつも、王女は素直に空色の瞳を補佐官へ向けた。それに微笑み返してから、クロヴィスは形のよい唇を開いた。
「あなたが、まさに取り組んでいること。この国の未来を、救うということです」




