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5-8



 アリシアたちの前にやってきたのは、鬼ごっこには参加してなかった子たちだ。その中で代表して、一番年上と思われるアリシアと同い年くらいの子が進み出て、クロヴィスを見上げた。


「クロさん、さっきのお話しの続き、聞きたい」


「私の話ですか?」


 子供たちのご指名をうけて、クロヴィスがびっくりしたように切れ長の目を開いた。ちなみに、エドモンドが彼のことを“クロ”と呼ぶのが、子供たちにもうつっていた。


 さきほど、アリシアとエドモンドが芝生を駆け回っている間、クロヴィスは鬼ごっこに参加しなかった子供たちを相手に、知っている物語や隣国で見聞きした珍しい物事を聞かせてやっていたらしい。


 とはいえ、まさか子供たちが自分になつくとは思っていなかったのだろう。戸惑うクロヴィスの背を、アリシアは軽く小突いた。


「いってらっしゃいな、お兄さま。ほら、みんな待っているわ」


「……そうですね。それでは、少し失礼を」


 そういって立ち上がったクロヴィスは、子供たちに手を引かれて、輪になって座る集団の中へと連れていかれた。よく見ると、鬼ごっこに参加していたメンバーも加わっているようだ。


 この国にはめずらしい、ぽかぽかと温かな日差しの下で、嬉しそうに子供たちがクロヴィスを囲む。その真ん中で、子供たちに微笑みかける彼の横顔はとても優しく、ほんの少しだけアリシアの胸は寂しさに痛んだ。


 寂しい?


 再び、アリシアは浮かんだ感情に戸惑いを覚えた。自分の補佐官が、町の子供たちと打ち解けているのだ。喜ばしく思うならわかるが、寂しいとはどういうことだ。


「アリス。な、アリスってば」


 胸元をおさえて考え込んでいたアリシアは、隣から呼ばれる偽名の方に、はっとわれに返った。どうやら、エドモンドに何度か呼びかけられていたらしい。


「ごめん、エド。どうかした?」


「しっ! クロに聞こえちまうだろ」


 人差し指をたてるエドモンドに、アリシアはぱちくりと瞬きをした。だが、ちらちらとクロヴィスの様子をうかがう彼の表情は、真剣そのものだ。うなずいてから、補佐官には気づかれないように、アリシアはエドモンドに耳を近づけた。


「これで大丈夫?」


「ああ。こっから先は、クロに言うなよ」


 さらに念を押してから、エドモンドは声を潜めた。


「お前、クロのこと、好きか?」


「は、はぁ!?!?!?」


「おま! ばか!!」


 突然の爆弾におもわず叫び声をあげたアリシアの口を、あわててエドモンドがふさぐ。


 どうやら、クロヴィスの耳にもアリシアの奇声が聞こえたらしい。その美しい顔が二人のほうに向きかけたが、彼を囲む子供たちに話の続きをうながされ、ちらりとこちらを見ただけでベンチに戻ってくることはなかった。


 アリシアとエドモンドは同時にほっと肩の力を抜き、それから顔を寄せ合って、ひそひそと小言を交わした。


「ばかか、お前! クロにばれたらどーすんだよ」


「だって、エドが急に変なこというから!」


「知るかよ! で、兄貴のことどう思ってんだよ?」


(あにき?)


 アリシアはそこではじめて、自分の思い違いを知った。エドモンドが聞いているのは、“兄として”クロヴィスをどう思っているかだ。


(ああ、びっくりした……)


 どっと疲れてため息をつくアリシアに、エドモンドが変な顔をする。とはいえ、仮にエドモンドの言葉の意味がアリシアの勘違いした通りの内容だったとしても、彼女がそこまで動揺を見せる必要はないのだが、幼い王女はそこには考えが及ばなかった。


 さて、どう答えたものか。こうして一緒に出掛けているのだから、妹アリスという架空の人物は兄と仲がよいに違いない。そう考えをまとめているとき、ふと、クロヴィスの背中をアリシアは見つめた。


「好きよ。決まっているじゃない」


 教会の子供たちに囲まれる補佐官をみつめたまま、アリシアは小さく笑った。


 前世からの奇妙な縁でつながった相手だが、自分ではまったく予想ができなかったほどに、その存在はアリシアの中で大きくなっている。


 今日だって、あんなに城下に住む民を恐れていたのに、こんなにも素晴らしい人たちと知り合うことができた。全部、クロヴィスがアリシアの手を引いてくれたからできたことだ。


「クロ……お兄さまは、私が兄を救ったというけど、救われているのは私の方。だから何か感謝を伝えたいのに、あの人は何もいらないという。困ったものだわ」


 何か願うことはないかと問えば、側にいたいだなんて、ピントのずれた答えしか返ってこない。彼にそばにいて欲しいと願うのは、アリシアとて同じだというのに。


 悩むアリシアをよそに、なぜかエドモンドは今までで一番うれしそうに顔をほころばせた。


「そっか。そうか……。よかった」


 何度もうなずいてから、エドモンドはうんと体を伸ばしてから、ベンチの遠くへと足を投げ出した。腕によりかかるようにして空を見上げながら、エドモンドがぽつぽつと語り始めたのは、アリシアが知らない昔のクロヴィスのことだった。




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