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「お前、クロか! クロじゃねーか!ひさしぶりだな!」
少年は目を輝かせると、もういちどクロヴィスのことを「クロ」と呼んで、補佐官のもとへと駆け寄った。
年は、アリシアより一つか二つ上ぐらいか。ところどころ汚れたシャツとズボンを履いて、ちょっぴり大き目の帽子をかぶっているため、貴族の子供というわけではなさそうだ。
にも関わらず、クロヴィスの方も少年のことを知っているらしい。
「エドか!随分と大きくなったな。だけど、なぜ君がここに?」
「なんでも何も、ここは俺んちが出している出店だよ」
「ああ。道理で出している商品の作風が、君の父のものに似ていると思った」
「あのー……?」
置いてきぼりを食らったアリシアが控えめに声をあげると、二人の顔が同時にアリシアを見た。すると、その時はじめてアリシアの存在に気が付いたらしい少年が、目を丸くしてクロヴィスとアリシアとを交互に見つめた。
「なぁ、クロ。この子、だれだ?」
「………妹だ」
「妹!?!?! 」
さすがに知り合いに嘘をつくことは気がひけたのか、微妙な顔でクロヴィスが答える。だが、なぜかエドと呼ばれた少年は、ぎょっとしたように目をむいた。
続いて、少年がぐりんと勢いよく顔を向けてきたので、アリシアはびくりと体を硬直させた。何が何だかわからないうちに、少年はアリシアの目の前にたち、ごしごしとズボンでぬぐってから手を突き出してきた。
「俺はエドモンド。ガラス細工職人の息子だ」
「アリスよ」
状況がつかめないアリシアは、短く答えながらエドモンドの手を取った。一体なんだというのだろう。
だが、王女の戸惑いをよそに、エドモンドの方はじーっと穴が開くほどアリシアを見つめたのち、にかっと大きく笑った。
「なんだよ。水臭いな、クロ! 一緒にでかけてくれるような妹がいるんなら、もっと早くつれてこいよ!」
「あ、ああ」
エドモンドはにやにや笑いながら肘でクロヴィスをつついているし、補佐官の方はというと、困ったように頬を指で掻いている。
いよいよもって、二人の関係がわからない。
と、主人の愛らしい眉が八の字になってしまっていることに、クロヴィスが気づいた。アリシアと、同様に置いてきぼりをくらっているおかみさんとに、慌てて説明してくれる。
「学生のころ、よく一人でこのあたりを歩いていたのですが、彼とはその時に知り合いになったのです。まさか、こちらの店のご子息だったとは……」
「母さんに言ったことあるだろ? 貴族のぼんぼんのくせに、庶民みたいにふらふら散歩している変わり者がいるって」
「ああ! それが、この人だったのかい!」
つまり、クロヴィスが王立学院に通っていたころから、二人は知り合いらしい。その後、クロヴィスはエアルダールへの使節団に参加したから、実に2年ぶりの再会ということだ。
おかみさんから、クロヴィスが妹に市場をみせるためにきたこと、店のアクセサリーを買ったことを聞くと、エドモンドは自身の胸をどんと叩いた。
「オーケー。もう市場は十分だろ? せっかくだから、このあたりを俺が案内してやるよ。どうせ、貴族のぼんぼんはお高い気取った店に行くばっかりで、うまい店もナイスな穴場もしらねーからな」
「俺は、むかし君にいろいろと教わったと思うがな」
「まだまだ甘いんだよ。いいから、町のことは素直に町人に聞きな!」
ぐっと親指をたてて、さっさと歩き始めたエドモンドに、アリシアはどうしたものかと補佐官を見上げる。すると、クロヴィスは苦笑をしつつも、彼についていこうと目で答えた。
事実、エドモンドはエグディエルの町に深く通じていた。
ガラス細工の工房で、繊細な職人技を間近にみせてもらったり。
町人一押しの大衆食堂につれていってもらったり。
エラム川のほとりで楽器を練習していた演者と、一緒に歌って踊ったり。
「相変わらず、エドの顔の広さには驚かされるな」
「な、俺がついてきてよかったろ?」
クロヴィスでさえ感心した様子をみせて、エドモンドは得意げに鼻の下をこする。そんな彼に、アリシアも声を弾ませて礼をいった。
「すごいわ、エドモンド! この町のみんなと友達みたいね!」
「お、おお。まあ、親父につれられて、あっちこっち顔を出しているからな」
女の子に手放しでほめられて、照れくさかったのかもしれない。ほんの少し顔をあかくしてそっぽを向きつつ、エドモンドは満更でもなさそうに言った。
なお、アリシアたちが今いるのは、町のはずれにある小さな教会だ。ここでは身寄りのない子供たちを預かっており、彼らが大人になったときの職のあっせん先に職人工房がよく選ばれるため、エドモンドの家も深いつながりがあるという。
「さすがに、疲れたのではないか?」
ベンチの隣に腰かけるクロヴィスが、心配そうに眉を下げてアリシアを覗き込んだ。従者がそういうのは、ついさっきまで目の前に広がる芝生で、教会の子供たちと全力の鬼ごっこを繰り広げていたからだ。
日頃、城内を舞台に女官やら侍女を相手に逃げ回っているかいあって、アリシアの活躍はすさまじかった。
それはもう、はじめのころは「かわいい! おひめさまみたい!」ときゃあきゃあアリシアに群がっていた子供たちが、しまいには走る小さな体をみただけで、悲鳴をあげて逃げ出すほどであった。
「大丈夫。むしろ、こんなに大人数で遊んだことなかったから、すっごく楽しかったわ」
きらきらと空色の瞳を輝かせて答えれば、黒き補佐官はほっとしたように表情を緩める。エドモンドのほうは逆に、呆れたように口をへの字にした。
「おれ、お前のせいで貴族のイメージ崩れたぞ……。なんで、お嬢さまが俺よりも体力おばけなんだよ……」
「そのへんは、日頃の鍛錬のたまものよ」
フーリエ女官長がさっきまでの鬼ごっこをみたら、それこそ目をまわして卒倒してしまうのだろうな。そんなことを考えていたら、ベンチに並んで座る三人のまえに、教会の子供たちがやってきた。




