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5-2



 むこう5年は、エアルダールの方から戦争をしかけてくる心配はない。


 それを聞いて、アリシアはほっと胸をなでおろした。なんせ、前世の記憶から得た情報だけでは、いつ、どれほどの期間、エアルダールと戦争をしていたのかさっぱりわからなかったのだ。


(……クロヴィスに、前世のことを打ち明けてよかった)


 アリシアだけであったなら、こんな短期間では出せなかった判断だ。


 とはいえ、5年をすぎた先の未来では、何があるかわからない。自分が何歳で死んだのかは不明だが、記憶の中の自分やクロヴィスの姿から推察するに、最大でも15年ほどしか猶予はなさそうだ。


「なにか、戦争の火種となりそうなことはあった?」


「残念ながら、そちらは」


 ジェームズ王の返答もふまえ、あまり期待せずにした質問だったが、優秀な補佐官でもそれを見つけることはできなかったらしい。形のよい眉をわずかにしかめて、クロヴィスは続けた。


「政治、外交の類で、両国の間に目立った問題はありません。現状から、予測を立てるのは不可能です」


「やっぱりね」


 口元に手をあてて、アリシアはしばしの間、考え込んだ。明確な戦争のきっかけが見当たらない以上、万が一に戦争が起きたときを想定して備えなければならない。幸い、5年の猶予があることは確定なのだから、その分の時間は稼げる。


「エアルダールに怪しまれない程度に、戦争に備えておきたいわ。何ができるかしら?」


「食料の備蓄や武器の補充、国境防御力の強化。ちょうどロバート・フォンベルトが、隣国を参考にした国防強化案をまとめて提出しています。それを実行にうつすよう、補佐室で働きかけましょう」


「おねがい。お父様はもちろんだけども、戦争によって、たくさんの民が血をながしたり、飢えてしまったりするのはごめんだもの」


「御意」


 恭しく述べてから、ふと、クロヴィスは秀麗な顔に微笑みをうかべた。


「やはり、あなたには生まれつき、上に立つものとしての器が備わっているようです」


「どうして、そんなことを思ったの?」


 唐突な発言に、ぱちくりと目を瞬かせて、アリシアはとんきょうな声を上げた。自由にふるまって女官長にしかられたことは星の数ほどあれど、そんな風に褒められたことは一度もない。そう戸惑うアリシアに、補佐官は優しい目を向けた。


「侍女たちへの振る舞いや、私への態度でわかります。あなたは、守るべき臣下や民が傷つくのを放っておけない人だ。そうして王女という立場を自覚しつつも、臣下に対等であろうとし、その意見を汲もうとする。やろうとして、出来ることではありません」


「あ、ありがとう」


 大真面目な顔で一回りも二回りも過大に評価してくれる補佐官に、アリシアはむずがゆさを覚えながら小声で礼をいった。ちらりと前を見ると、世にも類まれなる美貌の顔いっぱいに“敬愛”とやらを載せて、きらきらと補佐官が微笑んでいる。


「……あのね、クロヴィス。あなたは私をやたらとほめてくれるけれど、私はそこまで大した王女じゃないの。たまたま前世の記憶のせいで、ちょっとばかし未来に興味がふかいだけ」


 前世の記憶をとりもどす前のアリシアだったら、国の行く末をみすえて何かをしようだなんて考えなかったし、式典に参加もしないからクロヴィスを補佐官に指名することもなかった。


 それを告げてもクロヴィスは、ゆっくりと首を振った。


「重要なのは与えられたきっかけに対して、何を考え、何を為すかです。少なくとも私はあなたの本心を知り、ますますアリシア様が主君でよかったと思っております」


 顔が熱くなるのを感じて、アリシアはあわてて顔をそむけた。熱っぽく忠誠の言葉をつげるクロヴィスは、さきほどからとんでもなく色気を漂わせている。内容に突っ込みを入れたいところだが、それを忘れてしまうほどにこちらが照れてしまう。


「そ、それに、言ったでしょ。私は城の外が、自国の民がこわい。そんな人間が、上にたつにふさわしいなんて言えないわ」


「そのことについてですが、提案がございます」


 そこはかとなく嫌な予感がして、アリシアはじっとりと補佐官を見つめた。


「あなたの口から、何が飛び出すか不安だわ」


「大それたことではございません。私が申し上げるのは、一つだけ。アリシア様、ぜひとも城下に参られませ。自国の民を、その目で確かめるのです」


「やっぱり、言うと思った!」


 ささっと立ち上がると、アリシアは素早くソファの後ろに身を隠した。顔だけ半分のぞかせて、にこやかに微笑む補佐官をうらめしく見上げる。


「この間の、星霜の間での取り乱し方をみたでしょう!? あの時とおなじように、町中でパニックを起こすかもしれないわ」


「もちろん、私もお伴いたします。アリシア様の身に危険がないよう、全力でお守りさせていただきます」


「そこではないわ。ね、クロヴィス。そこじゃないのよ」


「実は私、学院では剣の腕もたつ方でして」


「話を聞きなさいってば!」


 結局、クロヴィスに押し切られるようにして、アリシアは城の外に視察にでる約束をしてしまった。


 げんなりと肩を落としつつ、王女の頭に浮かぶのはある疑問である。果たして、あの鉄仮面ことフーリエ女官長は、王女が城の外にでることを良しとするだろうかと……。



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