コミカライズ5巻発売記念SS「突撃★リリララ探検隊!④」
ラスト!
フリッツがエリザベスの執務室に来たのは、本当に、双子の妹たちを探しにきただけだったらしい。役目を終えて早々に部屋を後にする皇子を、シャーロットは扉を出てすぐのところで呼び止めた。
「フリッツ様!」
「……君か」
振り返ったフリッツが、澄んだ緑の目を微かに瞠る。立ち止まった彼は、シャーロットを見下ろして首を傾げた。
「なんだろう。何か、私に用だったかな」
「っ、いえ。そういうわけではないのですが」
改めて問われて、シャーロットは慌てた。フリッツにどうしても用があったわけではない。強いて言うならば、今日様々な人に問いかけたのと同じ質問をフリッツにしたら、一体どんな答えが返ってくるか気になっただけだ。
(私ったら、何をしてるの。フリッツ様は、私なんかが気軽にお声がけして良い方ではないのに……)
考えなしに声を掛けてしまった自分を、シャーロットは恥じた。今までずっと、双子の姫と一緒に城内を巡っていたせいだろうか。まるで昔に戻ったように、かつて『友人』だったフリッツを追いかけてしまった。
素直に謝って、このまま失礼させていただこうか。そんな風に悩んだ時、意外にもフリッツが口を開いた。
「城の皆から、小耳に挟んだ。妹たちは今日、我が国の好ましいところと皆に聞いて回っていたそうだね」
「っ、は、はい!」
「君は、なんて答えたんだ?」
「……え?」
一瞬、シャーロットは耳を疑った。
けれども間違いなく、フリッツはシャーロットの答えを求めて、整った相貌でじっとこちらを見下ろしている。
吸い込まれそうな緑の瞳に見つめられて、シャーロットは鼓動が早くなるのを感じた。
(私が、エアルダールの好きなところ?)
瞬きで誤魔化し、慌ててシャーロットは考える。そういえば、双子の姫には出会い頭に誘拐されたので、シャーロット自身は答えを言うことがないまま、あちこちを巡ったのだった。
どうしよう。改めて自分が問われると、ものすごく答えを見つけるのが難しい。
しばらくうんうんと悩んだシャーロットだったが、やがてぽんと手を打った。
「わかりました。いま、私が幸せだと思えるところです」
「ん?」
不思議そうに、フリッツが首を傾げる。それで、シャーロットは身振り手振りを交え、一生懸命に説明した。
「その……うまく言葉にできないのですが。私は幼い頃、孤児院にいました。だから、親を亡くして寂しい思いをしている子をたくさん知っていますし、私自身がそうでした」
当然、悲しい思い出もたくさんある。だけど、シャーロットの人生はそれだけじゃない。
孤児院でたくさんの「家族」と支えあった。ユグドラシルと出会い、世界が広がった。新しい家族に、ベアトリクス。バーナバスや、リリアンナ姫とローレンシア姫。ちょっぴり恐れ多いが、フリッツも。たくさんの人と出会うことが出来た。
「いまは大切なひとがたくさんいて、そのひとたちが笑顔で暮らしている。そのひとたちと一緒に、私も幸せを感じていられる。だから私は、この国が大好きです」
柔らかな髪を揺らして、シャーロットは夏に咲く大輪の花のような笑みを咲かせた。
けれども、次の瞬間、シャーロットは「おや?」と思った。聞いていたフリッツが、きょとんと瞬きをしていたからだ。なぜだろうかと考えて、シャーロットは自分の根本的な間違いに気が付いた。
「あ! 今の答えだと、私がこの国を大好きな宣言をしただけで……。大事なのは皆さんが笑顔で暮らせている理由の方で、ええと、つまり……?」
だんだんと頭がこんがらがってきて、シャーロットは頭を抱えた。はやく。はやく、フリッツに答えなければならないのに。
だが、焦るシャーロットの耳に、小さく吹き出す声が聞こえた。
「――失礼。いい答えだと思ってね」
口元に手を当てたまま、フリッツがくすりと微笑む。それはなぜか、どこか作り物めいた普段の笑みとは違って見えて、シャーロットは思わず目を奪われてしまった。
(フリッツ様……?)
「君の答え、しかと胸に受け止めたよ。――君がそんな風に考えるこの国を、第一皇子として守らなくてはね」
「あ……」
フリッツ様と。呼び止める間もなく、彼は今度こそ歩き去って行ってしまった。
いまのはどういう意味だったのだろう。
なぜフリッツは、わざわざあんなことを。
(国民Aの願いの一例として、覚えておいてくださるという意味かしら?)
そのように首をひねったとき、執務室の扉が中から開いた。
「シャーロット。どうしたの? はやく中に戻ってらっしゃい?」
「ベアトリクス様?? え? お茶会は終了したのでは……?」
顔を覗かせたベアトリクスに、シャーロットはびっくりして問う。リリララ探検隊を出迎えるという目的は達成したのだから、これ以上ベアトリクスがエリザベス帝の執務室に留まる理由はなくなったはずだ。
けれども予想に反して、ベアトリクスはにこりと手を合わせた。
「とんでもないわ。ひさしぶりに、陛下とゆっくりお話しできるいい機会ですもの」
「ええ!?」
「来い、シャーロット。余と伯母上だけでは、菓子をすべて片付けられない」
エリザベス帝にまで声を掛けられ、シャーロットはお暇するタイミングを完全に逸してしまった。
(ベアトリクス様はともかく、エリザベス様と三人で……?)
とんでもなく光栄だ。光栄だけれども、とんでもなく緊張もする。
――けれども迷ったところで逃げ道はない。シャーロットは覚悟を固めて、微笑んだ。
「――はい、喜んで!」
家に帰ったら、父と母、そして兄たちにうんと褒めてもらおう。
そんなことを思いながら、シャーロットは皇帝の執務室に再び足を踏み入れたのだった。
青薔薇姫のコミカライズ5巻、6月7日(火)に発売いたしました!
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