コミカライズ5巻発売記念SS「突撃★リリララ探検隊!②」
次にリリララ探検隊が突撃したのは、なんとこの国の宰相だった。
「我が国のいいところ、ですか?」
シャーロットの養父にしてエアルダールの宰相、エリック・ユグドラシルが、ぱちくり瞬きをしながら答える。
ちなみに彼らがいるのは、多くの文官が集まるエアルダールの政務室。つまり、この国の政治の中枢なわけだが、恐れを知らないリリララ探検隊は迷うことなく中に突入したのだ。
なぜ双子の姫が、いきなり政務室に?
疑問を顔に浮かべる文官たちの視線に耐えかねて、シャーロットはバーナバスたちの時と同じ風に、父にだけひそひそと事情を伝える。
「申し訳ありません、お父様。隣国からいらっしゃるアリシア様をおもてなしするための準備だと、お二人とも張り切っていらっしゃって……」
「大方、そんなところだと思ったよ」
理知的な光を帯びた目を僅かに細めて、ユグドラシル宰相は苦笑をする。元気に扉をあけ放つ双子の姫と、その後ろを慌てて追いかける娘の姿を見てすぐに、大体のところを察していたらしい。
「それで、それで?」
「エリックは、エアルダールのどんなところが好き?」
ふたりだけで内緒話をしているのが気にいらなかったのか、少しばかり頬を膨らませてリリアンナ姫とローレンシア姫が急かす。それに、切れ者の宰相は珍しく困ったように眉尻を下げた。
「そうですね。我が国の好きなところ、ですか……」
(お父様は、なんと答えるかしら)
一緒に答えを待ちながら、シャーロットは実はワクワクとしていた。
あの皇帝エリザベスの右腕であり、他の大臣や文官からも人望が高い、宰相ユグドラシル。そんな父が、どんなふうにエアルダールを見ているのか、シャーロット自身も興味があったのだ。
けれども、しばし考え込んだ父は、傍らにいた文官らに問いかけた。
「お前たちはどうだ。諸国の客人に我が国を紹介するなら、どんなところを伝えたい?」
「え?」
「私たちですか?」
まさか自分たちに振られるとは思っていなかったのだろう。驚きつつも、文官たちは真剣に考えてくれる。
「自分は月並みですが、街並みが綺麗で清潔なところでしょうか」
「私は教育の豊かさですね。おかげで私のような者でも、ユグドラシル様の下に引き立てていただけましたし」
「ええと、私は……。美味しいものを腹いっぱい食べられるところ、とかどうでしょう」
「なんだそれ」
「お前、食いしん坊だもんな」
ひとりの文官の答えに、他の文官が愉快そうにからかう。けれども答えた文官は、頭の後ろをかきながら照れくさそうに続けた。
「ほら。私たちが小さい頃って、結構我慢しなければならないこと多かったじゃないですか。食べ物は高騰していたし、そもそもこんなに美味しいもので溢れていなかったし。けど、いまはみんながお腹いっぱい、色んなものを食べられる。それって、ものすごく幸せなことだと思うんですよね」
「そう、ですね」
深く共感するところがあって、シャーロットは少しだけ幼い頃のことを思い出してしまった。ユグドラシルに引き取られる前の、まだゴールトン孤児院にいた頃の記憶。
大人たちに聞くと、当時はすでに一番ひどいときは脱していたらしい。それでも街には、満足に食事をとれずにやせ細った人々が溢れていた。
(あんな光景も、随分前から見なくなったっけ)
それこそ、傷ついたエアルダールが回復した証。そんな気がして、シャーロットはそっと胸に手を当てた。お腹を空かせて泣く子供や、家族を亡くして悲しむ子供。そんなひとが、ひとりでも減ればいい。そんなことを願いながら。
その時、文官のひとりが、満面の笑顔でユグドラシルを振り返った。
「そんな風に私たちが我が国を誇れるのは、すべてエリザベス陛下の――そして、その右腕であるユグドラシル様のおかげですね」
「――え?」
「そうですよ! 陛下とユグドラシル様が、この国を変えてくださったのですから」
「お二人がいる限り、エアルダールの繁栄は間違いありませんね!」
シャーロットは首を傾げた。ユグドラシルが返事に窮したような――少しだけ複雑そうな表情をのぞかせた気がしたからだ。
けれども、それはほんの一瞬のこと。シャーロットが瞬きを終えたとき、既に父はいつものように、穏やかで優しげな笑みを浮かべていた。
「そのように他人事ではだめですよ。陛下の改革を支えるのは私ひとりではありません。お前たちひとりひとりが役目を果たしてこそ、改革はなされるのだから」
「もちろんです!」
「我々も、ぼんやりとしていられませんね」
「ええ。これからも一層、頼りにしていますよ」
にこりと微笑んだユグドラシルに、文官たちが「はい!」と声を合わせる。
返事に満足したリリララ探検隊とシャーロットは、手を振るユグドラシルや文官たちに見送られながら、政務室を後にする。
次の場所に向かいながら、シャーロットはふと、「そういえば、お父様の答えを聞きそびれちゃいました」と頭の片すみで思った。