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コミカライズ4巻発売記念SS①「社交界の貴公子」


 現ハイルランド王国の国王ジェームズ。その生誕を祝うパーティが、煌びやかにエグディエルに城で執り行われている。


 各国の王族、貴族が集う大ホールは、着飾った人々で目を奪われるほどの華やかさだ。


 その中の一角。ひときわ熱烈な視線が飛び交う渦中に、彼はいた。


「美しいお嬢さん(マイ・レディ)! 今宵、私たちの出会いを導いたのは、きっと悪戯な妖精のおかげだね。私の心はすっかり君の虜さ!」


「まあ、お上手っ」


 きゃあと黄色い声をあげる小国の姫君に、ぱちりと華麗にウィンクをきめる美青年がひとり。オルストレの第二王子、ナヴェルだ。


 ちなみに若い男性の出席者のほとんどはハイルランド王女アリシア姫狙いだが、女性陣からの一番人気は断トツでこのナヴェル王子。甘く整ったルックスと、女性心をくすぐる情熱的なセリフの数々で、社交界に引っ張りだこな貴公子である。


 頬を染めてきゃっきゃと喜ぶ姫君の手を取り、ナヴェルは軽やかに口付けを落とした。


「さようなら、マイ・フェアレディ。次に会うときは、私はもっと素敵な男になって、君に夢のような時間を送ると約束するよ。だからどうか、私を忘れないでおくれ」


「チャオ!」と。お決まりの挨拶とともに、ナヴェルは軽やかに姫君のもとを去る。目にハートを浮かべて見送る彼女に、投げキッスのフォローを入れるのも怠らない。


 そうして彼は、水を得た魚のようにご令嬢の間を渡り歩いた。


 ――それからほどなく経った頃。一度休憩を挟もうかと壁際に寄ったところで、ひとりの男がすっとナヴェルに近づいた。


 そちらには目を向けず、手に掲げる細長いグラスを眺めたまま、ナヴェルは問いかけた。


「何か収穫は?」


「エアルダール外相夫人、ベアトリクス・クラウン夫人が、アリシア王女殿下と補佐官クロヴィス・クロムウェル氏と接触しました。おそらく、エアルダールにアリシア姫を招いたものと思われます」


「……ふーん。やっぱりあちらさん(エリザベス帝)も、ハイルランドの取り込みにかかってくるか」


 さして驚いた様子もみせず、ナヴェルは微笑む。それから、社交界向きの甘いマスクに明るい表情を浮かべて、ようやく男に視線を合わせた。


「今夜もいい働きだね、ユージーン! 君と私は、やはりゴールデンコンビだ!」


「俺にはその歯の浮く言い回しをやめてください。ぞわぞわして肌が粟立ちます」


「今日も手厳しい!」と。言葉とは裏腹にナヴェルは嬉しそうだ。


 そんな彼に、モノクルの奥から冷めた視線を送る男性。彼こそはナヴェルの側近でありお目付け役、ユージーンである。


「それで? 殿下の方は、何か収穫は?」


「ユージーンほどの大ネタは釣れていないよ。ただ、麗しい乙女たちの話を総合すれば、やはり対エアルダール包囲網に積極的なのはリーンズスと我が国だけ。海向こうの国々は、完全に様子見だ。もっとも、兵を増強する様子もなさそうなのは、ある意味僥倖かもね」


「おや。しっかり仕事をなさっているではありませんか」


「もちろん! 社交界での情報収集は、諜報戦における要さ。そこを戦い抜く力だけは、私が兄上にも誰にも負けない、我が国に捧げうる武器だからね」


 得意げに片目を瞑る王子に、ユージーンも表情を緩める。


 言わずもがな、ナヴェル王子の諜報力には目を瞠るものがある。リーンズスの姫君とオルストレの第一王子の婚約がなされたのも、裏でナヴェルが色々と手を回したおかげである。


 本当にこの方は、仮面を被るのが上手い。社交界の人気者を演じる一方で、仮面の下ではひどく冷静に時流を見極めている。


 そのように誇らしく思いつつ、ユージーンは気になっていたことを訊ねた。


「ところで、もう一つのお役目は、つつがなく果たせそうですか?」


「もう一つ?」


「アリシア姫ですよ。対エアルダール包囲網の完成のため、ハイルランドのアリシア姫と婚姻を結ぶ。それが、国王陛下からあなたに出された指令だったでしょう?」


「……あー」


 途端に苦笑して目を泳がせたナヴェルに、ユージーンはおやと首を傾げた。


 エアルダールに本気で対抗するなら、ハイルランドの取込みは欠かせない。ロマンチストな言動に反して冷徹なまでにリアリストなナヴェルが、それを理解していないわけがないのに。


 ややあってナヴェルは、あっけらかんと肩を竦めた。


「ごめん。たぶん、そっちは不発だ」


「は? 何をそんな、あっさりと」


「だって仕方ないよ。彼女の心に、私の言葉は届かないさ」


 いっそ清々しいまでに笑うナヴェルに、ユージーンは形の良い眉をひそめた。


「……珍しいですね。女性のお相手は、むしろあなたの十八番でしょう」


「ふふ。私も、そう自信を持っていたんだけどね」


 手元のグラスをくるりと回して、ナヴェルは目を伏せた。


 ――ナヴェルとて、今日この場でアリシアに会うまで、彼女を本気で口説き落とすつもりだった。


 そもそもアリシアは、ナヴェルにとっても好ましい相手だった。冷静に情勢を見極める聡さも、王族としての責任感も、彼女の本質である優しい誠実さも。


 損得や裏勘定と関係なく、アリシアと過ごす時間は刺激的で楽しい。彼女と一緒に、いろんな世界を見てみたくなる。


 だからアリシア姫を口説き落とせというのは、ナヴェルにとって願ってもない指令だったわけだけど。


(あれだけの情熱を、見せつけられてしまうとね)


 くすりと笑って、ナヴェルは瞼を閉じる。


 瞼の裏に浮かぶのは、手を取り一緒にダンスをした時のアリシア。彼女は彼女なりに、ナヴェルを利用して情報交換を持ちかけてきた。そんなところも好ましいと思った。


 けれどもふとした時――たとえばナヴェルが、熱い愛の言葉を囁いた時。アリシアは慣れた調子であしらいつつ、ふと、誰かを探すように人々に視線を向けた。


 ――彼女の青空のように澄んだ瞳が、誰を求めていたのかはわからない。けれどもその瞳に宿る熱が、寂しそうな横顔が、アリシアの心がとっくに他の誰かのものであることを、はっきりナヴェルに悟らせた。


「しかし、よろしいのですか? 陛下や兄君にはなんとご報告を?」


「その辺はうまくやるから問題ないさ。プランAがダメならプランB。それもダメならプランC。策士を自負するなら、それくらい柔軟にいかないとね」


「しかし、あなたの勘がどうであれ、現状アリシア王女は誰とも婚約していません。なにも、こんなに早々に白旗をあげて諦めなくとも……」


「いーや。この件は、ここで打ち止めだ。私は恋する乙女に横恋慕するほど、野暮な男じゃないよ」


「……なるほど」


 少し意外そうに瞬きしてから、ユージーンは微笑んだ。


「あなたは俺が思うよりずっと、アリシア王女を気に入っていたのですね」


 言われて、きょとんとナヴェルは目を丸くした。


 ――果たしてそうなのだろうか。一瞬真面目に考えかけて、ナヴェルは笑った。


 たとえそうだとしても、オルストレの第二王子としての返答は決まっている。フェミニストなロマンチスト。社交界で人気を馳せる彼が口にすべき、パーフェクトな答えは。


「いいや、違うよ」


 明るい金髪をさらりと揺らし、腰に手を当てて格好をつける。それからお決まりのウィンクを飛ばし、ナヴェルは白い歯を見せて微笑んだ。


「私はただ、すべての麗しき乙女の味方というだけさ!」


 


2021/12/7 青薔薇姫コミカライズ4巻が発売いたしました!いつも応援くださる皆さま、本当にありがとうございます!!

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