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【書籍化&コミカライズ】青薔薇姫のやりなおし革命記  作者: 枢 呂紅
番外編

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143/155

コミカライズ1巻発売記念SS 逸る想いと、幸せな時間




 王室補佐室の筆頭補佐官、ナイゼル・オットー。その机に、いくつかの書類の束が丁寧に差し出された。


「ナイゼル様。ハーバー侯爵領の過去2年の税収、こちらにまとめています」


「モーリス侯爵領のこの春の大雨の記録はこちらに」


「地方院より新たな嘆願書が。こちらを補足資料としてご利用ください」


「助かるよ、クロヴィス。ありがとう」


 柔らかく微笑んだオットー補佐官に、クロヴィスは恭しく一礼。麗しき新人の補佐官が席に戻る傍ら、一連を眺めていた先輩たちは感心して溜息をついた。


「すごいな、クロヴィスの奴」


「一体、ひとりで何人分働いているんだ」


「ていうか、ナイゼル様も仕事しすぎだろ。まあ、クロヴィスがものすごい勢いで雑件を処理しているおかげで、ナイゼル様も手間が省けているんだろうけど」


 そんな風に先輩たちが半分感服、半分呆れる中、クロヴィスは与えられた席に戻る。補佐室が抱えている急ぎの案件は、あらかた手を回せた。あとは、二か月後に控える式典に向けて昨年の資料を確認するのと、それから……。


 そこまで考えたとき、クロヴィスはふと、床に差す影が長いことに気づいた。はっとして顔を上げれば、空はいつの間にか茜色。彼は慌てて、がたりと立ち上がった。


「すみません、ナイゼル様!」


「本当だ。もうこんな時間なのだな」


 窓の外を一瞥してオットー補佐官は微笑む。それからわずかに焦りをのぞかせるクロヴィスに、優しく頷いた。


「行っておいで。主人をあまり、待たせるものじゃない」


「ありがとうございます」


 一礼をして、クロヴィスは身をひるがえす。いそいそと補佐室を出ていく背中を見送りながら、先輩たちは伸びをしたり、肩を回したりした。


「そうか。あいつは、アリシア様に夕方の報告があるんだったな」


「いいよなあ。アリシア様とお茶飲んでお話しするんだろ? 楽しそうだよなあ」


「俺も一日一回、アリシア様と話して癒されたいぜ」


「まあ、けど」


 ひとりの補佐官が、悪戯っぽく笑った。


「ほんと、嬉しそうに報告に行くよな、あいつってさ」






 噂をされているとはつゆ知らず、クロヴィスは足早に廊下を歩いていた。


 逸る気持ちは、いつもより補佐室を出るのが遅くなってしまったから――だけではない。


〝お疲れさま! また明日ね〟


 別れ際の彼女の声が、耳に蘇る。その声を早く聞きたくて、その笑顔に会いたくて、クロヴィスはいそいそと、彼女の部屋へと向かう。


〝今日はどうだった? 何か面白いことはあった?〟


 彼女が必ず尋ねる問い。それにクロヴィスは、小さく頷く。


 今日は先輩の後について、地方院に足を運んだ。ドレファス長官に会い、肩を勢いよく叩かれた。痛かった。けれども豪胆な人柄は心地よい。そう思える人物だった。


 ナイゼル様は、今日も張り切っておられた。先日のお休みにご息女と出かけられたのが、いいリフレッシュになったそうだ。エラム川のほとりの花々が大層見事で娘が喜んだのだと、顔をほころばせて話されていた。


 それから、先輩の奥方が身ごもったことが分かった。先輩は大層幸せそうで、終始笑み崩れていた。温かな空気が補佐室に流れ、自分も幸せな心地になった。


 それから。


 それから。


 楽しそうに耳を傾ける彼女を想像し、クロヴィスはそっと微笑んだ。


 ここでの日々は充実している。そう思えるのは、彼女が居場所をくれたから。


 だから彼は、精一杯に言葉を紡ぐ。楽しかったこと、興味深かったこと。愉快だったこと、驚いたこと。目の前に広がる鮮やかな日々を描き出し、心の中でこう叫ぶ。


 あなたがくれた世界で、私はとても幸せです、と。


「どうぞ中へ。姫様がお待ちです」


 クロヴィスが戸を叩くと、待ち構えていたように扉が開き、侍女が中へと招き入れてくれる。目に飛び込んでくるのは、ソファに座る小さな背中。ぴょこんと空色の髪が揺れて、彼女は元気よく振り返った。


「こんにちは、クロヴィス。待っていたわ」


 明るい空色の瞳が、きらきらと輝いて自分を見上げる。愛らしい顔いっぱいに笑みを浮かべて、彼女は無邪気に問いかけた。


「座って、座って。それで、今日はいったいどんな一日だったのかしら?」


 予想した通りの流れに、クロヴィスの表情も自然と緩む。


 ――今日という日を、どんな風に伝えよう。どんな風に伝えたら、あなたは笑ってくださるだろう。


 あなたの笑顔がはやく見たくて、私は急いでやってまいりました。


「はい、アリシア様」


 補佐官らしく胸に手を置いて、クロヴィスは恭しく一礼。それから彼は、にこりと美しい笑みを浮かべた。


「今日もたくさん、あなたにお話ししたいことがございます」





 ――彼の幸せな時間は、まだ始まったばかりだ。




2020年6月12日(金)青薔薇姫のやりなおし革命記 コミカライズ版1巻発売です!

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― 新着の感想 ―
[一言] 仕事終わりに、癒しのアリシア…。私も羨ましい…。
[気になる点] >「はい、アリアシア様」 アが1つ多いですよ、クロさん。 “アリシア様”ですよね? [一言] クロさんの小さな幸せですね。 このお話は補佐官になって間もない頃のようですが、結婚した今で…
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