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【書籍化&コミカライズ】青薔薇姫のやりなおし革命記  作者: 枢 呂紅
16.星が巡る

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112/155

16-1



 深いふかい、濃紺の世界。無数の青白い光の筋が流星のように走り、無の世界を切り開く。


〝おいで、アリシア。僕らの契約は結ばれた〟


 声に誘われて進んでいった先に、ふたりの人間が倒れている。ひとりの姿は暗闇の中に紛れ、顔も服装もみることはかなわない。だが、その隣に横たわる人物の顔は、流れる青白い光により闇の中にたびたび浮かび上がる。それは、アリシア自身だ。


 力なく投げだされたふたりの手の間には、木筒が転がっている。その表面に彫られた華奢な茨と小さな薔薇が繊細で、美しい。


〝世界は、未来は変えられる。君という歯車が、歴史を回すんだ〟


 傍観者としてのアリシアは、木筒に手を伸ばす。ふたりの人間が邪魔になって、すぐ近くに見えているのに、なかなか手が届かない。あとすこしで木筒に触れようとした時、誰かの手が先にそれを掴む。




 とっさに上げた視線の先で、クロヴィスと目があった。




 意識がゆっくりと浮上する。手、指、足、それらの感覚を取り戻していく中、アリシアはわずかに顔をしかめてから瞼を開いた。


 そこにあるのは、見慣れた光景だ。天蓋付きベッド、重く垂れさがるカーテン、隙間から差し込む微かな明かり。もうずっと、幼い頃から見てきた朝の景色だ。


(そっか。私、ハイルランドに帰ってきたんだった)


 若干の混乱が残るまま、アリシアはゆっくりと体を起こした。そして頭を軽く振った。


 何だか、大事な夢を見ていた気がする。けれども、目が覚めると同時に夢の景色は遠くへと飛び去り、霧の向こうへと消えてしまった。唯一覚えているのは、夢が前世に関する内容だったということと、クロヴィスが夢に現れたということだけだ。


 クロヴィス・クロムウェル。前世では革命の首謀者として姿を現し、やりなおしの生では最大の味方として、――さらには恋人として、アリシアの側にいてくれる青年。前世に関わる夢に、彼が出てきたのはいつ以来だろう。


 前世でアリシアの命を奪ったのがクロヴィスだということを、彼は未だ知らない。


 上掛けを被ったまま、アリシアは膝を抱えた。美しい青髪が、白いシーツにはらりと落ちた。


「……いつか、ちゃんと話したほうがいいのかしら」


 ぽつりと零れた声に答える者はなく。

 アリシア自身、その問いへの答えを持ってはいなかった。







 シンプルながらも煌びやかなシャンデリアが下がる、謁見の間。その最奥の檀上で、アリシアはジェームズ王の隣に腰掛け、来訪者の到着を待つ。


 中央に敷かれたカーペットを挟むように並べられた赤い椅子には、地方院長官ダン・ドレファスやジェラス公爵ファッジ・ホブスをはじめとする枢密院貴族が控えている。急な招集だったにも関わらず席がすべて埋まっているのは、6年前の記憶がアリシアだけではなく、枢密院の中にも刻まれている証だろう。


 と、その時、ナイゼルの出したサインを受けて、扉の両脇に控える騎士たちが動く。彼らがゆっくりと扉を開けると、中央に立つ青年――リディ・サザーランドの姿が明らかとなった。


 地方院シェラフォード支部長に就任したときと同じく、リディの足取りは堂々としていた。カーペットの上をまっすぐ歩んだ彼は、玉座の近くまで来るとその場で胸に手を当て、頭を垂れた。


「リディ・サザーランド。まかりこしました」


「うむ」


 短く答えた王は玉座から立ち上がり、階段を降りて青年の前に立った。顔をあげたリディを、ジェームズ王はまっすぐに見据えた。


「お主にはつらい思いをさせた。しかし、6年間よく耐えてくれた。そして、仕えてくれた」


「もったいなきお言葉にございます」


「私とお主は、同じ哀しみを抱く同志だ。お主の聞く言葉は私の聞く言葉となり、お主の言葉は私の言葉となる。エリザベスにも、そのように伝えてある。……好きに、自由に動くがいい、リディ。6年前のけりをつけるのだ」


 王の言葉を胸に刻み込むように、リディは決意を込めて王を見た。それに目で応えたジェームズ王は、傍らに歩みよったナイゼルの差し出す銀盆から王笏を取り上げた。跪いたリディの上に王笏を掲げると、王は謁見の間に響き渡る声で告げた。


「エステルの子、ハイルランド王として、リディ・サザーランドを外交特務大使に任ずる。彼の者の頭上に、守護星の導きがあらんことを!」


「はっ」


 短く答えて、リディは立ち上がった。その時、王の肩越しにアリシアとリディの視線が交わった。アリシアが頷くと、リディは不敵に微笑んでから、枢密院貴族たちのほうへ振り返った。


 一瞬の間があってから、拍手が起こる。ジェラス公爵、モーリス侯爵、アダムス法務府長官、そのほか全ての枢密院貴族が、この任命を承認するとの意を示した。


 ステンドグラスから射し込む光が王笏にあたり、宝石がまるで天に輝く星のように煌めく。星の加護を背負い、リディはしばしの間、手を叩く枢密院たちを順に見つめていた。それから優雅に右手を掲げると、彼らに向けて恭しくお辞儀をした。


 それは亡きシェラフォード公爵、ロイドを彷彿とさせる仕草であった。







「リディ!」


 任命式が終わってすぐに王の側を離れたアリシアは、広間を出たところに求める人物を見つけて声をかけた。クロヴィス、ロバートと何やら話していたリディは、やや驚いた顔で振り向いた。


「アリシア様! ちょうど、この後おうかがい出来たらと、クロムウェルに話していたところでした」


「そうかもしれないと思って、こちらから来てしまったわ」


 茶目っ気をだして答えたアリシアに軽く微笑んでから、リディは表情を引き締めて軽く頭を下げた。


「アリシア様にはなんと御礼申し上げればいいか……。事件を本当の意味で終わらせる。その幕引きのチャンスを、あなたは与えてくださった」


「与えただなんて。私はただ、あなたなら出来ると思っただけ。そう思わせてくれたのは、誰でもない、あなた自身よ」


 隣国にリディを送る。その構想を、アリシアはエアルダールに行くより先に、リディには話してあった。彼は最初こそ驚いた様子を見せたものの、すぐに力強く頷いてくれた。


 そして、その構想は、エリザベス帝とアリシアが手を結ぶことで、ついに現実へと動きはじめた。


 ああ、やっとと。

 リディと向き合うアリシアは、胸の前で手を握りしめた。


 ロイドと通じていた隣国の間者について、王国としてはエアルダールに追求は行わない。6年前、サザーランド家の屋敷でそう告げた時に彼が見せた、怒り、無念、諦め。顔に浮かんだその全てを、アリシアはありありと思い出すことができる。なぜなら、アリシア自身が全く同じ感情を抱いていたからだ。

 

 けれども、これでようやく、あの時抱いた悔しさから前に進むことが出来る。そして、事件を解明し黒幕を突き止めた時に初めて、星の使いとの契約であり、アリシア自身の願いである「王国の未来を救う」という目的が達成されるだろう。


「シェラフォード支部のことは、安心してお任せください。あなたがいない間、ドレファス長官も特に気にかけてくださるそうですし、補佐室でも後押しします」


「お、聞いたぞ。何でも、坊ちゃんの従兄弟が支部長代理として就くんだっけか」

 

「ああ。もともと僕のサポートを任せていた奴だし、問題はないだろう。だが、頼んだぞ、クロムウェル。僕のいない間にシェラフォード支部が傾いたりしたら、帰った後で補佐室を訴えてやるからな」


「心得ています」


 にこりと笑ったクロヴィスの後を継いで、アリシアは身を乗り出した。


「ひとつだけ約束をして。リディ、必ず無事に帰ってきなさい。絶対に、命を落としてはだめよ」


「アリシア様……」


「エリザベス様は味方になってくださったけれど、事件を裏で操っている人物もまた、エアルダールの中枢にいる。その中に切り込んでいくのだもの。危険が伴う役目だということを、決して忘れないで」


「何を言い出すかと思えば、まったく、あなたは相変わらず甘い御仁だ」


 肩を竦めたリディは、気取った仕草で胸に手を当てると、にやりと笑った。


「戻ってきますよ、必ず。サザーランドは、約束を違えない。だから安心して、リディ・サザーランドという駒を使えばいい。僕だけじゃない。あなたは優秀な駒をたくさんお持ちだ。それらの駒を使い、王国の繁栄を築くことこそ、あなたの役目でしょう」


「おーおー。あの、プライドの塊だったリディ坊ちゃんが、いつの間にか立派になっちまって。なんだか俺は、ちょっとばかし寂しくなったよ」


 輝く銀髪を揺らして、ロバートが首を振る。だが、次に彼がリディを見た時、ロバートの瞳にはいたずらっぽい光がきらりと輝いていた。


「しっかし、坊ちゃん。残念だったなあ。もう少し待てば、エグディエルでは星祭が始まる。あの情緒溢れるロマンティックな夜は、想い人に気持ちを伝える絶好のチャンスだったのではないか?」


「あ、わ、馬鹿!!!!!」


「え? リディ、そういう人がいるの? 教えてくれればよかったのに!」


「あああアリシア様まで、何を仰いますか!?」


「誰だったかな? 星祭の夜に交わした誓いの口付けは、愛し合うふたりを永遠に結びつけるとか、なんとか。そんな噂話を、ここ最近、誰かに真剣に聞かれた気がするんだがなあ」

 

「おま、ロバート!! きさまぁ!!」


 赤みがかった髪を逆立てて、ぎゃんぎゃんとリディが騒ぐ。普段は静かなエグディエル城の回廊がとたんにうるさくなり、遠くを行きかう文官や騎士らが何事かと目を丸くしてこちらを見た。


 顔を真っ赤にするリディと、それを涼しい顔であしらうロバート。そんな二人を前にして、アリシアはアリシアで、まったく別のことを考えていた。


(星祭の夜、口付けがふたりを永遠に……)


 引き寄せられるように、自然とアリシアの瞳はクロヴィスへと向けられた。すると、微笑みを浮かべて、補佐官は軽く首を傾げた。


「どうかしましたか、アリシア様」


「あ、いえ」


 なんでもない。口の中でもごもごと呟いて、アリシアは赤くなった顔を隠すために俯いた。


 〝覚悟してください。俺はもう、あなたから逃げない〟


 慈しむように顔を両手で挟み、熱のこもる瞳でアリシアを映したクロヴィスの姿が蘇り、アリシアの動悸を早くした。


 長いながい片想いに区切りをつけ、彼と想いを確かめ合ったのはつい先日のこと。だが、王女と補佐官という身分の壁があるなか、表向きはふたりの関係は以前のままだ。


 だから、エアルダールから帰る馬車を最後に、クロヴィスが恋人としてアリシアに触れることはない。


 それでも、ふとした瞬間にあの日の出来事を思い返しては、アリシアばかりが動揺してしまう。一方のクロヴィスはというと、平然と、いっそ余裕すら覗かせて補佐官としての姿勢を貫くものだから、大人と子供の違いを見せつけられているようで、アリシアとしては面白くないのだ。


(それに、星祭の夜にふたりきりになるのは難しいわよね……)


 ひとり肩を落として、アリシアはため息をつく。


 星祭は王国の建国記念日に合わせて開催される祭りであり、当然、王城では一日中セレモニーが催される。王女であるアリシアも毎年出席しているし、クロヴィスはクロヴィスで式典の進行などを補佐室で管轄するため、終日忙しく走り回っているのだ。とてもじゃないが、人目を忍んで会うことなど出来ないだろう。


 落胆するアリシアをよそに、今日も今日とて、非の打ち所のない完璧な笑みを秀麗な顔にのせて、クロヴィスは手を差し出す。


「行きましょう、アリシア様。……この二人の言い争いが終わるのを待っていたら、次に間に合わなくなります」


 アリシアはまず、白い手袋に包まれた形のよい手を見つめ、それから先にあるクロヴィスの笑みを見た。「さあ、早く」とでも言うように、補佐官は目を細めた。


「……ええ。行きましょうか」


「はい」


 恋人のすまし顔を、少しは明かしてやりたい。そんな、アリシアの小さな復讐心を満たすすべは残念ながら見つからず、仕方なくアリシアは素直に手を取る。クロヴィスがまた、それに対してにこりと微笑むものだから、悔しいことこの上ない。


 なんだか、自分ばかりが好きでずるいなと。

 そんなことを思いながら、アリシアは回廊を後にしたのだった。





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