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4-1

 後日、オットー補佐官の計らいにより、ただちに王室補佐室より書状が出され、クロヴィスを正式に補佐室所属の補佐官に任命された。次いでアリシアの方で、彼を王女付き補佐官に指名する任命書をしたためた。


 そうして、クロヴィスの任命式は、アリシアの立ち合いのもとに開かれた。


(来ていない枢密院メンバーが目立つけれど、急に決まったせいかしら)


 紺色のドレスを身に纏い、王の隣に腰かけたアリシアは、本来ならば埋まっているはずの赤い椅子を見て、首を傾げた。


 大きなシャンデリアが垂れ下がる謁見の間では、たびたび要職の任命式が開かれる。そうした際は、各府省大臣と主要領地を治める有力貴族当主からなる枢密院が立ち合い、その人事を“承認する”のが常だ。


 だが、前回クロヴィスに散々嫌味をぶつけていたリディ・サザーランドの父、シュラフォード公爵を始め、半分のメンバーが席を外している。


(……それとも、やっぱり枢密院のほとんどは、クロヴィスを私の側近に迎えることに反対なのかしら)


 アリシアの脳裏に、言い争うオットー補佐官とリディの姿がちらりと浮かんだ。リディはオットーに対しても、オットーは古参貴族を蔑ろにしていると厳しく非難していた。


 しかし、アリシアは勢いよく首を振り、浮かんだ不安を追い出した。いまさら、引き返すつもりはない。それが、王女として発言をした責務だ。


 とにもかくにも、任命式は無事に終了し、晴れてクロヴィスはアリシア付き補佐官となった。式が終了してすぐ、アリシアは新米補佐官と面会を果たした。


「お疲れ様、クロヴィス。気分はどう?」


「疲れてなどおりません。また、こうしてアリシア様にお会いでき、うれしく思っております」


 顔を見せたクロヴィスに、アリシアはほっと息をついた。任命式の最中は表情が硬かったが、こうして近くで見てみると、慰労式典で会ったときよりもずっと顔色がいい。


「正直、始まってみないと私もわからないのだけれど、これからのことで、何か私に聞いておきたいことはある?」


 面会で必ず聞こうと思っていたいことを、さっそくアリシアは口に出した。


 いわば無理矢理に彼を自分の補佐官に任命したわけだが、この人生におけるクロヴィスという男がどんな人物か、アリシアはまだ知らない。けれどそれは、彼から見たアリシアにしたって同じだ。右も左もわからなそうな10歳の主人を前に、何かしら、不安を抱えていてもおかしくない。


 空色の瞳で無邪気に見つめるアリシアに、クロヴィスの方はわずかに視線を彷徨わせた。ややあって、控えめに薄い唇が開かれる。


「――では、一つだけ。アリシア様は、なぜ、私をご指名くださったのでしょうか」


 後ろで控えていたオットー補佐官がたしなめようと口を開いたのを、アリシアは片手で制した。優秀な補佐官は、困ったように眉根をよせつつも、王女の意志を汲んですぐに引き下がった。


「アリシア様、そしてオットー殿には、一生返しきれない恩義がございます。王女殿下にお仕えすることは、私の喜びです。ですが、私の存在は、あなたに影を落としましょう」


 秀麗な顔にわずかに苦痛をにじませ、クロヴィスはアリシアから目を逸らした。


「任命式の空席の多さが、その証拠です。予定が付かなかったことを欠席の理由にしているのでしょうが、席を外しているのは古参貴族の中でも厳格さを重んじる保守派が大多数です。……グラハムの血を引くものが、王族に仕えることへの無言の抗議でしょう」


 なるほど、任命式の最中にクロヴィスの表情が硬かったのは、そのためであったかと、アリシアは納得をしていた。同時に、式の最中にアリシアが感じていた漠然とした不安を、青年がより正確に分析をしていることに驚いた。


 だけど、<グラハムの血>に関しては、やっぱりクロヴィスは偏狭のきらいがある。たとえばオットー補佐官なら、保守派が欠席をした理由を、王女付き補佐官を枢密院にゆかりのある古参貴族から選ばなかったことを上げるだろうに。


「手を差し伸べてくださった方の名を、私によって汚すことはできません。今なら、まだ間に合います。もし、私を哀れと思い、情をかけられたのなら」


「どうして、あなたのせいで、私の名が落ちるの?」


 小鳥のような軽やかな声で、アリシアが補佐官の言葉を遮ると、クロヴィスは怪訝な顔をした。


「ですから、私はグラハムの血を引く者だと」


「そうね。けど、それがなに? あなたはクロヴィス・クロムウェルでしょ? ザック・グラハムではないわ」


 アリシアとしては当たり前のことを口にしただけなのに、クロヴィスは切れ長の目を見開いて、まじまじとアリシアの顔を見た。


「……そのように、割り切る方はまれにございます」


「そうかしら。そこにいるナイゼルだって、あなたを王に推薦したじゃない」


 言葉にならない何かを探り当てようとするかのように、クロヴィスは何度も口を開きかけては閉じる。その困り切った表情が、見惚れてしまうほどに美しい彼の顔には似合わず、アリシアはころころと笑った。


 そして、ふと表情を引き締めた。


「中には割り切れない者や、リディ卿のように攻撃の材料にする者もいるわ。わたしのせいで、あなたには嫌な思いをさせてしまうかもしれない。それだけは、本当にごめんなさい」


「アリシア様が、私に謝ることなど!」


 クロヴィスは大きくかぶりを振ると、胸に手を当てて誓いの姿勢をとった。


「呪われた血を引く者として、静かに朽ちていくはずの私を拾い上げてくださったのは、アリシア様です。この手を取られた時から、私の忠誠はあなた様に捧げると決めました。命に代えて、あなたにお仕えいたします」


(だから、誓いの言葉が重いってば)


 “この身に代えて”が、いつの間にか”命に代えて”へとグレードアップしていることに引き攣りつつ、それでも、クロヴィスが改めて補佐官を任されてくれることをアリシアは嬉しく思った。


 こうして、アリシアと補佐官クロヴィスとの短い面会は、終わりを告げた。聞くところによると、彼の実家は一番近い屋敷でも馬車で小一時間以上かかるため、城の敷地内に建てられた文官用の宿舎に部屋を与えるそうだ。


 居住に関することも含め、今後の具体的な説明を受けるために、クロヴィスはオットー補佐官に連れられ、面会に使われた小部屋を出ていった。


 その背中を笑顔で見送るアリシアの額からは、一筋の汗が流れ落ちた。


 白いレースのハンカチをそっと額に押しあててから、自分は上手く笑えていただろうかと、アリシアは自らの頰に触れた。


 幸いにも、クロヴィスやナイゼルが不審に思った様子はなかった。というより、事実、今しがた彼に話したことはアリシアの偽りない誠の心であるし、新米補佐官との対話は想像したよりも、ずっと楽しかった。


 だが。


 まだまだ平静さが足りないなと、アリシアは自分自身を戒めた。今のクロヴィスが自分を殺したのではないとわかってはいても、ふと気が緩むと、憎悪を込めて剣を突き立てた襲撃者の姿が浮かぶ。すると、彼に好意的でありたいという意思に反して、アリシアの体は硬直してしまう。


 大丈夫、きっと未来は変えられる。


 星の使いとの契約を思い返しながら、アリシアはそう、自分に言い聞かせたのであった。



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