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14ー3



「……それで、これからも王子を支えるようにと、彼女を応援してきたと」


「え、ええ」


 小さくなってアリシアが頷けば、クロヴィスは深いふかい溜息と共に額に手を当てた。


 なお、見事な庭園での茶会は終了し、今は夕方から催される宴に向け、身支度を整えている最中だ。といっても、着替えや髪結いは手慣れたアニとマルサのおかげでとっくに済んでいて、あとは迎えが来るのを待つばかりだ。


 その時間を使って、アリシアはクロヴィスにシャーロットと交わした内容について掻い摘んで教えていたのだが、一通り黙って聞いていた彼は、話が終わると頭を抱えだした。


「アリシア様。私が調べる間、かの令嬢との付き合いはほどほどにしていただきたいと、お願い申し上げたかと思いますが」


「そんなことも、言われたような気がしなくもない、かも?」


「言いました」


 瞳を泳がせて濁したアリシアを、ぴしゃりとクロヴィスが一刀両断。旗色が悪いと察したアリシアは、じっとりともの言いたげな瞳を向ける補佐官に、慌てて弁明した。


「けど、あの子が悪い子じゃないというのは、なんとなく伝わったでしょう?」


「そうは言われましても、あなたは肝心な部分で、詳しいところを教えてくださらない。これでは、判断しようがありません」


「仕方がないじゃない。誰にも言わないと、シャーロットと約束したのだもの」


「……その義理堅さは、美徳と言えましょうが」


 再び、長く息を吐きだすクロヴィス。だが、アリシアとて、シャーロットの信頼を勝ち取った手前、簡単に約束を反故にするわけにはいかない。


 いくらクロヴィスが「俺にも秘密というわけですか」とでも言いたげな、それはそれは不満に満ちた目をしていたって、アリシアは口を割れないのである!


 と、ついほだされてしまいそうになる己とアリシアが戦っていると、やがてクロヴィスは諦めて首を振った。


「いいでしょう。他でもないアリシア様が言うことですから、信頼いたします。けれど、かの令嬢から情報を聞き出すのはかまいませんが、自身のことを教えるのはなるべく控えてください」


 いいですね。そう強く念を押されて、アリシアは神妙に頷いた。それで、ようやくクロヴィスも気が済んだようだ。


「すると、今の段階では、令嬢と王子の間には特別なつながりはできていないということでしょうか」


「そんな感じだったわ。革命が起きた夜の姿はもっと大人びていたように思うから、もしかしたら、二人が恋仲となるのはもうすこし先の未来のことなのかもしれないわ」


 少しは、役にたったでしょう。


 そうアリシアがクロヴィスに目で訴えかけると、補佐官は微妙な顔をした。忠誠を誓った主人ではあるが、危ない橋をわたるのを手放しで称賛するわけにはいかないらしい。


 何かを誤魔化すようにクロヴィスは小さく咳払いをすると、がらりと話題を変えてきた。


「では、私の方からも報告を一つ。かの令嬢は自身のことを養子であるとお話されたとのことですが、そもそも、宰相エリック・ユグドラシルには血のつながった子はいません」


「え? けれど、あの子は自分には兄がいると……」


「ユグドラシル殿には、4人の子息と1人の令嬢がいます。しかし、そのすべてが養子であるとのことです」


 これには、さすがのアリシアも驚いた。すると、クロヴィスは庭園のはるか向こう、キングスレーの街並みに思いをはせるように、窓の外を見つめて目を細めた。


「今でこそ栄華を極めたエアルダールですが、エリザベス帝の即位前は混乱した時期があったのです」


 クロヴィスによると、先代の王はどちらかというと保守的な考えの持ち主で、エアルダールにしてはめずらしく、中央の力が弱まった時期であったという。


 当時は領主制がまだ残っており、ここぞとばかりに領主たちが自分たちに権威を取り戻そうと好き勝手をしたこともあって、国内の情勢は荒れに荒れた。


 せっかく力をつけた商人たちは、彼らにとって代わられることを恐れた貴族たちから弾圧され、高い税金に苦しめられた。おまけに、たまたま天候が恵まれない時期が続き多くの民が飢えるなど、それはもうひどい有様だったのだという。


 ハイルランドも隣国の惨状をしって、何とか救いの手を伸ばそうとした。当時はジェームズ王の父、ヘンリ7世の在位中で、エアルダールから嫁いできた王妃キャサリンがひどく胸を痛めていたのである。


 しかし、状況は年々わるくなるばかりで、おまけに王も長い心労がたたって病に伏してしまい、これはもうエアルダールは終わりかもしれないと噂が流れるまでに至った。


 国の行く末を憂いたベアトリクスのあと押しで、若き女王エリザベスが即位したのは、そんな混迷のさなかであったのである。


 聡明で切れ者、人を動かす力にすぐれた新王は、即位してすぐに、めきめきとその力を発揮した。何より彼女が力を入れたのは、一度奪われた中央の力を取り戻し、疲弊していた国内の民を王国としてまるごと救済することであった。


 農民や商人、末端貴族といった、どちらかといえば身分の低い層が、エリザベスを熱烈に支持するのも、実はこうした背景があった。


 彼らを苦しめていた領主は、女帝の強引ともとれる改革の結果いなくなり、かわって、彼らには自由な交易が認められた。また王国が教育水準を一律に管理したために、どれほど貧しい地域であろうと最低限の読み書きといったものは教われる体制が整い、これがめぐりめぐって、その地の活性化につながったのである。


「エリザベス帝の改革が実を結んだ今となっては、実の子を捨てるなどという悲しい出来事はほとんどなくなりました。しかし、シャーロット嬢が生まれた頃には、混乱期の名残があったのでしょうね」


「そうだったの……。あの宰相はいい人なのね。身寄りのない子たちを引き取って、養子として育て上げるなんて」


 ナイゼル・オットー補佐官とはそう年が変わらないはずなのに、やたらとくたびれた印象を与えた細身の宰相を思い出し、アリシアは表情を和らげた。


 エアルダール宰相エリック・ユグドラシルは、彼が仕える金色の女王に比べれば、その影に霞む地味な印象の男だ。だが、諸外国にその名が広く知られたのは彼が宰相となるよりも前―――、エリザベスと並び、王位継承の筆頭候補として名が上がった時であった。


 嫡子でありながら異例の流れで王位を継いだエリザベス帝には、三人の兄と二人の姉がいた。そんな中、第二王女が嫁いだ先が、エアルダールに古く続く名家ユグドラシル家の長男、エリックだ。


 王族ではないエリック・ユグドラシルが王位継承候補にあがるなど、通常であれば考えられないことだ。しかし、その時はエリザベスがぐんぐんと力をつけて王位を継ぐのも時間の問題といった時期であり、彼女に反発する主に領地貴族を中心に、ユグドラシルを対抗馬として担いだのである。


 しかしユグドラシルは、最終的に自ら争いの舞台から降り、エリザベスに道を譲った。エリザベスを王位継承者として支持すると宣言する直前、三日間にわたりエリザベスとユグドラシルの二人だけで協議がなされた。


 協議が行われた部屋には誰一人として近づくことを許されず、彼らの間でどのようなやり取りがあったかは定かではない。ただ言えることは、三日目の協議が終わって二人が姿を見せた時、エアルダールの新たな王と宰相が決していた。


 それ以来、ユグドラシルは陰日向になって、女帝を支えてきたのだ。


 これだけ聞くと、かなりの曲者か、腹に一物かかえた狸おやじを思い描くというものだ。しかし、実際にでてきたのは線が細く、穏やかな空気をまとった優し気な男性だ。おまけに身寄りのない子を養子に迎えたと聞けば、評価を変えなければならない。


「できた方です。ひどく頭が切れるのに偉ぶったところが一切なく、私たちの遠征時にも、若造相手に色々と教えてくださいました」


 かつてを懐かしんでか、クロヴィスは目を細めた。


 さらに補佐官が話したことによると、妻との間に子が恵まれなかったユグドラシルは、いくつかの孤児院に多くの支援を行ってきたという。彼に養子として迎えられた子供たちもそうした施設の出身であり、ユグドラシル自ら、見込みがあると判断し声を掛けたのだという。


「宰相という立場柄、顔も広いのでしょう。養子とした子以外にも、商人や役所に口利きをして、働き口をみつけてやったりしているそうです。まったく、大したお方です」


「へえ。お前は、ずいぶんとあの宰相に惚れこんでいるのね」


「ナイゼル殿には内緒にしてください。隣国の宰相をやたらとほめたと知られれば、きっと拗ねられてしまいます」


 ちょっぴりきまり悪そうに、クロヴィスは苦笑した。一方で、彼は気がかりに感じることもあった。


 クロヴィスが知るエリック・ユグドラシルという男は、きわめて良識のある宰相だ。くわえて、ほとんど強引といっていいほどに物事を推し進める女帝に対し、宰相の方はその緩和剤というか、間にたって調整をする役回りを務める。つまりは、女帝との折り合いがあまり良いとはいえない、保守層にも顔が利くのである。


 そうした堅実な人間性をもつ宰相が、いくら王子に求められたからといって、己の娘を愛人として差し出すような真似をするだろうか。


 それに、仮に愛人として関係をむすんでしまったとしても、わざわざ隣国までついていかせるなど愚の骨頂だ。おかげで言うまでもなく、ハイルランドの民はフリッツ王への反感を強め、革命へと向かわせることになってしまうのだ。


 その時、クロヴィスは一つの可能性に思い当たり、はっと息をのんだ。


 はじめから、ハイルランドの民から反発を買うのが目的だったとしたらどうだろう。あえて神経を逆なでし対立を深めることで、もう一度ハイルランドに攻め入るすきを窺っていたとしたら。


 そこまで考えて、補佐官は首を振った。自国の王子が王として統治しているのに、それはあまりに危険すぎる考え方だ……。


 と、クロヴィスが考えにふけっていると、ノックの音が響いてアリシアとクロヴィスは顔を見合わせた。補佐官が尋ねると、扉越しにロバートが答え、宴への迎えが到着したことを知らせたのだった。


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