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砂かけババアと子なきジジイ

作者: 中里高

 般若心経を聞きながら、サチヨが成仏できるわけがないと思っている。最期は被害妄想になって、わたしがカネを盗んでいると口走った。そのせいか、親戚連中は話しかけてこない。何もしていないのに涙ばかり流すタロウに悔やみを言っている。連中とはつきあいたくないから、それでいい。喪主なんてお飾りだ。


 とにかくサチヨは悟れなかった。心臓をわずらっていて、苦労してタロウとハナコを育てたらしいが、ワタシがやめさせようとしているタロウのケイリンを影で支援していた。木工所で働くタロウは、給料とは不相応のギャンブルをしていたが、サチヨはムスコにケイリン代をめぐんでやるのが好きだった。


 たまに、ファミレスで恩着せがましくおごって、サチヨとコージが「マズイ」と連発するのを聞きながら食べるのは、ほんとうにイヤだった。


 タロウの妹、ハナコがヤクザのダンナと切れて、保険会社のセールス・レディになると、サチヨはワタシに協力しろといってきた。経理の仕事をしているワタシには、どう考えてもハナコがすすめる保険に入る理由がみあたらないので断った。「あんたは情けがないんか!」というのがハナコの言葉だった。


 わたしにも情けはある。だけど、高額の保険にははいれない。


 サチヨはいっそ、この旧い城下町の慣習にしたがって、土葬にしてやればいいと思う。往生際わるく、ゆっくり腐ればいいのだ。この後、灰になるなんて、似合わないと思う。ともかく、やっとサチヨがいなくなる。ただの「無」になるんだと思うと安心した。


 ただ、まだ、コージがいる。もう六〇をすぎたのに、末っ子長男の気質がぬけない。姉が五人もいて、昔から何ひとつ自分でやらなかった人間だが、だれに何を頼めばいいか、利用できる人間をみつけることだけは長けている。サチヨの臨終の前に、医者が「親戚をあつめてください」といったとき、コージはわたしを連れ出して銀行にいった。「アンタは優秀だから」とサチヨが死ぬまえに、サチヨの口座から葬式代を下ろさせたのだった。なにか犯罪の片棒をかついでいるような気がした。


 サチヨが入院してからは、ずっと、わたしに弁当をつくってこいといってきた。「オレが困る」の一点張りだ。健在な五人の姉も「長男のヨメなのだから、コーちゃんにスーパーの惣菜などもってきたらゆるさん」と、いってきた。じゃあ、あんたらが作ればいいと思った。五人なら輪番でできるだろう。シワだらけの老人を「コーちゃん」といえるなら、愛情もあるはずだ。


 わたしは、あれから料理をするのがイヤになった。もう、外食でいいと思う。

 心をこめた料理って気持ちわるい。


 とうとつだが、妖怪は現実にいると思う。サチヨは砂かけババアだ。いつも言葉の暴力をぶつけてきた。コージは子泣きジジイだ。年老いた幼児で、だれかをみつけて、とことんぶら下がる。そして、相手をつぶしてしまう。


 どこかで和解もできたかもしれない。でも、もう無理だ。


 色即是空、空即是色

 

 お経というのは、死者の煩悩を断つものじゃなくて、のこされた者を癒すためにあるんだろう。いま、妖怪が退散する聖歌に聞こえる。


 わたしは「家族」という妖怪から自由になりたい。


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