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隻腕の将軍、隻眼の宰相

なかなか、ざまぁまでたどり着けなくてすみません。

帝王が暴走してしまったので、その兄二人よりの話です。

帝王にはしばらく後程に、それ、ストーカーだから! のノリで愛を語って貰います。


女性を軽く扱う描写が出てきますので、ご注意ください。


氷の帝王と呼ばれ、側近にですら恐れられるヴォルトゥニュ帝国の王マルティン・マルティノヴィチ・グーリエヴァは玉座の上で破顔した。


「マルティ?」


 珍しすぎる表情にマルティンを庇って隻腕となった長兄エフセイは、思わずうわずった声を上げた。


「兄さん! 僕の頬を抓ってくれないかな!」


「……ふむ。熱はないようだが」


 同じくマルティンを庇って片眼を失った次兄コンドラートが、マルティンの額へ掌を押し当てる。


「いいから!」


 顔を見合わせたエフセイとコンドラートが両側から頬の肉を引く。


「ひたひ……」


手加減はしても痛かったらしい。

それでもマルティンは満面の笑みを浮かべたままだ。


「一体どうしたんだい?」


「取り敢えず、場所を変えるぞ」


 常にはないマルティンの様子を見たエフセイが手を上げれば、一の側近であるルカが謁見の一時中断を申し渡した。

 一瞬ざわついたが、浮かれるマルティンの恐ろしさが骨の髄まで染み込んでいる部下達は、大人しく引いていく。


「マルティン様の自室が宜しいでしょう。先に失礼いたします」


 深々と頭を下げたルカは茶の支度をしに行ったようだ。


「行くぞー、マルティーン?」


「ふっふっ! ふふうううう。うふふふふ」


「は、早く連れて行きましょう!」


 握り締めた手紙を、我に返ったように綺麗に皺伸ばししている弟を眺める二人の目は、未知の何かを見る眼差しだった。


 薔薇の香りがする紅茶が淹れられ、蜂蜜がたっぷり使われた小麦粉の丸い焼き菓子ハニルンと三種類のベリーが使われたミニタルトのフリューフと牛乳と卵で作られたエッノが綺麗に盛り付けられた皿を前にして、マルティンが大きく息を吐き出す。


 ローズティーを一口飲んだマルティンの瞳を見れば、ようやっと現実世界へ帰ってきたらしいのが知れた。

 エフセイとコンドラートを見詰めて、やはり心底嬉しそうに笑う。


「初恋が実った!」


 想像していなかった言葉に二人は、配下の者が見たら驚くだろう気の抜けた表情でマルティンを凝視する。


「アレンちゃんから、手紙が届いたんだよ! お嫁さんになってくれるって!」


「はぁ?」


「と言うか、アレンちゃんというのは?」


「……ミスイア皇国の第一皇女であり巫女姫様でもあられる、アレクサンドラ・アーレルスマイアー様のことでございます」


 ルカの言葉に二人は絶句した。

 表舞台に出ることこそ少ないが、ミスイア皇国の至宝と名高い巫女姫にはしかし、騎士として名を馳せている幼馴染の婚約者がいたはずだ。


「婚約破棄になってね? 国に居づらいから、政略結婚を考えているんだってさ! で、もし良かったら、僕にどうかなって!」


「そ、それで?」


「うん。昔に一度だけ会ってさ。一目惚れだったんだよねー。だからすっごく嬉しくって!」


「あー。それ聞いたな」


「ええ、聞きましたね」


 酷い怪我をしていて意識も朦朧とした状態の時に言い出したので、妄想だと信じて疑わなかったのだが。


「僕の国に来ませんか? って言ったのを、覚えてくれてたんだって!」


「……そうなんですか」


「……もしかして、だからお前。ミスイア皇国に攻め込もうとしてたのか?」


 もっと他に侵略すべき国も、できる国もあったのに、マルティンは次に攻め込むのはミスイア皇国だと広言し、着々と準備を進めていたのだ。


「幸せだったらさー。我慢するつもりだったんだけどね。酷い目にあっていたみたいだからさ。そんなモノを守る必要ないんだって、教えてあげたかったんだよねー」


 血に飢えた獣と揶揄されるマルティンは、自分が大切だと認めた者にはとことん甘い。


「でも彼女が国を捨ててくれるなら、その必要もないかな」


「へぇ? お前の事だ。それこそ許せないと情け容赦なく責め滅ぼすかと思ったがな?」


「いいんですか?」


 兄達を慕ってやまないマルティンを溺愛する、ヴォルトゥニュ帝国最高の頭脳と呼ばれる宰相コンドラートが穏やかに確認をするも。


「うん。必要ない。彼女は神の加護を持っているからね。国は自然と滅んじゃうと思うよ」


「はぁ?」


「ふふふふ。エフセイ兄様にはぴんとこないかな? 彼女はね。僕とは比べ物にならないほど高位の神様の加護を持っているんだ」


 ヴォルトゥニュ帝国最強の矛と謳われる将軍エフセイが瞠目する。


 国を一つにまとめ上げる最中で出会った神の加護を持つ者の中で、マルティンを加護する神よりも高位の者には出会ったことがなかったのだ。

 兄の立場で、マルティンが受けている加護が人の身に余るものではないかと危惧もしていた。

 だからこそ、それ以上の高位の神の存在が理解できなかった。


「彼女は壊れないよ。そこも、調節され尽くした上で、加護されているからね」


「良く知っているなぁ……」


「僕の守護神様が教えて下さったんだ。一目惚れで盛り上がって、更にお嫁さんにしないと駄目だ! ってなったのも、そのせいかもしれないねー」


 二人は揃って目を見張る。

 タイプの違う美形なのだが、驚く表情は兄弟だとしみじみするほどに良く似ていた。


 神が国事以外の話をする事は滅多にない。

 誰かを、人を、薦める珍事は今回が初めてで、恐らくは最後だろう。


「しかし……ミスイア皇国の第一皇女ともなれば、当然正妃として迎え入れるんだろう?」


「当然だよー」


「……寵姫達はどうするんだ?」


「寵姫とか言わないでよ。誰にも心を移したことはないんだから。避妊だってばっちりだし。ただの性欲処理としてしか扱ってこなかったでしょ?」


 国の重鎮や属国となった元王族達が差し出してきた掌中の珠に対しての暴言だが、確かにマルティンは誰一人として特別扱いはしてこなかった。


「だからと言って……粗略にはできないぞ?」


「皆家へ帰すよ。アレンちゃんに嫌な思いをさせたくないからね」


「帰すって、お前……」


「託宣が降りるように守護神様にお願いするつもり。明日には、手続き三昧で忙しくなると思うよ。あ! 安心してね。慰謝料とかは発生しないようにするし。大体さぁ一ダースもいるのに、全員何らかの不正行為を働いているんだよ? この国も大概だよねぇ」


 コンドラートも何人かは把握していたが、まさか全員とは見抜けなかった。


「浮気とかは解りやすいんだけどね。機密漏えいとか、横領とか、上手く潜っているけどかなり大がかりな奴もあるし。殺人未遂とか教唆になると、これも全員だもん。アレンちゃんに危害を加えさせない為にも、僕自身だって頑張るつもりだよ!」


 全く気が付いていなかったエフセイはがっくりと肩を落としながらも、どうしても聞いておきたかった事を聞く。


「しかし、マルティ。彼女とは一度きりしか会っていないのに、本当に大丈夫なのか? 彼女の人となりとか。年月が経てば人は変わるぞ?」


「特に女はって?」


 マルティンがきつく眉根を寄せる。

 兄二人は、身体の一部を欠損してから夫婦関係が上手くいっていない。

 欠損前は、誰もが羨むほどに仲睦まじかったのだが。


「大丈夫だよ。皇女でありながら、彼女は長く不遇されてきたからね。僕らがどんな酷い事をしても言っても、お優しいのですね? って、聖母の微笑で受け入れると思うよ。僕はね、兄さん達。僕を甘やかしてくれる存在を見極める力は誰よりも強いと思っているんだ。兄さん達は僕を甘やかしてくれるだろう?」


「お前も負けていないよ」


「全くだ」


「ふふふ。ありがと。でもね。彼女は兄さん達以上に僕を甘やかしてくれると思うんだ。何しろ、僕より強い神の加護を受ける存在だからね」


 なるほど、とコンドラートは納得した。

 神に愛される悲哀だけは、自分達では理解できない。

 驚くほどに一方通行な場合が多いのだ。


 悔しい、とエフセイは唇を噛み締める。

 大切な弟だからこそ、誰よりも理解したかった。


「……兄さん達も離婚を考えた方が良いかもしれないね。彼女がくれば恐らく彼女の恩恵を受けて別れる事になると思うけど、その前に。恩恵の力を借りずに、別れておいた方がいいんじゃないかな?」


「借りを、作りたくはないな」


 エフセイは嘆息する。


「アレンちゃんは、素でやっちゃうから、借りとかそういう次元ではないと思うけどね」


「恩恵を授かるのはありがたいことだが、それに縋るのは問題だろう」


 コンドラートは言い切った。


「……アレンちゃんはきっと、兄さん達を気にいってくれると思うよ。何しろ僕の自慢のお兄様達だからね!」


 力が及ばず王として立てなかったと深く悔いている兄達に対して、マルティンは顔と暴力だけで人格者である兄達から玉座を奪った負い目の様なものを持っている。


 元々は小国で常に暗殺の危機に晒されていた三人だけしかいない王族の結束は、他国が思っている以上に固い。

 三人は三人揃って、他の二人に負い目を感じるからこそ、何があっても信じ大切にすると誓っていたのだ。


「承諾の手紙、送っていいよね?」


「勿論だ。俺は……ミスイア皇国の進軍がなくなった事を告げて来よう」


 エフセイは、菓子を飲み込みながら素早く席を立つ。


「では、私は寵姫達の放逐の手配を始めましょう」


 コンドラートは、ローズティーを飲み干すと、ゆっくり腰を上げた。


「僕はアレンちゃんにラブレターを書くねー。ルカ! 新しい紅茶をこちらに」


「どうぞ」


 言った瞬間には、目の前に新しいティーカップが置かれる。

 覗き込めば、薔薇ジャムの塊がごっぱりと入っていた。


「ルカは本当……僕の腹心だよねぇ……アレンちゃんの警護は、エフセイ兄様と相談して、君に任せるよ?」


「光栄の極みにございます」


 ルカは膝を折り礼を尽くすと、レターセットの準備を整え、きびきびと足を運んで部屋を出て行った。


「さて、と。どんな出だしで書こうかなぁ。僕の永遠の巫女姫様とかが無難かなぁ。最後は貴方の永遠の奴隷とかでいいかなぁ……」


 人払いをして自分しかいないのを良い事に、マルティンは侍医がいれば、今すぐ横になって下さい! と叫ばれそうな、甘すぎるラブレターの内容を呟きながら幸せそうにペンを動かし始めた。


次回は人壊の宮廷楽師です。

人壊という言葉は、○○の○○というタイトルにしたいがための造語です。

人格が壊れてしまった宮廷楽師、という意味になります。


宮廷楽師は元婚約者騎士の想い人の婚約者です。


お読みいただいてありがとうございます。

次回もまた、よろしくお願いいたします。


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