微笑の皇女 前編
やっとこさ、本編最終話スタートです。
毎回お時間頂いてしまってすみません。
案の定書きたいことがありすぎて、途方に暮れながら執筆しております。
頑張ったのですが、今回は切りの良かった4000文字弱での更新とさせていただきました。
現時点では、10000文字程度が1話の前中後編と想定しています。
全部書き上がったら、再編集する感じですね。
絶賛錯綜中で恐縮ですが、お付き合いいただけると嬉しいです。
あ!
タイトルは微笑の皇女とお読みください。
ミスイア皇国建国の日。
建国千年を迎える良き日に、アレクサンドラ・アーレルスマイアーはヴォルトゥニュ帝国が帝王マルティン・マルティノヴィチ・グーリエヴァの元へと嫁ぐ。
「お姉様! 私、初めて女性に生まれて良かったと思いましたわ!」
メイド達と一緒に楽しそうに嫁ぐ為の特別な装いを手伝ってくれたアンネマリーが、大輪の花が綻ぶような華やかさで笑う。
鮮やかに燃えさかる炎色の瞳と髪の毛を持つアンネマリーは、同じ色のドレスと装飾品を身に纏っている。
王族と貴族の一部に対して正式に、マルティンとアレクサンドラの婚姻が発表される式典に、最初アンネマリーは将軍の礼装で出席しようとしていた。
王城に住まうようになってつけられた、身の回りの世話をしてくれるメイド達が教えてくれなかったら、当日まで知らないままだったかもしれない。
教えられて、ドレス姿のアンネマリーが見てみたいわ! と言えば、難色示されたが、重ねて懇願すれば、お姉様が選んで下さるならと、恥ずかしそうに小さな声で告げてくれるのが初々しく、メイド達と一緒になってアンネマリーに似合う装いを模索した。
背が高く軍人として理想的な筋肉をつけたアンネマリーは、本人が悲しげに告げたように確かに着る服を選びはする。
だが本人が思い込んでいたように、ドレスが似合わないということは全くもって有り得なかった。
むしろ、背筋が完璧に伸ばされた立ち姿は一流の貴婦人達に勝るとも劣らぬ風情で人目を引く。
長身を生かしたドレスのデザインはマーメイドライン。
太ももの半ばあたりからふわりと広がるスカートには、大ぶりの薔薇が数えきれぬほど刺繍されている。
本人は恥ずかしいとしばらく慣れなかったが、大胆に背中が開いているドレスは、首から背中にかけてのラインを素晴らしく妖艶に見せた。
女らしくないと陰口を叩いていた男性達が、目を見開いて情けを乞う姿が身に見えるようです! とメイドの一人が鼻息を荒くしているのには、笑ってしまった。
装飾品は全て、ルビーで統一。
ピジョンブラッドと呼ばれる最高品質の大きなルビー二つ。
それをダイヤモンドで囲むようにして作られた豪奢なネックレスは国宝。
ツィーゲが幾度となく陛下にねだっても付ける機会を許されなかった逸品を、陛下はアンネマリーになら似合うだろうと、所有権を個人に変えてしまった。
陛下の地位を持ってしても本来ならば許されない独断的な行動であったが、アンネマリーの国への貢献度を改めて調べ直させた書類を山積みにして担当に許可を迫れば、担当は調査不足で大変申し訳ありませんでしたと謝罪の上、迅速な手続きを取ったようだ。
ルビーのカッティングが同じの、イヤリング、ブレスレット、サークレットもアンネマリーニ下賜される。
アンネマリーは装飾品が国宝なのも知らず、下賜されたのも知らない。
ただ、陛下より直接手渡され『エレオノーラが付けた物だ』との言葉を賜ったので、アレクサンドラのベール持ちとして相応しい品をありがたく貸して頂いたという認識らしい。
真実を知ればどれほど驚き、喜ぶのだろう。
陛下のアンネマリーにこそ付ける価値があるという意思表示が、何より嬉しいに違いない。
「ええ。そうでしょうとも! 貴女の見惚れるしかない華やかな赤毛と炎を宿した鮮やかな瞳と、凜とした佇まいにとても良く似合う装いだわ!」
「ふふふ。褒めすぎですよ、お姉様! それに私が女性に生まれて良かったと思ったのは、お姉様の最高にお美しい装いを、マルティン殿より先に見られたからですわ!」
「あらあら」
「例がないと言われながらも、女性として将軍職まで上り詰めて、それを維持し続けねばならず……自分より実力が遙か下の能なし男共に、散々暴言吐かれましたし、屈辱的な場面にも多く遭遇させられましたけれど! 光り輝くお姉様の装いを誰よりも先に見られた栄誉に比べれば、それら全てが些末なものに思えますもの!」
アンネマリーの笑顔に暗さはない。
アレクサンドラの花嫁衣装を、そこまで評価してくれているのだ。
なんて、愛らしい妹なのだろう。
長い時間すれ違っていたけれど。
今はこうして、思いの丈をその都度素直に言い合える関係になれて、とても幸福だ。
「そう言えばお姉様。奴等の列席、お許しになったと伺いましたわ。本当に……宜しいですの?」
「私も迷ったのだけれど、マルティン様がおっしゃったの」
そうそうアレンちゃん!
アレンちゃんが国を離れる時の式典に、屑共を列席させたいんだ。
皇帝が正式に断罪っていうか、罪を公表するんだってさ。
……短い期間で、未だ神との制約が多い中でね?
今までずっとやりたくて仕方なかった娘の溺愛がちょっとだけはできたけどさ。
最後にどどーんと、娘への愛を示したいみたい。
皇帝にしかできない謝罪と贖いでもあると思うんだ。
アレンちゃんが心配している善良な人々の救済についても触れるらしいよ。
後顧の憂いなく嫁いで欲しいっていう、お父さんの気持ちを汲んであげてもいいよね?
「……父上からの謝罪や贖いはこれ以上必要ないのだけれど。父上のお心を汲んで欲しいとおっしゃられてしまったら、承諾するしかないでしょう?」
「さすがはお姉様の夫となられる方! お姉様をよくご存じでいらっしゃる。帝王自身も神の加護をお持ちだから陛下のお心をよくご理解されるのでしょうね。民の救済は私も気になるところですし……そうなると、やっぱりお姉様の選択は正しいですわね! 申し訳ありません。お姉様のお心を乱す話をしてしまって」
「私を慮っての言葉でしょう? 嬉しいだけよ」
「ありがとうございます、お姉様!」
「ふむ。お前達は本当に仲が良いな」
「父上!」「陛下!」
何時の間にか部屋に入ってきたらしいバルトロメオスが機嫌良く笑いながら現れた。
ディートフリートに無理を通されようとしたあの日。
覚悟を決めてバルトロメオスの元を訪ねてから今まで、過去の冷遇が朧気になるくらいの愛情を与えて貰っている。
楽しそうな、優しそうな、嬉しそうな笑顔もその一つ。
笑わない皇帝と恐れられていたのが信じられないくらいだ。
一部の貴族は怯えているようだが、大半の貴族や民達は皇帝の笑顔を喜んでいる。
また掌を返したようにアレクサンドラを溺愛している状況にも、今までの冷遇を論う者は少なく、仲睦まじいご様子で何よりと好意的に取られているようだった。
「二人とも美しいな!」
「へ、陛下! お姉様は、それはもう女神が降臨されしばかりの美しさですが、私はそうではありません! 一緒になさっては駄目です!」
アンネマリーが否定するもバルトロメオスは怒らない。
ただ少し笑顔に揶揄う子供っぽさが上る。
「何を言う! 姉妹揃って着飾るのを見るのは初めてだが、どちらも甲乙付けがたい美しさだぞ。なぁ、アレクサンドラ」
「はい。そうですね、父上。アンネマリーは、私にはない華やかさがありますから! 赤がとても良く似合うわ」
「それを言われるのでしたら、お姉様には、私がこれからどれほど努力しても得られない品があります! そこにおられるだけで傅きたくなりますわ。きっと帝王ご自慢の帝妃になられますね!」
「帝王か……心配な面が少なからずある男だが……アレクサンドラを幸せにする男としての不満は一切ないな」
顎を摩りながら思慮深げにバルトロメオスが呟く。
アンネマリーも思案の後に頷いた。
「そうですね。私も陛下もお姉様を、それはもう大切に愛しく思っていますが、現実的に考えて帝王よりお姉様を幸せには出来ないと思いますわ」
「マルティン様を認めてくださっているのは、嫁ぐ者として、彼を愛する者として、とても嬉しく思います。でも、私の幸せは、父上もアンネマリーも幸せになってくれないと、完結できないものですのよ?」
辛かった過去を完全に忘却は出来ない。
時々思い出してしまい、胸が苦しくなる時もあるだろう。
それでも側にマルティンが居てくれる限り、アレクサンドラは乗り越えていけると信じて疑わない。
バルトロメオスから全てが聞けた訳ではないが、不遇の理由は誠実に説明されている。
神の加護による制約をアレクサンドラの身代わりに多く負ってくれていたのだ。
制約はバルトロメオスの言動を血の気が引く程に厳しく縛り付けた。
今でもまだ、縛っている。
もし、アレクサンドラが全てを一身に受けていたら、心を壊してしまっただろう。
心身共に強いバルトロメオスだからこそ耐えられたのだ。
愛故の不遇だったと。
それ以外の道はなかったのだと、理解している。
その上で、よく耐えきってくださったという尊敬と感謝の気持ちが強かった。
そもそもアンネマリーがアレクサンドラにした非道と思い込んでいるそれらは、正直に言って他の者達からもたらされた被害とは比べものにならない幼いものだった。
自分より優秀な兄弟姉妹に嫉妬するなんて、誰にでもある感情だ。
アレクサンドラとて、女の身でありながら武に己を見いだしたアンネマリーを羨んだ。
神殿に閉じ込められていたので、重責を担っているという点よりも、自由に行動できるという点に着目してしまったのだ。
閉鎖された世界にいて、視野が狭すぎたのだと、深く反省している。
そんな未熟なアレクサンドラを、私のような者こそ未熟というのです! と自分を落としてまでも救ってくれようとするアンネマリーを尊く思う。
そして。
そんな自慢のアンネマリーを妹と呼べる自分もまた、誇らしい。
「さて。準備も整ったようだし。行こうか、アレクサンドラ」
「はい。父上」
「アンネマリー。ヴェールを頼むぞ」
「ええ。お姉様が私をご指名くださったんですもの。全身全霊で挑みますわ!」
握り拳を作るアンネマリーに、バルトロメウスが笑う。
控えているメイド達も笑った。
勿論アレクサンドラも、小さくではあるが声を上げて笑った。
ディートフリートを切り捨ててから休息に世界が広がり、短期間で人ってそんなに簡単に考え方変わるもの? というレベルで、アレクサンドラは変化しております。
幼い頃の不遇故、自分を大切に思ってくれている方々を、自分も相手に負担ないようできる限り大切にしたい! と深層意識で思っていて、それがディートフリートの一件を切っ掛けにして、良い方向に開花した感じになるのかな。
下手するとお花畑になりかねないのですが、手前勝手にアレクサンドラを踏みにじって反省も後悔もできない者達には、最低限の儀礼的な対応しかしません。
また、相手に負担をかけないように大切にするという思考が、お花畑暴走には走らせないので、その辺は安心して読んでいただけばと思います。
お読みいただきありがとうございました。
引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。




