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画策する宰相

お待たせしました!

修正してもしても、誤字脱字他のミスがある気がしてなりません。

実際あることが多いので、軽く投げやりになります。

誤字の指摘は何時も本当に助かっております。

ありがとうございます。


今回は宰相です。

悪役の中では、一番処理能力が高いかもしれません。

悪巧みが大変多いですが、所謂正しい政務もこなしてはいました。




 机の上へ置かれた書類を片付けて小さく息を吐き出す。


「……ふむ。随分と減ったな」


 少し前までは軽く二山あった書類は現在、一山の半分もない。

 本来であれば仕事量が減って喜ぶべきなのだが、不快感しか抱けないのは、以前フェリックス・シリルが処理していた書類が全て皇帝の元へと届けられているからだ。


「今更……何をしようというのか……」


 目を伏せて軽く首を振ってから、テーブルの上へ幾つか並んでいる中から選んだ一つのベルを鳴らす。

 音もなく天井裏から降りてきたのは、シリルが使っている影一族の一人。


「陛下のご様子はどうだ」


「は。皇女様のお部屋で談笑中でございます」


「またなのか……」


 仕事に誠実であったが熱心ではなかったはずの皇帝は、午前中には脇目も振らず書類仕事を片付け、数時間のティータイムを皇女と優雅に取り、それ以降は厳選された人物にのみ謁見を許している。

 その、厳選された人物達の中に宰相はいない。


「何か気になる話はされておったか」


「特には」


「……本当か?」


「他の者を呼ばれますか?」


「いや、いい」


 影の一族でも次期当主に一番近い地位につけている男だ。

 簡単にはシリルを裏切らないとは思うが、エレオノーラ妃が存命であった頃と変わらぬ皇気を纏っている皇帝に心揺るがされる可能性がなくはなかった。


「談笑しているのは二人だけか?」


「いえ。エーデルトラウト様とボニファティウス様がご一緒です」


「なんだとっ! そんな報告は聞いておらぬぞ!」


「必要ないとのお言葉でした。私にも尋ねられるまで報告は無用と」


「……どういう事だ!」


 ボニファティウスは表向きの父親である皇帝にも、本当の父親であるシリルにも、女関係を除けば従順だった。

 皇帝がシリルの女関係に苦言をしたかどうかは解からないが、シリルの数え切れぬほどの忠告を超えた暴言にも、頑として聞かなかったボニファティウスだが、それ以外はシリルのどんな無茶振りにも応えてみせた。

 

 ボニファティウスはシリルの血を継いだ優秀極まりない息子だ。

 皇帝となってもシリルを重宝していると見せもせず、最優遇できる柔軟な頭も持っている。

 何より、血の繋がりは絶対で、裏切らないと、信じて疑わなかったというのに。


「私には解かりかねますれば……ボニファティウス様に直接お聞きになられた方が宜しいと」


「では、すぐに呼んでくるがいい!」


「申し訳ありませんが、できかねます。ボニファティウス様の強い要望で、アレクサンドラ様との逢瀬は邪魔せぬように申し付けられております」


「はっ! アレクサンドラの色香に迷ったのか! 無様なものだな!」


 皇族が身に着けるとは思えない貧相な衣装に加え、野暮ったいフードを被らされていたアレクサンドラは、故エレオノーラ妃と全くに似ない醜女だと長く揶揄されていた。

 が。

 皇族に相応しい装束を身に纏い、顔を隠さぬようになってからは、実母エレオノーラとは性質は違うが勝るとも劣らぬ美貌の持ち主だと賞賛されている。


 何度かすれ違いはしたので、そうと勘付かれぬよう熱心に観察して、男を狂わせる類の美貌だと看破していたが、シリルの好みではなかった。

 何の落ち度もない正妻を愛人に下げて、輝かしい宰相正妻の地位を与えてもいいと思う程度には、評価しているが。


「……ボニファティウス様が女性の色香に惑わされる日は永遠に来ないかと思われます。女性を疎んでいる御方でございますれば」


「なんだと?」


「余計な事を申しました。逢瀬が終わりましてすぐに、お言葉をお伝えいたします」


 女狂いのボニファティウスが、女を疎んでいるとはどんな謎かけだと問いかけようとしたが、扉を乱暴に開け放って入ってくる人物のせいで、叶わなかった。

 

 素早く天井裏へ消えた影の気配など本来なら簡単に察知できねばならない筈の男は、別人のように酷く取り乱している。


「宰相殿! 匿って下さいっ!」


 品はないが実力は確かにあった男。

 しかしその実力は傲慢過ぎるが故に正統に評価されていなかった。

 遠回しに指摘するも、この態度こそ自分に相応しいと鼻で笑うほど愚か極まりなかったニコラウス・ボットが、顔色を白くしてシリルに縋りついてくる。


「匿って、とな?」


「そうです! 魔導師育成学園長及び宮廷魔導師長の地位を剥奪されました挙句に、屋敷を含む資産全てはバッヘルに差し抑えられました!」


「バッヘルに、か?」


 シリルに上手く踊らされてカルラ・ツィーゲとの間に子を作った癖に、変わらず皇帝の信頼が厚い男の名前が上がり、胸の内で大きく舌打ちをする。


「どこへなりとも行かれるがよい! と言われたが、どこへも! どこへも行けぬのだ! こ、国外への逃亡も叶わなかった」


「何故、国外逃亡など……」


「この国にいても破滅するだけだ。皇女に……皇女様に不敬を働いた罪で、死よりも悍ましい断罪がなされてしまうっ! だから、国外ならその力が及ばないだろうと、転移しようとした! しようとしたのだがっ!」


 ボットはテーブルの上へ腰にぶら下げていた袋の中身をぶちまけた。

 夥しい数の使用済み転移石だった。


「資産を掻き集めて入手した転移石を使ったが、どれほど強力なえにしある国への転移も叶わなかった。石はきちんと発動している。だが! だが!」


 大きく首を振り、髪を掻き毟ったボットがシリルを凝視する。

 血走った瞳には怯えが酷く強い。


「転移先ではなく、転移元へ転移しているのだ……」


「……それは、有り得ぬぞ?」


 追い詰められているボットが感知できなかったか、認識を違えたのか。

 いずれにせよボットに非があるとしか考えられない。

 魔法に詳しくはないシリルでも指摘できる、魔法の概念を覆す系統のおかしさなのだ。


「本来ならば、有り得ぬ。が、神罰ならば有り得るのだ……有り得るのだ、宰相殿……」


 ボットはシリルの足に縋りついて懇願を繰り返す。


「助けて下さいっ! もう私は宰相殿におすがりするしかっ!」


 混乱を極めているボットに正論を重ねても時間の無駄だろう。

 だからといって、どうやってここまで入り込めたか解らないが、王宮内の宰相室に居座られても困る。


「神殿へ行かれてはどうか?」


「神罰を受けている身で、どうして神殿が匿ってくださるのですかっ!」


「そうは言うがな? 本当に神罰を受けておるならば、私如きが匿い切れるはずもないだろう。 神殿は神罰を受ける者をも助けるから、神殿なのだと思うぞ。あちらにはゴットホルト神殿長もおられる。今は神罰を少しでも和らげるように神に祈るのが一番ではないのか?」


 神罰があるというのなら、シリルの身にも何やら起きていいだろう。

 仕事量が減ったのが神罰だとしたら、皇帝の思惑とは無関係なのだ。

 むしろありがたいと感謝したい。


「そ、それで許されるでしょうか?」


「神の御心は私には解からぬ。けれど逃げ続けるよりは余程良策と思うぞ」


「で、では神殿へ連れて行ってください!」


 一人で行け! と言いたいところだが、宰相室を出た途端引っ立てられる可能性もなくはない。

 そうなれば余計に混乱を極め、シリルやゴットホルトの不敬までぺらぺらと自白してしまう可能性も否定できなかった。


「……人を呼ぶとしよう。そこに座って少し落ち着かれるがよい」


「あ、ああ」


 室内を見回して断りもせずに、隅に置かれているワインの封を切り、一気に呷っている。

 味に興味のないボットは、手にしたワインがどれほど質良く高価な物なのか解ってもいないのだろう。

 勿体ないと思うも、腹を立てる方が愚かなのだ。

 必要経費と割り切って、誰を呼ぼうか思案する……までもなかった。


「失礼、致します。宰相殿は、おいででしょうか」


「フェルディナント様っ!」


 ぎこちないノックの後で、巨体を揺すりながら入ってきたのはゴットホルトの息子。

 双子の片割れのフェルディナント。


「側室様が、神殿へ篭られる、ので。ご挨拶を、と……」


「フェリックス様っ!」


 巨体の後ろから、ツィーゲが飛び出してきた。

 豊満な身体に濃い化粧。

 装飾過多の豪奢な衣装に王家の秘宝である宝飾品まで身に着けている。


 如何な理由であったとしても神殿へ向かう格好ではなかった。


「……んぅ? ニコラウスもおったのか……」


「は、はいっ! わたくしめも、カルラ様とご一緒に、神殿で神におすがりさせて頂く所存でございます!」


「カルラと、気安く呼ばないで貰いたいものじゃな。わらわを助けもせず、一人で逃げた不敬者が!」


「も、申し訳もございませぬっ!」


 取り乱してワインを絨毯の上へ派手に零し、グラスまで割りながらも床へ這い蹲って謝罪するボットの無様な姿に、満足げな微笑を浮かべたツィーゲが、はち切れんばかりの巨乳を押し付けながら、上目遣いでシリルに強請る。


「のぅ、フェリックスよ。わらわを神殿までエスコートしてくれるな?」


「それは、難しいでしょう。側室様。今、宰相殿に神殿へ来られると、余計な誤解を抱かれるので、来ないで欲しいと、神殿長がおっしゃって、おられましたゆえ」


「わらわの愛しい息子よ。フェルディナントよ。そのようにつれない事を申すでない。わらわはフェリックスと共に神殿へ参りたいのじゃ」


「致しかねます、側室様」


 息子に色気を振り撒く羞恥も持てないツィーゲに、何の感情も抱かないらしいフェルディナントは、淡々と拒否をしながら佇んでいる。

 最もフェルディナントは、双子の姉シルビア以外は全く興味がないようであったが。


「カ! ……ツィーゲ様。これ以上皇帝を怒らせると、即座の断罪も有り得ますれば……どうぞご理解いたしますよう、お願い申し上げ……」


「うるさい! うるさい! お前の魔法でどうにかせよ!」


「……大変光栄な申し出でございますれば、そろそろボニファティウスが報告にやってくる時刻です。ここは、ボット殿とご一緒に。フェルディナント様の先導にお任せくださいませ」


 痴話喧嘩のようなやり取りに無駄な時間を割く必要性も感じられないし、鬱陶しい。

 ツィーゲが蛇蝎の如く嫌っているボニファティウスの名前を出せば、自分のやっている醜態を棚に上げるのが殊の外に得意なツィーゲは、胸を押し付けながらフェルディナントの背後に縋った。


「あ、あれはおかしい! 我が息子とは思えぬ! わらわは息子の子を産むほど恥知らずではないわ! さぁ、フェルディナント。早く、今すぐに、神殿へ行こう!」


 本人が本気でツィーゲに恋い焦がれ口説いたならば、実の子であろうと構わず享楽に耽り、子を孕む程度の醜聞を繰り返すだろうとは、頭の中だけで嘯いておく。


「それでは、宰相様。失礼、いたします」


「わ、私も連れて行ってください! フェルディナント様っ!」


 神殿の者が着る白一色の貫頭衣。

 ゆったりしたはずの衣装を肉ではち切れんばかりに膨張させながらもフェルディナントは、徹底的に躾られた神殿の者らしく優美に頭を下げると、ツィーゲを背中に纏いつかせたまま部屋を出た。

 ボットもそれに続く。

 ツィーゲ同様に暇の挨拶すらなかった。


「似た者同士としか言えぬな!」


 知能が拙いと揶揄されるフェルディナントより、余程頭の足りない行動だ。

 一応国でただ一人の、それも正室がいない側室と、国で一番と謳われたはずの宮廷魔導師なのだが。


「宰相様……」


「どうした?」


 三人の気配が完全に消えたのと同時に、影の者から声がかけられる。


「伝言を致しましたところ……ボニファティウス様は、報告する事など何一つない。話が聞きたいのであれば、自室まで足を運ぶようにとのお言葉でした」


「なんだとっ!」


「皇女様に弟だと認めて頂けたので、貴様に下げる頭はないともおっしゃられました」


「ばかなっ!」


 ボニファティウスがアレクサンドラを敬愛していたなどとは、信じられない。

 ただ、弟であると認められた、それだけで、シリルを裏切るなど有り得ない。

 シリルと違いアレクサンドラは、血が繋がっていないのだ。


「皇帝陛下は、皇女様がそうと認めるならば否定はしないとの仰せでした……ただ……」


「これ以上まだ、何かあると言うのか!」


「……次期皇帝については、全てを明らかにしてからの話であると。その準備も既に完了しているとの、仰せでございます」


「貴様っ! まさか! 陛下の御前に姿を晒したのか!」


「名を、呼んで頂きました。背筋が凍る想いとそれ以上の……この上もない歓喜を頂戴いたしました」


 シリルは男の名前など知らなかった。

 知る必要もないと思っていた。

 影の一族の信を得るためには、名を名乗らせるのが唯一の儀式だと知っていても。


「……影の一族は、子が生まれると一度だけ、陛下にお目通りが叶います。子の数は多く、活動できるまで育つ子は希少です。たかが、影の子の名を……覚えて頂けていたとは、夢にも思いませんでした」


 初めて聞く、喜色に満ち溢れた声音。

 影にも喜びの感情があったのだと、思い知らされた。


「今の時を以って、私は陛下を最優先とする影とあいなりました。それでも宜しければ……今までのように何時なりともお呼び下さいませ」


 皇帝に情報を筒抜けさせる影を、どう使えと言うのか。

 偽の情報でも流せと?

 それを許すほど、この影は愚鈍ではないというのに。


「どこへとでも、いねっ!」


 影は当然、暇の挨拶などせずに、消え失せた。


「どいつも、こいつもっ!」


 シリルは叫びながら握り締めた拳で机を叩く。

 書類が数枚浮かび上がって絨毯へ滑り落ちていった。


「このままボニファティウスの元へ行っても、どうにでもなるだろうが……情報が足りぬな」


 所詮は井の中の蛙。

 いきなり自我を主張したとしても、老獪なシリルに都合良いように操られるのがボニファティウスの運命だ。

 焦る必要もない。


「ボニファティウスではないが、女で憂さを晴らしてから会うとしよう……ボニファティウスを通じれば、上手く陛下に謁見できるかもしれないしな」


 迅速に気持ちを切り替えたシリルは部屋を片付けさせるためにベルでメイドを呼んでから、久しぶりの帰宅となる屋敷へ向かった。



「なんだ、その格好は!」


 執事メイドが頭を下げ続ける中で、シリルは妻・ガブリエーレを怒鳴りつける。


「いきなり、なんですの? 大声を上げるのは止めて下さいませ。下品極まりありませんし、皆が怯えますわ」


「なっ!」


 シリルに対して常に従順であったガブリエーレとは思えない暴言だ。

 ガブリエーレは一度たりとも、シリルを否定する言葉など口にしなかったというのに。


「お話がありますの。喫茶室へいらして」


「私は話なぞないっ!」


「ですから、大声を上げないで下さいと、お願い申し上げておりますのに……八つ当たりに犯されるのは、もううんざりですの。と言うか、二度とご免ですの!」


 清楚を極めた容貌に淫らな衣装を着せていたのはシリルの趣味だ。

 だが迎えに出てきたガブリエーレは、顔以外は隠し尽くした衣装を身に纏っている。

 顔の印象も違うので、ろくに化粧をしていないのかもしれない。

 衣装の件は貞節な貴族夫人らしくはあるが、化粧はらしくもなかった。


 何かを画策しているにしても、ちぐはぐすぎて、シリルはガブリエーレが何を考えているか見当もつかなかった。

 最もガブリエーレが何を考えているのかなんて、勘繰ったのは初めてだったから無理ないのかもしれない。

 ガブリエーレは何時だって、シリルの思う通りに振る舞ってきたのだから必要なかったのだ。


「コーヒー、だと?」


「ええ。わたくし。ミルクをたっぷりいれた砂糖抜きのカッフェが大好きですのよ」


「私の分はどうした!」


「お好きにご注文なさったらいかがかしら?」


 コーヒーの独特の匂いが鼻をつく。

 紅茶の芳醇な薫りでは消し尽くせないだろう。

 シリルはワインを用意させる。


「こんな時間から、お酒ですの? お仕事が心配ですわ」


「女が仕事に口を出すものではない!」


「まぁ! 怖い怖い」


 子供の悪戯に対する揶揄う物言いに頭を沸騰させながらワインを一気に飲み干す。

 芳しい香りは僅かにシリルを慰めた。


「こちらをお受け取りくださいませ」


「これ、は?」


「離縁状の、写しでございます。原本は既に提出済みですわ」


 離縁状は基本的に夫婦双方の合意があり、直筆の署名があって有効となるものだ。

 無論例外はあり、どちらかに夫婦生活を送るにあたり著しい問題があれば、第三者を通して協議する場合もある。

 また犯罪者の烙印が押されたならば、神殿で冤罪か否かの判定後、冤罪でなければ一方的な離縁が可能だった。


 この場合、シリルが犯罪者であるから、勝手に離縁状を出した、と周囲には受け止られてしまう。


「私が、どんな罪を犯したと言うのか!」


「国家反逆罪ですわ」


「馬鹿、なっ!」


「ボニファティウス様は、ツィーゲ殿とシリル殿の御子でございましょう?」


 ボットに目利きをさせた高性能な魔道具を使って、秘密がばれない手配に抜かりはなかったはずだ。

 精神系の魔法に長けたゴットホルトも、全く問題ないと断言したというのに。

 

「生家・ボクスベルク家は代々忠義の家系ですわ。陛下に仇なす存在の情報を見落とすはずもありませんのよ」


 ガブリエーレは甘やかに微笑んだ。

 行為の後に決まって見せる笑顔だった。

 見惚れるしかない微笑はどこまでも美しい。


「陛下がお心を決めたと伺いましたわ。ですからもう、シリル殿の側に居る必要はありませんの。子供達は勿論連れて行きますわよ? 皆私の可愛い可愛い子供ですから」


「許さん! 離縁というのなら、貴様一人で出て行くがよい! 私の子は誰一人渡さんぞ!」


 長男を筆頭に、三男三女に恵まれた。

 性格は違えど、皆文句の付け所がない優秀さを持っている。


 子沢山で有名な血統故にボクスベルク家の娘を娶る競争率は高かったのだが、どうにか次女であるガブリエーレを手に入れることができた。

 元々は幼馴染を婚約者に持つ長女を希望したのだが、にべもなく拒絶されたので、更なる攻勢に出ようとしたところで、次女本人から、私では駄目でしょうか? との申し出があったのだ。

 才色兼備と名高い長女ではあったが、外見も性格も次女の方が好ましかった。

 控えめな性格とのことで、社交界には知れていなかったが、調べさせれば父や兄をどこまでも立てて内助の功が素晴らしいとの情報が上がってきた。

 家庭教師の数人から直に話を聞いても、慎み深く人の心を掴むのに長け、どこまでも相手を思って真意を尽くす素晴らしい女性でございますと、賞賛しかなかったので、正妻に据えようと決めたのだ。


 貴族の嗜みとして愛人は何人かいたが、後継者問題で揉めたくはなかったので、避妊は徹底させた。

 愚かな行為を考える者もいないではなかったが、何時の間にかガブリエーレが諭して上手く子を孕ませなかった。

 正妻の矜持は当然として、シリルへの愛情があったからこそ、控えめな性格にも関わらず自ら声を上げて嫁ぎ、説得で以ってとはいえ愛人を排除したのだろうと、信じてきっていたというのに。


「シリル殿のお子は、ボニファティウス様だけですわ。私の子は……全員私が心底愛する方とのお子ですのよ。シリル殿と離縁後は間を置かずに一緒になる準備も全て整っておりますわ!」


「何を馬鹿な事を言っているのだ? 神殿で私の子として洗礼を受けておるではないかっ!」


「最高峰の魔道具をシリル殿しか持てないとお思いですの? 洗脳魔法に長けた方は、表舞台には出てこられないのだと、ご存じなかったみたいですけれど。高位の貴族ともあれば、普通は向こうから縁を繋いできますのよ?」


「……本当に、私の子ではないのか?」


 宰相の仕事が忙しく、ガブリエーレの、どうぞ、お褒め下さいまし、の言葉に、もっと頑張るがいい! と何度も言葉を与えた。

 幼いながらも色々な分野で活躍を欲しいままにしている自慢の子供達だった。

 

 そういえば子供達はシリルを、お父様やお父上ではなく、宰相様と呼んでいた。

 陛下に一番近い所でお仕えできる尊い御身だと敬愛させるためですのと、ガブリエーレは言っていたけれど。

 本当はただ、父上と、呼ばせたくなかっただけではないのか。


「ええ。違いますわ。必要な方々は皆ご存じですのよ? 子供達も知っておりますわ」


「なんだと!」


 今までで一番大きな声を上げてから、愕然とする。

 恥知らずなツィーゲと同じではないかと。

 あの女も、望まない子らに己の父親が皇帝でない秘密を早々に暴露していた。


「側室殿とご一緒にしないで下さいませ! 子供達は皆、どんなに頑張っても結果を残しても褒め言葉一つ与えない貴方を、父親と思いたくないと言っておりましたのよ!」


 宰相様は、私がお嫌いですか? とは長男が。

 どれだけがんばったら、ほめてくださいますか? とは次女が。

 

 そういえば、全員に似たような質問を投げかけられた記憶がある。

 その時シリルは、何と答えたのだったか。


「どんな気分でございましょうねぇ。見下して止まない女の掌の上で、無様なダンスを踊らされていたのだと教えられるのは。恐らくは……想像を絶する、屈辱でございましょう。皇帝陛下に不敬を働いた者の末路にふさわしいものだと、そうは思われませんか?」


 ぶるぶると震える拳を振り上げて、ガブリエーレを殴ろうとするも執事に止められる。


わたくしを含め全ての使用人は、ガブリエーレ様に着いて参ります。明日より移動を開始いたします故、ご理解くださいませ」


「本当なら今から即時にと申し上げたいところですが、皆の都合も考えねばなりませんの。シリル殿も私達になぞ構っておられても時間の無駄ですわ。仕事の出来る宰相様でございますれば、新しい召使いの手配でもなさったらいかがかしら。遠くはない未来に、宰相室からも追放されますものねぇ」


 不敬が公になれば当たり前の対応だというのに、今の今まで一度たりとも考えなかった。

 シリルの考える通りに進んでいて、これからも望んだままに行き着けるのだと、思い込んでいたからだ。

 

「皇帝陛下及び皇家への揺るぎない忠義故、不忠義者の血をこれ以上残してはならぬと、大切な者達は揃って理解してくれていたとはいえ、シリル殿の妻である時間は苦行以外の何ものでもございませんでしたわ。特に閨は最悪でしたの。ご存じなかったと思いますが、私、シリル殿では一度も女の喜びを味わえませんでしたのよ?」


 男としての矜持まで切り捨てられるとは思いもしなかった。

 淫らに喘ぎ悶える様が、全て演技だったとしたら。

 閨でのガブリエーレは完璧にシリル好みだと自負しており、そうと口にもしていたシリルをガブリエーレはどれほど滑稽に感じていたのだろう。


「お得意の稚拙な画策で、頑張りなさいまし。皇帝陛下に不敬を働くと決めた時点で、シリル殿の人生は終わっていたのですから、今更何一つとしてシリル殿の思う通りにはなりませんでしょうけれども。最後の最後まで足掻いて下されば、ボクスベルク家一同の溜飲も下がると言うものですわ」


 このまま優雅にティータイムを堪能するらしいガブリエーレは、豪奢なドルチェフォールを持ち込ませている。

 シリルの前では僅かばかりのスイーツしか食べなかったのだが、もう何一つ偽る必要もないのだろう。


「……シリル殿を父と思っておらぬ子供達と、顔をあわせたくありませんでしたら、急ぎ、退出なさってくださいませ」


 まだガブリエーレから聞き出せる情報は少なくなかっただろうが、想像を絶する衝撃を受け続けたシリルは、愛して愛されていると思っていた子供達に、冷ややかな対応をされるのに耐え切れる自信がなかった。


 言いたい事は山ほどあれど、何一つ口にできなかったシリルは、血が滲むほど唇を噛み締めて、足早に屋敷を後にした。



 自分に不利益があった時は、迅速に手配をせねばならぬと。

 知っていたからこそ、素早い行動を怠らなかったシリルは。

 自分の手に余る事態に初めて、何時も通りの宰相でいられなかった。


 いられなかったが故に。


 二度と己の思い通りにできもせず、シリルが欲していた全てを失う破目に陥ってしまったのだ。





悪役はかなりの確率で血筋に固執しているようです。

自分が都合良く使える優秀な分身、と思い込んでいる感じですね。


宮廷魔導師長の時も逃げ場をどんどん失われる描写をしようか迷いましたが、今回もボニファティウによって、更に叩きのめされる宰相を書こうか迷いました。

迷った一場面は、一応ストックしています。


次回は、滂沱する第三騎士団長三女、の予定です。

どこまでもどこまでもお花畑のままなクラディアを書き切りるのが目標となっています。


お読みいただきありがとうございました。

引き続きお読みいただけたら嬉しいです。





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