表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/26

沈黙の皇女

 新しい話を始めました。

 大好きな婚約破棄ものです。

 鉄板の設定とは違いますが、楽しんで貰えたら嬉しいです。


 他にも連載作品がありますので、全部合わせて週一程度の更新になると思います。

 

 珍しく事前通達のない婚約者の訪れに、アレクサンドラ・アーレルスマイアーは何時の間にか皇女専用と決められてしまった、神殿内で一番小さな面会室に足を運ぶ。

 年々質が悪くなったせいで視界が覚束なくなったレース越しからも数多の不躾な視線を感じられたが、何時もの事なので歯牙にもかけず静かに面会室の扉を開ける。

 テーブルの上に投げ出された無作法な足に、心の中で嘆息しつつも対面に腰を下ろした。


「事前申請しなくて悪かったな!」


 不機嫌な声音も大きすぎる音量も常なので気にはならない。

 だが、誰もが見惚れる銀色の髪に艶がなく、萌えるような紅の瞳が澱んでいるのが心配だった。

 若くして第一騎士団長を務めるディートフリート・ヴュルツナーの気苦労は少なくなかったのだ。


「……どうぞ、お気になさらず」


 ストレートに心配だと告げても素直でないディートフリートは己の悩みや疲れを見せないので、アレクサンドラは背筋を伸ばして言葉の続きを待った。

 幼馴染でもあり、婚約者でもあるディートフリートの本質を、アレクサンドラはきちんと理解している。


「惚れた女に子供ができた。婚約破棄をして欲しい!」


 顔を上げて憎しみの色濃くアレクサンドラを射抜きながら言い切ったディートフリートの、言葉の意味が解らず沈黙を重ねる。


「物心つく頃から、辛気臭いお前の婚約者にさせられてよぉ。身分の関係でこっちから破棄なんざできゃしねぇし。邪険にしてりゃあ、そっちから破棄してくるかと思って、らしくもねぇの承知で、ちまちまちまちま腐った女のような無様な真似も散々したけど、お前。破棄しねぇし!」


 狂気の皇帝と恐れられる父の独断で決められた契約を、後妻に殺されかねないと幼い頃から神殿に預けられ続けた娘の立場で。

 それほど希薄な繋がりで。

 どうして、自ら契約の破棄などを願えたというのか。

 武勲も高く皇帝の信頼も厚いと噂のディートフリートの訴えなら皇帝は、嬉々として許したに違いないというのに。


「普通に接するのが俺様しかいねぇのかもしれねぇけどよ。鬱陶しいんだよ! その辛気臭せぇベールを外しもしねぇで。どんだけブサイクを隠したいんだっつーの」


 頭をすっぽりと布で覆い隠しているのは、黒髪を見られないため。

 ベールを外せないのは、黒目を隠すため。

 永遠の巫女姫と呼ばれながらも若くして亡くなった実母と、同じ色なのが見るも耐えられぬと皇帝が厳しく禁じたためだった。


「誰でも選べる立場にありながら、お前みてぇな屑を押し付けられて、俺様の人生は真っ暗だったぜ!」


 ただ一人、面会が許されていたディートフリートは、幼い頃から定期的に通ってくれた。

 こっそりと持ち込み禁止の菓子と共に訪れて、外での、アレクサンドラが知らぬ世界の話を面白おかしくしてくれた。

 皆に疎まれる日々の中で、きっとお前の良さが理解される日が来るさ! と、ただ一人励ましてくれた、唯一の存在だった。


 しかしそれは、ディートフリートの努力と我慢の賜物である偽りであったらしい。


「でも、それも今日までだ。俺様はあいつと結婚する。腹が目立つ前に式をあげるつもりだから、今すぐに婚約破棄を申し出るんだぞ。わかったな!」


 アレクサンドラはベールの中で数度瞬きをすると、ディートフリートの前に、面会の時だけつけていたシンプルな指輪を外して置く。


 婚約指輪じゃねぇけどよ? まぁ、指輪の一つぐらい持っててもいいんじゃね? と、幼い頃にくれた物だ。


 人から貰った、形が残る唯一のプレゼントだった。


「へぇ? まだ持ってたんだ、こんな安物! でもまぁ……ワイン代ぐらいにはなっかなぁ」


 無造作に指輪をポケットに突っ込んだディートフリートは、耳障りな音をたてて席を立った。


「じゃあな! とっとと破棄させろよ! そうしたら、ご褒美に……そうだな。俺とあいつの祝福をさせてやるよ。そうすりゃあ、久しぶりに外、出れんだろ! 優しい俺様に、一生感謝しろよ!」


 すっかり気を良くしたらしいディートフリートが、鼻歌を歌いながら部屋を出てゆく。

 アレクサンドラがその背中を凝視していたのにも気付かなかっただろう。


 望んだ婚約でなかったのは、アレクサンドラも同じだ。

 幼い頃は横暴なディートフリートに振り回されてよく怪我もした。

 酷い物言にはなかなか慣れずに、涙が溢れるほど胸を軋ませた。

 また、天才であるが故に言葉が足りないディートフリートの仕事上のフォローとして幾度となく庇ってもきた。

 疎まれているとはいえ王族の懇願は絶大で、本来なら粛清されるレベルの問題を処理した例すらあったのだ。


 それでも、気まぐれにでも優しくしてくれたから。

 彼だけが、自分と向き合ってくれたから。

 少しでも応えたいとそう思って、実践してきた、けれど。


「もう、いいでしょう」


 いらぬというのなら、私とていらぬ。

 捨てるというのなら、私から捨てる。

 

 アレクサンドラを従順に神殿へ仕えさせていた理由は、今、なくなってしまった。


 息苦しいだけの重いベールを外し、頭に巻いていた布を全て解くと、アレクサンドラは真っ直ぐに前を向いて部屋を後にした。


 皇女の覚悟編です。

 今の所、皇帝(皇女実父)、帝王(皇女新婚約者)の話まで書いています。

 その後は、宮廷楽師(元婚約者の想い人の婚約者。ややこしい)、側室(皇帝の側室。ビッチ)、元婚約者、元婚約者の想い人、側室の浮気相手などの話を考えています。

 

 次の更新は予定通りですと、この話→最愛の続編→新作→次の更新な感じになっていますので、一ヶ月後くらいかと思います。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ