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私が見た夢

春の嵐

作者: 東亭和子

 こんな夢を見た。


 私は一人の女だった。

 私は人妻だった。

「今日は嵐がやってくるんですって!」

 私は天気予報を見て夫に告げた。

「この春のうららかな日に?

 じゃあ早く帰って来ないとな」

 夫は笑って言った。

 夫は明るい人だ。

 私達は幸せな夫婦だった。

 そう、彼に会うまでは。


 彼に出逢ったのは偶然だった。

 少なくとも私はそうだった。

 人ごみの中、とても困っていたのに気付き、声をかけたのだ。

 彼は私を見て驚いた顔をしていた。

「どうかしたのですか?」

 私は不審に思い、彼に聞いた。

「いいえ、私の婚約者にとても似ていたので驚いたのです」

 彼は寂しそうに笑った。

 そうして、もういないのですが、とつぶやいた。


 その言葉が、彼の表情が胸に突き刺さった。

 痛くてたまらない。

 どうしてなのだろうか?

 私はいつの間にか泣いていた。

 どうして悲しいのか分からなかった。

 ただ、悲しくて悲しくてしかたなかった。

 そんな私を彼は慰めてくれた。

「すみません、見ず知らずの人にこんな醜態を」

 私は恥ずかしくなり、謝った。

 本当にどうかしている。

 知らない人の前で泣くなんて。


「お気になさらず。

 何かを思い出されたのでしょう」

 泣きたいときは泣けばいいのです、と彼は言った。

 その言葉をどこかで聴いたことがあった。

 誰かが口癖のように言っていた言葉だ。

 誰だろう?

 夫だろうか?

 いや、違う。

 夫はそんなことを言う人ではない。

 では一体誰の言葉なのだろうか?

 私は思わず彼を見つめた。

 胸がざわつく。

 なぜだろう?

 私は彼を知っている気がした。

 どうしてそんなことを思うのか、分からなかった。

 でも私は確信していた。


 私は彼を知っている。


 彼の仕草も、言葉も、声も、知っているのだと。

 私は愕然とした。

「大丈夫ですか?

 顔色が悪いですよ?」

 心配そうな顔をする彼。

 少し首をかしげて顔を覗きこむ仕草。

 私は思わずつぶやいていた。

 彼の名前を。

「…思い出したの?」

 彼は驚いた顔をして、そっと私の手を握った。

 私は頷いた。

 なぜ、忘れていたのだろう。

 もっとも愛しい存在を。

 私と姉はよく似ていた。


 その姉が亡くなったのが半年前。

 姉の夫は悲しみから抜け出すことが出来ず、私を姉の身代わりとした。

 私は記憶を奪われたのだ。

 だから忘れてしまっていた。

 私は彼の手を強く握った。

 もう二度と離さないように。

「今日は嵐が来ると言っていたわ。

 あなただったのね」

 私はそう言って笑った。

「行こう」

 彼の言葉に私は頷いた。

 嵐、と私が彼の名前を呼ぶと、彼は嬉しそうに返事をした。

 そうして私は嵐と共に姿を消したのだった。


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