ストレス製造機をノイローゼに追い込むまで
友達ってなんなんだろう。そんな青春臭いことは言いたかないけど、私の体調を狂わせるそいつらとは友達でも何でもない。
「律。今度の土曜に早紀達とカラオケ行かない?」
「あ、ごめん。試験近いし勉強したいから」
声を掛けてきたのは、今年同じクラスになった智花。顔はそれほど可愛いってわけじゃないけど、何かと積極的で顔が広い。
「また勉強? いいじゃん、別に今じゃなくても。中間まで2週間もあるのに」
私は3週間前から対策をしたい派なんだよ。
「ごめん。今度範囲広いし、心配だから」
それにカラオケに行ったところで、自称歌うまらしい智花の引き立て役にしかならない。音楽の授業ですらもの凄いストレスなのに、あんな密室でダメだしされるとか耐えられない。
「わかったー。じゃあまた今度ね!」
納得してくれたようで何より。
「はぁ。マジ疲れたわ」
隣の席から聞いて聞いてオーラが凄い。先週の席替えで隣の席になった智花が、これ見よがしにため息をつく。一応日本人なので、嫌な予感しかしないけど相槌を打つ。
「どうしたの?」
すると案の定、智花は作った表情で喋りだす。
「いや、彼氏の束縛が酷くてさ。ヤンデレなんだよね」
「へぇ。大変そうだね」
私はまず、君に彼氏がいるのか疑ってるんだけどね。イケメン設定だし(我ながら酷いw)。イケメンのヤンデレ彼氏とか、どこの乙女ゲーww
「去年の夏休みとか監禁されたし」
へぇーー。その怯えた表情、作り物ってバレバレですよ。優越感にじみ出てるし。
「ま、私は束縛されても構わない派だけどね」
「え! 律、束縛されたいの!? 結構キツイよ? 女子と喋ってても嫉妬されるし、男子と仲良くしたら相手殺すとかゆうし」
話に乗ってやったのに、会話の主導権はにぎらせたくないらしく、やたら上から目線でアドバイスをかましてくる。それもう自慢だよね?
「まぁ、愛されてるってことだよ」
と、私に言わせたかったんだろう? 見え見えなんだよ。
「ちょっと重いんだけどね」
そうそう、笑っとけ。色ボケしてろ。
「あ、律また勉強してるー」
当たり前だろ、ここ学校だぞ。勉強してて何が悪い。
「智花もそろそろ始めたほうが良くない? 志望校のランク高いんでしょ?」
そう、智花は有名大学を志望している。が、学力は伴ってない。その割には危機感が見られないんだけど。
「今からやっといたほうがいいよ」
「なに? 遊んでる暇ないって言いたいわけ、律は」
「いや、そういうわけじゃ」
まぁ、ぶっちゃけそういうことだけど。
「前から言いたかったんだけどさぁ……」
その言葉嫌いなんだよね。言いたかったならその時言えばいいし、言えなかったんならこの先ずっと胸に秘めてろよ。
「律って私のことバカにしてるでしょ? 頭いい癖に、志望校は三流私大だし。これ見よがしに勉強するし」
いや、これ見よがしにはしてないからw
「まぁ、バイトも部活もしてないから成績良くて当たり前なんだろうけど? 言っとくけど、勉強ができるだけじゃ社会にでられないよ? 律って井の中の蛙だよね」
なにその暴論w 確かに私のコミュニケーション能力は著しく低いけどさ。学歴なければまず職に就けないんじゃない?
「はは。そうだね。私そんなに大きな目標とか持たないし」
ま、そんなことは言わないけど。笑って流せ。胃に穴開きそうだけど。
「律って世間知らずだからマナーとか知らなそうだよねー」
まだ来るかコイツ。
「うち、親戚皆高学歴だから小さいころからそう言うのうるさかったんだよね。茶道とかテーブルマナーとか習わされたし」
また自慢かよ。
「凄いね! うちは一般のサラリーマン家庭だから、そう言うの無縁だわ」
私の上に立ててよっぽど嬉しいのだろう。智花の私を見下した視線が、私の体調を蝕む。
あぁ、吐きそう。
「ま、うちは普通じゃないから」
もうまんま自慢じゃねぇか。隠そうとする努力はしてくれ。
「ごめん。ちょっとトイレ行ってくる」
限界が来ていた私は、ハンカチで口元を抑えトイレに駆け込んだ。
「お……ぇ。ごほっ、げほっ」
ひたすら胃の中のものを吐き出す。最近この繰り返しだから、体重が減る一方だ。それはまぁ嬉しいんだけど。意外と効果的かもね、ストレス式ダイエット法ww
「おい、また吐いたのか?」
女子トイレから出ると、心配と怒りがない交ぜになってちょっと愉快な顔になっている私の恋人がいた。
「ん。大丈夫だよ、もう慣れた」
「慣れたらヤバいだろ。やっぱり病院行ったほうがいいんじゃないか? カウンセリングだけでも受けたほうがいい」
夏樹は幼馴染で、まぁいわゆる彼氏でもある。結構なしっかり者だから、親が忙しい時は夏樹に通院の付き添いをしてもらっている。
「次、病院の日来週でしょ? その時でよくない?」
「お前が面倒臭がるなよ。そんなにストレスなら、距離置けばいいだろ」
だって席隣なのに、どうやって距離置けって言うんだ。
「女子にはいろいろあるんです。ここで耐えないと最悪ハブられる」
「じゃあせめて言いたいこと言えば良いだろ。ストレスためないように。律、よく毒吐くし。この際再起不能にしちまえば?」
んー。それも良いかもな。私だって被害被ってるんだし。
「じゃあそうする。なに言って心折ろうか、ワクワクする」
思わずにやけてしまう分には、私も性格が悪い。
「彼女の一番可愛いところが、人をいたぶるときの笑いって。我ながらいかれてるな」
そうは言っても、眉を下げて『仕方ないなぁ』って笑ってくれる夏樹は結構大人だと思う。
「んじゃ行ってくる! ありがとう夏樹」
さぁ、反撃開始だ。
「ちょっと待って律」
「ん? 何ー?」
腕を掴まれて振り向くと、でこに夏樹の唇を押し当てられる。
「がんばれ」
フリーズする私の頭を笑いながら掻き混ぜ、夏樹はトンと背中を押した。
「いってらっしゃい」
まだクスクス笑ってやがる。
「この、変態がーー!」
柄にもなく赤くなりながら、廊下を爆走した。
「あ、お帰り律。大丈夫だった?」
よーし。どう料理してくれようか。
「うん。大丈夫」
君のせいで吐いてただけだから。
「次の時間、実力テストの結果返されるらしいよ。やだなぁ、英語以外自信ないw」
自信ないw じゃねぇよ。でも、ナイスタイミングではある。きっと私を貶す発言をするはずだから。
「佐伯律。うん、問題ないな。英語あと少し頑張ろう」
私の結果が返されると、案の定隣から例の質問が来る。
「どうだった? ランク何?」
どうせ良いんだろ、という中に意外と自分の方が上かもな、という自信が漏れ出てる。いろいろとわかりやすいな。
「私、英語がS3だったー。今度の言うほど難しくなかったんじゃん?」
多分、智花は先生の声が聞こえていたんだろう。
『英語あと少し頑張ろう』
私の返答なんて分かってるとばかりにドヤ顔の上から目線だし。まぁ、そのほうがこっちとしてもやりやすいから良いんだけど。
「英語はS2だった。国語と数学はS1なんだけど。英語は苦手で……」
智花の顔が歪んでいく。プライドを気付つけられたのだろう。曰く、家の教育方針で3歳から英会話を習っているらしいから。
「へ、へぇ。すごいじゃん、律。でも、テストで点が取れても実際に喋れないと意味ないけどね!」
とんだ負け惜しみだ。
「そうだね。でも日本から出るつもりないし、大学に入れるくらいの英語が使えればいいかなって」
「でも、英語くらい喋れないと社会に出られないよ?」
はい、出たーw そんなに私を貶したいか。
「でも、まず大学に受かる学力ないと就職も難しいんじゃない?」
私が言い返すとは思っていなかったのだろう。智花はわかりやすく赤くなった。
「何が言いたいわけ?」
「鼻で笑われたから、私はその鼻折ってやろうと思って」
我ながら上手いな。満足感に浸っていると、
「自分の方が上だと思ってんの? 育ちも悪い癖に。社会のマナーも何もしらないでしょ? 律より勉強できる子なんかいくらだっているのに、ちょっと成績がいいからって周りを見下して。ホント、性格悪いよね、律って」
性格は悪いけど、見下してたのは君だけだよ。
んじゃ、反撃開始でっす。
「育ちが悪いって言うけどさ、私は普通だよ? 智花が良すぎるだけで」
持ち上げてやると簡単に上昇する。そのシンプルな精神構造が割と本気で羨ましい。
「だけど智花ってお箸の持ち方汚いよね。ナイフとフォーク使いこなせるとかそう言う自慢の前に、日本人ならお箸の使い方覚えようよ。正直一緒にご飯食べるのがつらい」
智花が口を開くが、まだ私のターンだ。
「私より勉強できる子、そりゃあいるでしょうね。でも、智花よりは出来てると思うよ。私をバカにするのはどうかと思う。あと、ついでに言うと私、全国模試2位だから」
ちなみに1位は夏樹だ。私に負けず劣らず平凡な顔だけど、頭は昔から良かった。
「そして勘違いしないでほしいんだけど、私は別に周りを見下してなんかいない。見下してるのは智花だけだから」
「……いじめだ」
俯いた智花がボソッと呟く。
「こんなのいじめだ! 教育委員会に訴えるから。律、あんた確実に退学ね」
興奮して大声で喚く智花に、クラスメイトの視線が集まる。
忘れないでほしいんだけど、今授業中。担任もぎょっとしてこっち見てるじゃないか。
「そう。じゃあ、私も然るべき措置をとるけどいいの?」
「加害者が何言ってんの? 私がいじめだと感じたら、あんたはもう加害者なんだよ!」
まぁ、確かにそうだ。でも君は一方的な被害者ではない。
「私、通院してるんだよね。智花はバカにするだろうけど、精神科に掛かってる。それで最近、ストレスでずっと吐いてるの。食べても食べても、ある人の発言がストレスで全部吐き出して。体重が1か月で8キロ減った。医者も家族も学校に訴えてもいいんじゃないかって。主治医の先生に診断書書くから、しばらく学校は休んだほうがいいって言われた。ねぇ、これでも自分だけが被害者って言える?」
私の告白に、智花は吃驚している。
「そんなの、知らなかったし。てか、メンタル弱い律にも非があるんじゃない? そんなんでいちいち傷ついてたら社会でやっていけないでしょ」
この状況でこの発言って、相当胆が据わっているのか、ただのバカなのか。
でも、やっと言い返せる。『社会に出たらやっていけないよ』って言葉がこの世で一番嫌いな言葉なんだよ。
「智花もさ、自分の意見を反論されただけで授業止めるくらい興奮して、教育委員会だのなんだの喚いてたら、社会でやっていけないよ」
さすがに言い返せなくなったのか、智花は悔しげに唇をかむ。
「先生、すみません。ただのケンカです」
「あ、あぁ。授業進めるぞ」
それから智花は私に絡んでこなくなった。私は友達とやらを一人失くしたけれど、健康を取り戻せたのでハッピーエンドということで良いだろうか。
という事の顛末を夏樹に報告した。
「さすがだな。律に口で勝てる奴はそうそういないだろうな」
「夏樹とは五分五分じゃん」
「そりゃそうだろう。何年一緒にいると思ってる。それより、もう吐き気は治まった?」
帰り道、並んで歩きながら夏樹が顔を覗き込む。
「うん。残念なことに体重も戻ってきている」
「痩せすぎよりはいいだろ。どうせ俺が貰うんだし、俺がそれがいいって言ってんだから」
さらっと恥ずかしいこと言うなよ。
「いや、女子同士でもいろいろと、ね。顔はどうにもならないけど、体形は改造が効くから」
「改造なんてしなくてよし。健康が一番いい。というわけで、今日の夕飯は俺が作ろう。おばさんには許可貰ってるから」
「は!? いいよ、そんなの。むしろやめて。別の意味で吐くから」
夏樹が炭素化合物以外錬成出来るはずがない。
「律だってろくに作れないだろ。俺だけみたいな言い方するなよ」
私にとっては結構重大な問題だけど、世間からしたら『リア充滅べ!』な会話をしながら1日が終わる。
やっぱりこれはハッピーエンドだろう。
やりたい放題ですね(^^;
深夜のテンションで荒ぶってしまいました。