表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編小説集

くだらない電話のなんてことのない話

作者: 川柳えむ

 携帯電話を開いて、時間を確認した。

 あぁ、もう深夜だな。今日もこんな時間になってしまった……。

 それは日付が変わってしまった頃。俺は電車の窓から外に視線をやって、闇色に染まった空を見上げていた。仕事が終わり終電に揺られて家に帰る。

 今日、なにか変わったことがあったかと訊かれても、答えは決まっている。「なにもない」

 毎日この繰り返し。とくに変わった出来事があるはずもなく――あいかわらず、疲れる毎日だ。ただ、朝起きて、仕事をして、そして家に帰って、眠るだけ。それだけ。

 小さなため息を一つ吐いた。

 しばらくして駅に着き、改札を通り抜けようとしたところで気づく。

 ……定期落とした……。

 おもわず肩を落として呟いた。

「……ついてねぇ……」

 まったく最悪だ。

 毎日、楽しいと思えることもなく、なんのために生きているのかさえ、本当にわからない。

 楽しいってなんだった? 楽しかったことって――

 そんなことが頭をよぎった瞬間、ふと昔を思い出しかけて、慌てて首を左右に振った。

 昔なんてどうでもいい。家へ帰ろう。


 やっとの思いで家に辿り着くと、すぐさまベッドに倒れ込んだ。

 このまま眠って、きっと、また朝がやってくる。そんな生活にも慣れた。

 これが俺に見合った、当然の生活。


 そうしてやはりいつのまにか眠っていたところを、突然、携帯電話が鳴る音に起こされた。

 それは、いつもと違う出来事。

「なん……っだよ、いったい……こんな時間…………」

 携帯電話に手を伸ばした。誰からか確認もせず、通話ボタンを押した。

 ――電話の向こうから聞こえたのは、まさかの声。

「もしもし?」

「――…………っ!?」

 驚いて、一瞬、声が出なかった。

 大切だった――大切な、人。

「ひさしぶり。なんだか急に声が聞きたくなって」

 とりあえず、俺は、なんとか「うん」と一言頷いた。


 たった数分の、なんてことのない、たわいもない会話は終わり、通話を切った。

 頭まで布団を被って、目を瞑った。


 言葉にならない気持ちが、心の中で渦を巻く。

 一日の終わりに、くだらない日常をぶち壊すような、たった一本のくだらない電話。

 君にとってみれば、電話をかけてきたのだってくだらない理由だろう。もしかしたら、ただの気まぐれだったのかもしれない。

 けれど、それでも――それは俺にとってとても大事なことだったんだと。君は思いもよらないだろう?

 そう、俺はあの日から立ち止まったままで、歩き出せずにいた。そのまま心は凍って、同じ時を繰り返しているように感じていた。

 そんな、いつものなにもなかったり、ついていなかったりする日常を、こんなふうにいとも簡単に変えてくれた。

 別段、なにか始まったわけではない。昔に戻ったわけでもない。

 でも、俺にはこれだけで十分だった。


 また朝を迎えて目を開ければいつもの日常。

 ――いや、きっと、いつもと少しだけ違う日常が待っている。

 俺の時は、今、動き出したばかりなのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ずはらしいです!! 甘酸っぱい文章をかけるなんて凄いと思います!! [一言] 自分の作品を見て感想、評価などいただけると幸いです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ