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天の杯~神の掌で踊れ~  作者: 雪ノ幸人
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第五話 執事長バルド

ヒロイン登場です。

 教会の朝は早い。大人たちは自分たちの朝食兼炊き出しの準備のため、早朝から起きだし野菜や米の下処理を始める。アルメダ王国では主な主食はパンであるが米やジャガイモと言ったものも主食として食べられている。だが主にそれらを食しているのは貧しい平民や亜人たちであり、食の中心はあくまで麦である。



「はいはい、順番に並んでください」

「熱いから気を付けてな」



 今日は野菜などを入れた雑炊だ。

教会は無料で炊き出しを行っているがお金の代わりとして、野菜や狩猟で手に入れた肉などを時々置いていく者もいる。俺としては亜人の方がよっぽど礼儀をわきまえていると思うのだが、角が立ちそうなので黙っている。

また、ここでは人間の労働者も争い無く食事を取るため、人間と亜人の共存も可能なのではと考える事も少なくない。



「おいシュウ、昨日は仲間を助けてくれたそうだな」



 ある程度炊き出しを終えたところで、話しかけてきたのは立派な体躯をした獣人だった。彼は朝ここに寄る常連で、食材を持ってきてくれたり、協会の仕事を手伝ってくれたりと関係が深い。



「気にすんなよ。俺が見たくなかっただけだ」

「それでも礼をさせてくれ。仲間を助けてくれた恩人を無視したとあっちゃあ、獣人の恥だぜ。ありがとう」



 面と向かって礼を言われたのが恥ずかしくなり慌てて話題を逸らそうとした。



「よく俺だってわかったな」

「アイツは俺の同僚なんだけどよ、わざわざ怪我を負った獣人に治癒魔法と魔法薬をただで施すヤツなんざこの国じゃお前さん位だからな。話を聞いてすぐピンときたぜ」

「まあ、そうかもな」

「アイツ初めは信じられないって顔してたぜ。もらった魔法薬もやっぱり毒じゃないかって疑ってたみたいだしな」



 当然の反応だなと納得した。

 この国において亜人は労働力もしくは奴隷であり、人よりも劣った存在だと考えられている。

それでも亜人の存在を完全否定している他国に比べれば、まだ亜人に優しい国だ。

そこまで考えてシュウの胸にはモヤモヤとした感情が浮かんだ。

 異世界人で人権や倫理の教育を受けたシュウから見れば、人間も亜人もそう大差は無いように思える。

 同じ物を食べ、言葉も通じ、意見を交換し合う事も出来る。そんな存在を差別し、優劣を付けようとする等愚かとしか思えない。



「ホントにありがとな。じゃあな」

「おう、気を付けてな」



 見送った後もシュウの胸にはモヤモヤとした感情が残ったままだった。




####################




「こちらにシュウと名乗る冒険者の方はいらっしゃいますでしょうか?」



 その老人が尋ねて来たのは昼食を取った後だった。

 昨日依頼を受けた事もあって今日一日休息日として休む事にしていた。一般的に冒険者は一度依頼を受けた後は2~3日休養を取るのが常識だ。体を休めると同時に防具の確認などを行うためである。また、商隊の護衛など一週間近くかかる依頼も少なくない。休める時にきちんと休むのも冒険者に必要な能力の一つと言える。



「俺がシュウだが、アンタは?」

「申し遅れました。わたくし、バルドと申します。ある家で執事長を務めさせていただいております」



 そう深々と腰を折る老人を無言で観察した。

 見事なまでに執事服を着こなし、白髪は丁寧にオールバックでまとめられ、その立ち振る舞いにも隙がない。

仕えている家がそれなりの家格である事はすぐに察せられた。



「それで、その執事長さんが何の用だ?」

「実はシュウ様に冒険者として依頼をお願いしたく、今日参りました」

「依頼ならギルドに出してくれ。受けるかどうかは見てから判断する」

「はい、私達も冒険者のルールは十分承知です。しかし、今回の依頼はあなた様以外に成功させられる者はいらしゃらないと我が主はお考えなのです」



 老人の言葉に思わず動きを止めた。

 俺は現在Bランクの冒険者だ。同年代と比べるとランクが一つか二つは上だ。客観的に見て優秀と呼べるだろう。しかしBランクの冒険者等他にいくらでもいる上に、この国にはAランクの冒険者も少なくない。なのにわざわざ自分のような若造を名指しで指名してくるという事は、



「表沙汰に出来ない仕事か」

「はい、お察しの通りです」

「……どこまで知ってる?」

「……あなた様の過去のお仕事を少しなら……」

「……ギルドを経由せずに直接頼みに来てるところを見ると……人目に付くのは都合が悪いって事だな?」



 バルドは無言で頷いた。

 この青年が話通りの人物であるなら少しの油断も許されない。彼は全神経を集中して目の前の青年の気配を観察していた。



「報酬は?」

「詳しい事は主が直接ご説明いたします。私はあくまで道案内を頼まれただけですので」



 バルドは目の前の青年が答えるのをただ黙って待っていた。

 一見すると目の前の青年は話で聞いていたような雰囲気は無い。口調の端から敵意のようなものが感じられるが、貴族を嫌っているという話は聞いていたので想定内だ。物腰からある程度実力があるのも理解できた。



「……わかった。話を聞こう」

「ありがとうございます。表に馬車を待たせていますので準備が出来次第、声をおかけ下さい」

「ああ、そうさせてもらう」



 そう言って荷物を取りに行った青年を見送るとバルドは深々と息を吐いた。。

 今回の依頼は黒髪の青年の協力が絶対に必要になる。彼の協力がなければ今主を悩ませている問題は更に深刻化するだろう。

 しかし、件の青年が噂通りの人物であれば下手をすれば自分の主にも危害が及ぶ。心配しなければいけないことが多すぎてすでに頭が痛くなりそうだった。




####################




 馬車に揺られる事1時間。俺は東部に位置する貴族の屋敷に来ていた。アメリダ王国では一般的に貴族は西部の地区に暮らしている。広大な敷地面積を西部が誇っている為である。東部は平民や亜人が住まう事から忌避する貴族も多い。ただし、西部は貴族のみが暮らしているといっても過言ではないので他のどの地区よりも地価や物価が高い。

よって自動的に東部に家を構える貴族は資産的な問題で西部に家を構えられなかった下級貴族などが暮らす事になる。もちろん例外もいるが今回の依頼主はその例外に当てはまる人物のようだった。



「おいおい、マジか」



 目の前に広がるのは巨大な豪邸。広大な庭に、色とりどりの咲き誇る花を集めた花壇、更にはきれいな水が湧き出し続ける噴水まで。

これを見るだけでもバルドと名乗った執事が使える主の権威の大きさがわかる。間違いなく上流貴族並みの資産が無ければこれらを維持するのは不可能だろう。



「こちらでございます」



 案内に従い建物の中に入ると内装も先程の庭に劣らない優美さだ。金や高価な像と言った装飾品は見当たらないが家の主のセンスの良さを物語っている。

 長い廊下を通り過ぎ、ひときわ大きな扉の前まで来るとバルドと名乗った執事は数回ノックした後、扉を開いた。



「中でお待ち下さい。すぐに主が参ります」



 丁寧な礼を受け、室内に足を踏み入れる。

 真っ先にシュウを出迎えたのは肌を刺すような感覚だった。



(殺気!?)



 風を切るような音が聞こえ、慌てて前に転がるようにして回避。

 さっきまで立っていた場所にはロングソードが突き刺さっている。

 顔を上げると全身を鎧に包んだ人物が手に握ったロングソードを振り下ろした態勢で立っていた。

顔には兜を被っているため性別は分からなかったがその体格からおそらく男だろうと予測を付ける。

 鎧の男は剣を構えるとまっすぐ切りかかってきた。



「っ!」



 すぐに腰の刀を抜き斬撃を受け止める。一時的に拮抗するがおそらく相手は身体強化の術式を組んでいるのだろう。その力は明らかに人間が出せる限界を上回っている。



(くっ、コイツ強い!?)



 単純な力だけではない。先ほどの斬撃やその動き。何より、顔は見えずとも全身から溢れ出すような気迫が目の前の鎧の男が強者であることを伝えていた。



「!!」

「くっ!」



 シュウは鎧での体当たりを受け宙を舞った。

 しかし、シュウも伊達に戦闘経験を積んできていない。

 空中で体勢を立て直すと、側面の壁を足場にして跳躍。すぐさま体勢を立て直し、鎧の人物が攻勢をかける。



「!?」

「シッ」



 一気に責め立てようとしていた相手は突然の反撃に驚き一瞬だがその動きを止めた。

 すかさずその一瞬をついて刀を左下段から切り上げる。が、相手も剣を使って攻撃を受け止めてみせた。

 力比べは魔術を行使している相手の方が上だろう。だが速さはこちらの方が上だ。

 強引に刀を振るって間隙を作り出すと後方へ下がりながら、相手に向かって刀を投擲した。



「なっ!」



 流石にこの行動には思わず鎧の口から声が漏れる。戦闘において自分から武器を捨てるなど正気の沙汰ではないからだ。



(馬鹿が!)



鎧の中で男は目の前の相手を罵った。

 見たところ相手は今投げた刀以外の武器を身に付けていない。暗記などの武器は疑われるが全身鎧を付けた自分には通用しないだろう。またこの距離なら魔法を使ったとしても自分の剣の方が速いと考え、鎧の男は刀を剣で弾くと肉体強化の魔術を使って一気に距離を詰める。驚きに染まる相手の顔が判別できるほど近づくと、上段から無防備な体に剣を振り下ろした。



「!?」



 だが相手の肉を斬り裂き、致命傷を与えるはずの自分の剣は空を切っていた。直前まで自分は間違いなく黒髪の冒険者をその目で捉えていたはずなのに、冒険者の体に剣が触れたと思った瞬間、相手の体がまるで蜃気楼のようにぶれて消えてしまった。



(幻!?しまった誘い込まれたのか!?)



 わずかに動きが止まる。

 シュウは剣が振り下ろされた場所から10センチほど横に立ち、相手の鎧の腹の部分に左手、右ひじを向けた状態ですでに構え終わっている。

 相手の懐に潜り込んだ今の態勢は、剣よりも拳の間合い。

 シュウの間合いである。



「くっ」



 鎧の男は慌てて距離を取ろうとするが、シュウの繰り出す攻撃の方が速い。



「はぁっ!!」



 気合とともに左手、右ひじ、右の裏拳一度に相手の腹に打ち込む。同時に、3点から振動を生じさせる魔法を発動。衝撃を余すことなく相手の体に伝える。



「があ!?あ、ああ!?」



 打撃を打ち込まれた鎧の人物はおかしな声を上げた後、体を痙攣させ、前のめりに倒れこんだ。

 動かないところを見ると完全に気絶しているらしい。

 相手の無力化に成功したが気は抜かない。すると戦闘の途中から入り口の近くに感じていた二つ気配の内、片方が此方に向かってきた。



「貴様!よくも団長を!!」



 自分に向かってくるロングソードを避ける。中々の速度だが先ほどの鎧の男ほどではない。

すかさず相手の腕を掴み、投げ技の要領で切りかかってきた男を数メートル先の地面に叩きつけた。



「がはぁ!」

「そこまでです!!」



 叩きつけた金髪の男が息を吐き出すのと凛とした声がその場に響くのはほぼ同時だった。



「クリフ騎士、剣をしまってください」

「ですが!」

「これは命令です」

「……わかりました」



 白を基調としたドレスに身を包み、背後に先ほど執事長を名乗った男性を引き連れた女性は毅然とした様子で部屋に足を踏み入れてきた。

すぐさま体勢を立て直し、切りかかろうとしていたクリフと呼ばれた金髪の男は不承不承ながら言われたとおり、剣を鞘に収める。ただし、凄まじい目でこちらを睨んではいたが。



「このようなご無礼をした事、誠に申し訳ございません」



 そう言って優雅な動作で軽く頭を下げた。仕草の一つ一つから明らかな気品が感じられる。

 普段から慣れておかなければ、人によってはその仕草に気をされてしまう者もいるだろう。



「……いや、荒事を頼むのなら相手の力量を計るくらいは当然だろう」



 返答に間があったのは気をされたからではない。

 不覚にも目の前に立った女性の容姿に一瞬だが目を奪われていた。

 年齢はおそらく僅かに二十歳には届かないだろう。肌は抜けるように白くシミひとつない。ボディラインは女性特有の柔らかしさを描きながらも、腕も腰も不健康にならないギリギリのところで細い。胸は慎ましやかな部類に入るだろうが肉感的ではないその体はむしろ芸術品のような触れてはならない気持ちを見る者に抱かせる。

 何よりもその美貌は神々しいと表現してもおかしくないものだった。

 きめ細やかな肌、髪は白色でありながら一本一本が糸のように細く、まるで繊細な織物を連想させる。大きな瞳の色は透き通るような碧、そして何物にも及ばない意志の強さを感じさせた。

 絶世の美女いやむしろ美少女といった表現すらこの美貌の前では霞むのではないかと思えるほどだった。



「だが出来ればこのようなことは今回だけにして貰いたい。貴族の騎士と命のやりとりなど、そうしたいものじゃないからな」

「ええ。此方としてもこのようなことは二度とするつもりはありません」



戦闘の途中から全身鎧の男に此方を試すような動きが見受けられ、感知魔法を使ったところ二人ほどその感知に引っかかった。

わざわざ相手を殺さずに無力化したのも此方の実力を計っていると気づいたからだ。

まあ、似たような経験を以前にしていたために出来たことでもあるが。



 白い美貌の貴族は部屋に入ってきたメイドたちに指示を出し、戦いの余波で壊れた装飾品や家具を次々と交換させていく。


 一時間ほどで部屋は元のように整えられた。



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