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天の杯~神の掌で踊れ~  作者: 雪ノ幸人
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第三十五話 妖精人のリリス

 妖精人ピクシー

 それは森に住む亜人種族の一つ。

 身長およそ十五センチ。

 時折精霊などと混同している者がいるが彼らはあくまで亜人であり、その生活スタイルも人間に近い。

 争いを好まず森の奥深くでひっそりと暮らすことからその姿を目にすることは滅多になく、半ば幻の存在とされている。


 鳥籠の中の妖精人ピクシーは特徴的な緑色の服に身を包み、母親のお腹の中にいる赤ん坊のように足を抱えて小さく丸まっている。

 小さな身体は呼吸をする度に僅かに上下するので、どうやら眠っている様であった。



「珍しいな、妖精人ピクシーか……」

「俺も本物を目にするのは初めてだ」

「何故、盗賊などが妖精人ピクシーなどを連れておるのだ」

「か、可愛い……」



 若干一名ズレた発言をしている者がいるが、それ以外は胸の内を困惑が占めていた。

 妖精人ピクシーはその愛らしい容姿からファンも多く、貴族の亜人奴隷コレクターの中では高値で取り引きされる。

 過去に人里に降りて来たところを捕まえられた妖精人ピクシーの奴隷がオークションで光金貨十枚ーーー金貨百枚で光金貨一枚ーーーで落札されたこともあるほどその希少価値は高い。


 だが彼らは空気が綺麗で魔力濃度の高い土地を好み、そのため彼らが暮らすのは秘境と呼んでも差し支えないほど人の手が入っていない手付かずの土地であり、人が妖精人ピクシーを目にするなどそうそう出来るものではない。



「人里に降りて来た妖精人ピクシーを捕まえたのだろうか?」

「だが旦那。ピクシーってのはエルフも真っ青になるほどの魔法の使い手なんだろ? 高々、盗賊なんかに捕まるか?」

「うむ。確かにあの盗賊は数こそ多かったが攻撃魔法が操れるのならそんなに苦戦する相手では無かったと思うぞ」

「それは少し違うな」



 シュウは籠の外から妖精人ピクシーを観察しつつ、ベルガの発言に異を唱えた。

 妖精人ピクシーは見たところ特に外傷はない。おそらくただ眠っているだけだろう。

 だが幻とも言える存在が寝顔にニヤケ面を浮かべ、口の端から涎を垂らしているのはいただけない。



「……何が違うんだ、シュウ?」

妖精人ピクシーは攻撃魔法を扱えない」

「そうなのか?」

「ああ。正確に言うと妖精人ピクシーは攻撃魔法以外の魔法を高度に扱えるんだ」

「……何故攻撃魔法だけ上手く扱えないのだね?」

「コイツ等は自然から魔力を取り込める上に身体が小さいから自身にかける魔法は魔力消費を小さく出来る。だけど反対に相手に有効なだけの威力を持った攻撃魔法は魔力消費が大きすぎて使えないんだよ」



 ベルガは納得したとばかりに大きく頷いた。



「なるほど。自分の十倍以上の大きさの相手に有効な魔法などそうそうないな。私とてそんな相手に遭遇したらすぐに逃げるぞ」

「確かに」

「しかしシュウ殿、と言ったか? 君は病気のことと言い、妖精人ピクシーのことと言い随分博識なのだな。私の知り合いに高名な冒険者は何人もいるが君ほど知識がある者は知らんよ」



 シュウは小さく苦笑いした。

 人間界に無い病気や多種族の特徴に詳しくなったのは召還魔法や魂喰い(イーター)について調べるため、大陸中を放浪したからである。

 自然と複数の種族言語・特徴、薬草・病に対しての知識は身についたが、あまり自信を持って誇れることではないだけに純粋な賞賛はどこか居心地が悪かった。



「しかし旦那、どうしますか? このまま放置ってわけにも……」

「そうだな……シュウ殿はどう考えるかな?」

「……出来るなら解放してやって欲しい。妖精人ピクシーは平和的な種族だ。可能なら争うようなことはしたくない」

「ふむ。そうか。ならばそうしよう」


 ベルトラムのこの発言にアルノルフは驚いた表情を作った。



「良いんですか? 奴隷として売れば一財産ですぜ?」

「普段の私ならそうしたかもしれんが、今は家族の命がかかっている。病を治せるかもしれないシュウ殿に悪い印象を持たれたくはないのでね」

「……雇い主の意向なら逆らわないぞ?」

「だが良い印象は持たないだろ? 君はそういったことをとても気にする人物に思えたのでね。まあ、本音を言えば、君に恩を売っておこうと思ったのだよ」



ベルトラムは「商人は縁と人との繋がりを大事にするのでね」と茶目っ気たっぷりに付け加えると片目を瞑ってみせた。



「……そうか。感謝する」

「なに、礼には及ばんよ」



 そう言ってシュウとベルトラムは小さく笑いあった。

 するとそこに全員の耳に小さく「う、ううん」と人が唸るような音が聞こえてきた。

 見れば鳥籠の中の妖精人ピクシーが目を覚ましたようだった。


 妖精人ピクシーはゆっくりとした動作で体を起こすと辺りを見回す。寝ぼけているのかその動作は呆れるほどゆっくりで、その場にいたシュウたち四人と順番に視線を合わせ、それを二往復ほどすると突然目を見開いた。

 因みに口の端から垂れた涎の後がリアルでシュウの中にあった妖精像が儚くも砕け散ったのは完全な余談だ。



「ーーー~~~!?!?!?? ○×●▲◇~~~!」



 妖精人ピクシーは奇声を上げた後、距離を取ろうとしたのか後転しながら凄まじい速度で下がると鳥籠の金属棒に背中を打ちつけて動きを止めた。



「◯☆※△◆○◑◇◇◯!!!」



 妖精人ピクシーは完全なパニックに陥っている。

 その小さな手でシュウたちを指さすと大陸共通語ではない言語で叫び続ける。



「これは参ったな。言葉が通じないのか」

「旦那、流石に妖精人ピクシーの言葉は話せませんよね?」

「無理を言ってくれるな。亜人の言葉など話せるものか」

「◯☆◆▼☆◯◑◯☆▽※▼※◑☆?」

「「「は!?」」」



 突如シュウの口から発せられた謎の言葉にその場の全員が目が点になった。

 それは妖精人ピクシーであっても例外ではなく、突然のことに言葉を失っている。



「シュウ、今のは何だ?」

妖精人ピクシーたちが使う妖精語フェアリーだ。随分前に覚えたきりだからちゃんと伝わってると良いんだが」

「いや、覚えたって……そんな簡単に言われてもなぁ」



 ベルガが呆れたように言うがしかしシュウは構うことなく話しかけ続ける。



『お前、名前は?』

『……』

『名前は?』

『……』

『どこから来たんだ?』

『……』

『……好きな食い物は?』

『……』

『ハァ』


 シュウは言葉が通じないと諦めて立ち上がろうとすると妖精人ピクシーは慌てたように「ちょ、ちょっと!!」と彼を呼び止めた。



『あ、あなた人間でしょ? 何で私たちの言葉を話せるの?』

『まあ、必要に駆られて覚えただけだ』

『必要に駆られたって……』

『まあ、俺のことはどうでもいい。お前、名前は?』

『リリス……』

『そうか。リリス、お前何で鳥籠なんかに入れられてるんだ?』



 同じ言葉を話すシュウに警戒心が緩んだのか、リリスと名乗った妖精人ピクシーはポツリポツリと話し始めた。


 リリスは外の世界に興味を持つ珍しい妖精人ピクシーだったらしく、家族の反対を押し切って数年前に妖精人ピクシーたちが住む森を飛び出して来たそうだ。

 暫くはあちこちをフラフラしていたのだが、やがて隠れてイタズラする事に楽しさを覚え、人間を脅かして楽しんでいたらしい。

 数年経ち、一度森に帰ろうと決意。

 森を目指して飛んでいると盗賊を発見。いつものようにイタズラしようと近づき、間抜けなことに誤って盗賊の一人と接触、幻惑の魔法が解けたことでそのまま捕まってしまったということらしい。



『……』

『な、何よ。何か言いなさいよ』

『……妖精人ピクシーってのはみんなうっかりな種族なのか?』

『そんなわけ無いでしょ!! 私たち妖精人ピクシーは誇り高く賢い種族よ!』



 ウガーッとシュウに噛みつこうとするリリスを見ながらシュウは真顔で『冗談だ、冗談』と返した。



『確かに噂で聞いていた通りの高貴さは感じるな。幻の存在だって言うのも納得だ』

『ふふん。そうでしょう。私は妖精人ピクシーだもの当然よね』



 リリスは腕を身体の前で組むと自信満々に胸を張った。



『……まあ、お前は姿はともかく、頭の方は少し足りてないみたいだけどな』

『な!?』



 シュウが憐れみの視線でリリスを見ると、リリスは顔を真っ赤にして弾丸のような勢いでシュウに詰め寄る。だが鳥籠の悲しいことにリリスの大きさでは檻に阻まれ、隙間から手を出すのが精一杯だ。

 ーーーなんとも弄っていて楽しいのだが妖精人ピクシーっていうのは皆これほど直情的なのだろうか? もうあって無いようなシュウの中の妖精人ピクシー像だが、せめて他の妖精人ピクシーは妖精らしい可愛らしさを持っていて貰いたいものである。



『アンタ、私は幻の妖精人ピクシーなのよ! そんな目で見て良いと思ってるの!!』

『寝てるときに涎垂らしてる奴が幻とは聞いて呆れるな』

『何ですって、ムッキ~~!』



 興奮して檻をガンガン叩くリリスの姿に溜め息を一つつくと、真剣な表情を作る。



『まあ、お前が伝説の存在かはともかく』

『伝説よ!』

『……お前、今の自分の状況分かってるか?』



 その言葉にリリスはハッとした表情になる。

 シュウとのお喋りですっかり忘れていたリリスだが、彼女は扱い上今は奴隷の身分だ。盗賊を討伐したことで所有権はシュウたちに移ってはいるが下手をすると売り飛ばされる可能性もある。寧ろ普通ならその確率の方が高いだろう。



『待って、奴隷として売り飛ばされるなんて嫌よ!』

『……安心しろ。今の雇い主にお前を売り払う意志はない』



 ホッと安堵の息を吐くリリス。

 しかし安堵も束の間、シュウが言葉を続ける。



『だが悪いがお前をすぐに解放するつもりもない』

『な、何でよ! 助けてくれたことには感謝するけど、人間に捕まるなんてゴメンよ!』

『……少しばかり厄介な病気にかかった奴がいる。ソイツを助けるのに手を貸して貰いたい』

『無理よ! 私、妖精人ピクシーよ。人間の病気なんて治せないわ!』

『病気は硬魔病だ。お前も名前位聞いたことがあるだろ』

『硬魔病!?』



 リリスの声音には純粋な驚きが混じっていた。

 硬魔病は荒野で暮らす亜人でもかかれば高い確率で命を落とす難病だ。だが亜人たちはそういった病にかからないためのノウハウを知っている。

 どういった食材が危なくて、どんな食べ物が安全なのかを知っている。また彼らは魔力を見ることが出来る特殊な目や危険な食べ物を察知できる嗅覚、特殊な感知手段などを持っている者も少なくない。人間はそうもいかないが、人間界に自生している植物の中に硬魔病を発症させる物は無かったはずだ。



『何で人間が硬魔病にかかるのよ! 人間界には無い病気じゃない』

『荒野産の果物を食べたらしい。聞いた感じだと末期の可能性がある。お前妖精人ピクシーなら浄化なり、治癒の魔法が使えるだろ?』

『確かに使えるけど……』

『……硬魔病にかかっているのはお前を解放しても良い言った商人の妻と娘だ』



 リリスが顔を上げると髭を生やした男性と目があう。向こうは目があったことに驚いているようで、一瞬身体が硬直していた。



『俺にはともかく、お前はあの人に恩があるんじゃないか?』

『う……』

『病気を治せとは言わない。だが軽くすることは出来るはずだ。頼む、協力してくれ』



 シュウが頭を下げるとリリスは唇を噛んで考え込む。

 やがて一つ溜め息をつくと決心したように顔を上げた。



『……分かったわ。でも診るだけよ。あんまり期待はしないでね』

『助かる。俺は、シュウ。冒険者だ』



 シュウが右手差し出すと、リリスは何をされているのかきょとんとしていた。

 シュウが更に右手を差し出して鳥籠に近づけるとシュウの意図を理解したのか、彼の右手の指をちょこんと握った。



『リリス、妖精人ピクシーよ。よろしく頼むわね、シュウ』



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