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天の杯~神の掌で踊れ~  作者: 雪ノ幸人
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第一話 始まりは鬼模様

雪ノ幸人(ユキノユキヒト)と申します。

拙いながら小説を書いています。楽しんで頂ければ幸いです。四日に一度更新していき、暫くはストックがあるので更新が滞る事はないと思います。

題名ですが『天の杯(ヘブンズフィール)~神の掌で踊れ~』と読みます。

それではよろしくお願いします。

 黒い影が森の中に走る。

 正確には黒のズボン、同色の膝上までのコートを纏った全身黒ずくめの男が森の中を走っている。

 その腰につられた刀の鞘が一層目を引く。



「クソッ、どっちだ」



 男は短く吐き捨てると、すぐに走り出す。まだ昼間であるにもかかわらず、男が居る森の中は薄暗く、じめじめとしていて生ぬるい風が肌を撫でる。



「ガキが森に入るなんて正気じゃねえぞ!」



 そう呟くと同時に男の足が力強く地をけった。

黒い上着の裾を風で翻えさせながらすぐに最高速度で地面を駆ける。いや、正確に表現するなら「翔ける」である。何せ男の1歩は3メートル近いストライドがあり、その速度も人間が出せる限界をはるかに上回っているのだ。



「そうそう深いところには行かないと思ってたんだが、予想が外れたな」



 高速で森を進みながら、男の視線は目的の子供を探すように常に周囲を見渡している。

一般人には到底景色を判断する事が出来ないような速度で走りながらも、この男はきちんと周りの状況は把握していた。

 すると頭の中に何かが割り込んでくるような感覚が生じる。すぐに耳に手を当てると聞きなれた声が流れてきた。



「ニーナか」

『はい。シュウさん、どうですか見つかりました?』

「だめだ、随分深く潜ってみたがいそうにない。近くに魔物の気配が無いのが救いだが、これだけ探して見つからないとなるとこの辺には居ないかもしれない」

「そうですか」



 森に潜るというのは森の奥深くまで踏み込むという意味だ。一般的にこの表現が使われるほど森に踏み込む者達はそうはいない。そのことがより一層今回の事態が異常であることを示していた。



「そっちに何か新しい情報は無いのか?」

「…はい。残念ながら、こちらにも目撃情報は入っていません」

「わかった。情報が入ったら連絡をくれ。もうしばらく粘ってみるが、何も見つけれなければ昼の鐘が鳴るまでには一旦戻る」

「わかりました。十分気を付けてください」



 そう言って念話が切れたのを確認すると徐々に速度を落とし、立ち止まる。ここまで一時間近く走り続けたのにもかかわらず、シュウと呼ばれた男の顔には疲労の色は無い。



「……こんな時はこの体でよかったと思うな、ホント……」



 自虐気味につぶやいた後、スッと目を閉じる。そして、自分の心臓あたりに意識を集中する。既に慣れた心臓を締め付けられるような圧迫感が少し和らいだかと思うと、服の下では胸についていた文字の様な痣が全身に広がっていた。



(……意識を広げる…飲まれるな…ゆっくりだ……)



 心臓の圧迫感が弱まるのに比例して暴力的な衝動が沸き起こる。声を上げて暴れてしまいたい欲求を必死に抑え込む。すると全身に血液が今まで以上に激しく行き渡り、体が高揚するのがはっきり感じられた。



(今だ)



 溢れ出てくる力を制御、目的の者を探すために意識を集中させる。



「クソッ!」



 荒々しい舌打ちと同時に走り出す。目的の子供を感知できたにもかかわらず、シュウの顔は切迫した表情だった。

 一瞬にして最高速度に達すると、子供の気配を感知した場所を目指し全速力で走る。顔に森特有の香りの風が吹き付ける。

微かに風に混じった獣の香りが先程の自分の感覚が間違っていなかったことを示し、焦りを生む。

間に合うか? そう思いながらも足を休みなく動かし続ける。

間違いなく数百メートルはあったであろう距離をわずか数十秒で駆け抜けた。

見えてきた先に居たのは泣きながらぬいぐるみを抱える少女とその少女を抱きしめ、守ろうとする少女、そして身長2メートルはあるであろう大きな鬼が2人に向けて巨大な斧を振り上げている場面だった。



「頭を下げろ!!」

「っ」



 反射的に抱きしめた子供の頭を抱え、その場に伏せた少女視界に収めながら腰の剣帯から刀を抜刀。腕を振り上げたことで死角になっている右側から鬼の手首めがけ刀を振るう。

刀から肉を切る不快な感覚が伝わり、反射的に眉をしかめるが、日ごろの訓練で身に着けた動きに淀みはなく。

鬼の手首は斧を持ったままきれいに切断され宙を舞った。

痛みに動きが止まった鬼を蹴り飛ばし、少女を背後に庇うようにして鬼との間に割り込む。



「ガアアアアアアア!」

「ひっ」



 その巨体に見合う体重ゆえ、転倒する事は無かったが、数メートル蹴り飛ばされた鬼の顔には自分の獲物を取られたせいか、または自分を傷つけられたせいで怒りの表情が浮かび上がる。鬼の咆哮に恐怖を感じたのか背後からわずかに息をのむ声が聞こえてきた。



「お前達がリリとウルか?」

「え…あ…」

「違うのか?」

「い、いえ。私がリリです」

「そうか、少し待ってろ。すぐにあいつを片づける」

「お兄ちゃん、誰?」

「俺はシュウだ。大人しく待ってろ、よ!」



 肩越しに2人の無事を確認すると、最後の言葉にかぶせるようにして鬼へと走り出す。



「ガアアア!!」

「っ」



 鬼は自分の得物を回収せずに無傷な左手で拳を繰り出すが、わずかに体を横に逸らしこれを回避。空振りしたせいで伸びきって無防備になった左腕を狙い刀を繰り出す。



「シッ!」



 刀は狙いを寸分違えず鬼の腕を肘半ばから切断。宙を舞う鮮血が視界を鮮やかに染めるが、刀を返し、右肩口からの袈裟切り。

鬼の身体は深々と切り裂かれ、その場に倒れこむ姿を幻視する。



「ちっ、浅いか!」



 しかし、これは鬼の命を刈り取る事は出来なかった。本来であれば間違いなく致命傷を負わせるはずの一撃は斬られる瞬間、わずかに鬼が下がった事で刀の入りが甘くなり、胸の肉を斬るにとどまった。



鬼種(タイプ・オーガ)……その巨体にその耐久力(タフネス)は十分脅威だな」

「ガアアアア!!」



 シュウの呟きは鬼の声にかき消され、本体に届く事は無かった。しかしその咆哮は彼の考えを証明するには十分なものだった。

 鬼は体を沈めると一気に襲い掛かってくる。両腕を無くしたままの突撃チャージ

その速度はシュウに及ばないまでも、1トン近い体重によって砲弾と表現してもおかしくない威力になっている。

正面から受ければ間違いなくひき肉にされるだろうが背後に子供を庇っている以上、回避の選択肢は取れない。

 しかし危機的状況にあっても顔に浮かんでいるのが獰猛な笑みであることが自分でもわかった。



「来い、正面から打ち破ってやる」



 刀を鞘に納めると左膝を地につけ、腰を落とす。

極端な受けの態勢。

素早く動くことを捨て、カウンターを狙う事に特化した待ちの構え。



「ガアアア!」



 その体勢を好機と感じたのか、鬼はこちら全員をまとめて吹き飛ばそうと更に速度を上げる。

シュウの肩越しから鬼が見えたリリはあまりの恐怖に体が固まってしまった。

ここで自分は死ぬのだと感じ、両親に謝罪の気持ちが溢れてくる。

そして次の出来事がまるでスロー再生のように感じられた。



「シッ!」



 一閃。

 鬼が自分達との距離を2メートルほどまで縮めた時、今まで微動だにしなかった目の前の男の腕が一瞬で下から上へと振り上げられた。

あまりの速さにリリは銀色の軌跡が走ったようにしか見えず、次の瞬間、目の前に迫っていた鬼は真っ二つになり、自分たちの横を通り抜け倒れていった。

 大質量の鬼が走った事により後から起こった風がリリの頬を撫でていった。



「大丈夫だったか?」



 刀を鞘に納めながら立ち上がったシュウに声をかけられてもリリは頷き返す事しかできなかった。

 ついさっきまで目の前に迫っていたはずの鬼は倒れ、自分たちは無事に生きているという事実に頭が追いつかない。



「そうか。なら早くここから離れるぞ。血の匂いで他の魔物が寄って来るかもしれないからな」



 そう言って歩き出すシュウについて行こうとするが立ち上がれない。

 腰が抜けてしまったという事に気づいたのは戻ってきたシュウに助けられた後だった。




 魔物を倒した後、腰が抜けて歩けないというリリを担ぎ、特に怪我をしていなかったウルとともにその場を離れしばらく歩くと、大きな川に出た。シュウとしては体力的に問題はなく一気に戻りたいところであったが、他2人はそうもいかずしばらく休むつもりで川辺の岩に腰掛けるように命じた。



「あの、助かりました」



 川から水を汲んでくると、そう言ってリリと名乗った少女は頭を下げた。ポニーテールのように頭の後ろで束ねられた栗色の髪が彼女の動きに合わせるように一緒に垂れる。彼女の顔がうっすらと赤いのはここまで背中に担がれて来たことが恥ずかしかったからである。彼女の妹らしいウルと名乗った子供も姉のまねをして頭を下げている。



「改めまして、リリと言います。こっちは妹のウルです。今回は本当に危険な所を助けて頂いて、ありがとうございました」

「冒険者のシュウだ。気にしなくていい。俺はきちんと報酬をもらったうえでお前たちを助けたんだ。それに謝罪なら心配させた両親にしてやれ」

「いえ、それでも命を助けて頂いたことに変わりはありません。」



 そう言って頭を再び下げる。俺にしてみれば仕事をこなしただけであって、女性からそこまで感謝されるようなことをしたつもりはないのだが今のままでは埒が明かないという事で受け入れる事にした。



「わかった。だが何故あんな奥の森に入ったりしたんだ? 森は潜れば潜るほど魔物が出やすいのはこの辺の常識だろ」

「あの……最初はもっと浅いところで薬草を取っていたんです。そうしたら急にあの魔物が現れて。必死に逃げているうちにどんどん森の奥に……」



 リリと名乗った少女の声が徐々に小さくなるのは彼女も自分が危なかったのを理解しているからだろう。今回は運よく自分が間に合ったおかげで無事だったが次回もそうなるとは限らない。

ただ自分が危険な事をした自覚があり、反省しているのであれば問題はない。ここからは彼女の両親の出番であって見ず知らずの自分が出張っていく場面ではない。



「……そうか……まあなんにせよ、大きな怪我が無くてよかったな」

「はい」

「お兄ちゃん、ありがとう」



 リリは考え込むような仕草を見せたシュウを少し不思議に感じたがすぐにその雰囲気も消えたので深く考えなかった。

 シュウは良いこと思いついたとばかりに背中の袋から手のひらに収まるサイズの小袋を取り出した。



「ほれ、姉ちゃんと分けて食べな」

「これなーに?」

「そいつは食べてのお楽しみだ」



 ウルがもらった袋を開けると中には丸い形のパンのようなものが入っていた。一つを姉に渡し、もう一つを自分が取ると顔を近づけて匂いを嗅ぐ。うっすらと甘い香りが鼻孔を刺激し、お腹が減っていたこともあってその場でかぶりついた。



「あまーい!!」

「パンケーキっていう俺の故郷のお菓子だ」

「お兄ちゃん、おいしいよ!」

「本当においしい。……でもいいんですか?これ砂糖を使ってあるんじゃ……」



柔らかな触感に軽い口当たり、鼻に抜けていく甘い香りが何とも心地よい。

 満面の笑みを浮かべるウルとは対照に姉のリリの表情はさえない。それも当然でこの世界において砂糖は非常に高価な代物である。普段から口にできるのは貴族や商人などの存在であり、一般人でも大きな祭りやイベントが無い限り食べられる事などそうは無い。

 しかし、シュウは口元に笑みを浮かべると明るい口調で言った。



「大丈夫だ。ちょっと前にある商人の護衛の報酬にもらったものだから元手はかかってないんだ」

「そう、ですか……」



 報酬に砂糖を渡せるほど余裕のある商人は決まって大きな店を構えているはずだ。

それ程の大商人であれば護衛依頼に有象無象の冒険者を雇うなどありえない。その商人の護衛を受け持てるほどの実力があるという事は目の前の男性が冒険者の中でも高位の存在であることの証明である。



(…まだ若いのに…さっきの剣も凄かったし……)



 リリの脳裏に浮かんだのは鬼を一撃で屠ったあの高速剣技である。剣を振り抜く手が霞んで見えるほどの速度。それでいて動きに美しさを感じさせる不思議な剣。

 リリは剣術に詳しいわけではないがあれ程美しさと力強さを感じさせる剣はいままで目にした事は無かった。

 目の前の黒髪黒目のそれほど自分と歳が離れているようには見えない男性があの一撃を放ったというのは少々信じられなかったが。



「そろそろ行くか。あんまり遅くなるのもまずいしな」

「あ、はい」

「うん」



 ある程度体を休めることが出来た事を確認するとシュウは姉妹を伴ってその場を後にした。

感想・評価お待ちしています。


批評でも構いませんのでお気軽にお書きください。(でも良いところを書いて頂けるとテンション上がります)

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