第七章 襲撃
人が激しく動き回る物音で目が覚めた。いつの間にか眠っていたらしい。部屋の燈りはもう消えていたが、庭からの明かりが僅かに入ってきているので、室内の様子はなんとなくなら見て取ることが出来る。
それにしても花嫁衣装を着けたまま眠ってしまったのは情けないし、みっともない話だと思う。早く着替えなくてはならない。
こんな時間に誰か呼ぶわけにもいかないから一人で着替えるしかない。装身具を外すのが多少面倒ではある。
廊下を幾人かが勢いよく駆けていった。寝ている人に対する配慮がまったく感じられない。
普通なら注意するべきところだが、それよりもアイオナは気になった。
一体、何を慌てているのだろう?
廊下に出て話を聞こうと思った時、扉を激しく敲く音がした。
「お嬢様! お嬢様! 起きて下さい!」
召使いのエニルだった。アイオナは扉を開いた。
「どうしたの? いったい」
「野盗の襲撃です!」
イデラ語で叫ばれた。エニルは普段ローゼンディア語を話しているから、かなり気が動転しているのだろう。
「城の守備兵はどうなの?」
アンケヌには都市に隣接する形で王の城があり、兵も居る。今までだって襲撃はあったが、すべて城壁を越えることなく撃退してきた。
しかもアンケヌには巨獣がいるのだ。巨獣というのはアウラシールに生息する巨大生物で、古代から戦争に使われてきた猛獣だ。
アウラシールとの戦争では、ローゼンディアも幾度か煮湯を飲まされている。
とにかく対抗できる兵種が無く、騎馬でも歩兵でも、まともな戦いでは相手にならないほどの戦闘力を発揮するのだ。
ゆえに市内戦ではまず使えないが、敵は野外にいるのだから、巨獣は問題なく使えるはずだ。
そう簡単に市内に攻め込まれるとは思えなかった。
「それが……奴らもう市内に入り込んでるんです!」
アイオナは耳を疑った。一体どうやって?
「お嬢さん!」
召使いを連れたヒスメネスが廊下を歩いてきた。二人ともアウラシール風の胸甲を着け、腰には剣を佩いている。
「いったいどうしたというの?」
「やられました。ダーシュ殿は?」
「自分の部屋に居ると思うけど……」
そこではっと気付いた。もしや……。
ヒスメネスは無言で頷いた。アイオナの表情から、その心中を察したらしい。
「おそらくもうこの屋敷には居ないでしょう」
「誰が居ないだって?」
反対側の廊下の先、暗がりから声がした。ダーシュだった。
「庭の篝火を消せ。それから男たちに武器を与えて屋敷を守らせろ。女子供と老人は中庭に集めておけ」
「すでにそうしてあります」
ヒスメネスの静かな物言いに、ダーシュは微かに笑った。
「さすがだな」
「一つだけ教えて下さい。あなたが手引きしたのですか?」
アイオナは胸が詰まるような気がした。恐ろしい問いだと思った。
暫くの沈黙の後、
「……いや、俺は手引きはしていない」
ダーシュは呟くように言った。
ヒスメネスはじっとダーシュを見つめた。
「解りました。それであなたはこれからどうされるのか?」
「俺は妻を護る」
アイオナは驚いた。急に自分のことに話が及んだからだ。
「言ったろう? この取り引きでお前に決して損はさせないと」
「あ、あなたはこのアンケヌが落ちると思っているのっ!?」
上擦った声でアイオナは問い質した。
「落ちるさ」
ダーシュの声は落ち着いたものだった。
「奴らは城の抜け道を使ってくる。何日か前からもうアンケヌに入っている者たちもいるしな。おそらく城壁前では戦いは起こっていない」
アイオナは絶句した。
「詳しい話は後で聞かせていただきます。私たちはどうするべきでしょうか?」
「どうするべきとは?」
「このまま都市を脱出するべきかどうかということです」
ヒスメネスとは思われない発言だった。店も屋敷も放り出して逃げるというのか!?
「ほう……俺が逃げろと言ったら、お前たちは逃げ出すわけか?」
「ええ。そうするつもりです。生命には代えられませんから」
「ふん」
ダーシュは鼻を鳴らし、それから含み笑いをした。
「まったく大した男だよ。だが安心しろ。この屋敷は安全だ」
「あなたが居る限り、ということですね?」
「そうだ」
にやりとダーシュは笑った。
「だが迷い込んでくる奴がいるかも知れない。今夜一晩は用心するんだ」
「判りました」
ヒスメネスは頷き、召使いに手早く命令を伝えた。召使いが駆け足で去っていく。
「お前は部屋に居ろ」
ダーシュがアイオナに命じた。有無を言わせぬ気配があった。
アイオナは答えずに背を向け、そのまま自室に戻った。後ろ手で扉を閉めた。
不安が全身を捕らえていた。なぜ? 一体誰が攻めてきたのか? どこの集団なのか?
このアンケヌを落とそうというのか?
ナバラ砂漠にあるオアシス都市でも、最大のこの都市を?
ダーシュは落ちると言った。信じがたいことだが、信じたくないことだが、それは真実になりそうな予感があった。
外敵ならば撃退できるだろう。アンケヌには巨獣がいるし、兵力だって十分にある。
だがいきなり内部に踏み込まれたらどうだろうか。
それもアンケヌのことをよく調べて、その防備についてよく知っている集団が相手だったら?
庭を隔てた塀の向こう、通りからは物々しい雰囲気が伝わってくる。
時折人の叫び声や馬の嘶き、家畜の鳴き声などが聞こえてくる。かなり遠くだと思われるが、騎馬の轟きまで混じっている。
暫くの間は寝台に腰掛け、それらの音を聞いていたが、やがて堪えられなくなった。
アイオナは通りに面した側の庭に出た。篝火は消されているが、真っ暗闇というわけではない。月明かりに、ぼんやりと物の輪郭が浮かび上がっている。
息を殺して外の様子を窺った。よもや火が放たれることはないと思うが、このようなことは初めてである。何が起こるか判らない。
「何をしているっ!」
突如側面から怒鳴られた。ダーシュだった。
つかつかと歩み寄ると乱暴にアイオナの手を取った。
「部屋で大人しくしていろと言ったはずだ。流れ矢に中たりたいのか?」
ダーシュの顔は暗くてほとんど見えない。だが口調の割には怒っているようには感じなかった。むしろ心配されていると思った。
「外の様子が見てみたかったの。すぐに戻るわ」
「何が起こったか知りたければ後で幾らでも話してやる。安全な時に、火にでもあたりながらな」
皮肉は気に入らなかったが、言い返す気にはなれなかった。ここで意地を張っても愚かなだけだ。今は非常事態なのだ。
部屋に戻ろうとした時、召使いが駆け込んできた。玄関の方から庭を回り込んで来たのだ。
「ダーシュ様!」
「なんだ?」
「正門に賊が!」
「解った。すぐ行く」
声をかける間も無くダーシュは走っていった。一瞬、後を追おうかと思ったが、思い止まった。そんなことをしても意味が無い。それどころか有害なだけだ。
アイオナは再び部屋に戻り、しっかりと鍵を掛けた。
*
屋敷の門前にはすでに血臭が漂っていた。切られたのは賊か? それとも屋敷の使用人か? 斬り合いの音が耳に響いてくる。
ダーシュは足早に前庭に歩み入った。ここだけは篝火を残してある。視界の確保のためだ。もちろん火に呼び寄せられる虫のように、賊どもが集まってくるのは判っていた。
それでも火を残したのは暗闇の中で踏み込まれた場合には、まずお互いの姿を確認出来ないからだ。
こちらの立場を證立てることが出来れば切り合いにならずに済む。
そう考えていたのだが遅かったようだった。
斬られたのは屋敷の使用人らしい。他の使用人が取り付いているが、もう意識が無いようだった。
左の方ではヒスメネスが賊を相手に斬り合っている。振るっているのは反りのあるローゼンディア式の刀剣だった。
見た感じはアウラシールの直剣に比べて細身であり、優美にさえ見えるが、そんなことはない。
実際には刀身の重ねが厚いことも多く、見た目に反して鉈に近い武器なのだ。
切るということに限って言えば、アウラシールの直剣よりも遥かに優れた殺傷力を持っているのだ。
しかし奴は事実上の屋敷の主人であるから、奴が倒れればこの屋敷はお終いだ。そこのところを自覚しているのだろうか?
だが――
――背後に隠れて怯えている主人よりは、余程いいか。
ダーシュは口許に微かな笑みを浮かべた。まったくあの女といい、この家宰といい、ローゼンディアには出来た人間が多いようだった。
雄叫びをあげながら賊の一人が斬りかかってきた。
ダーシュは下方から剣を跳ね上げて男の腕を斬った。同時に横に踏み出して流れてくる剣を躱した。血が左肩に降り掛かってくる。そして男の絶叫。
男の背後に回り込むと、止めの一撃を頸筋に打ち込んだ。男は千切れかけた首を揺らしながら血を撒き散らしつつ、倒れていった。
賊はあと三人残っていた。剣を構えてはいるが切りかかってくる気配は無い。おそらく逡巡しているのだろう。
ヒスメネスの剣に貫かれた賊が、呻くような長い悲鳴を上げた。倒れたところを屋敷の使用人が斧で止めを刺した。
「おい、お前らの中にハダクと話せる奴はいるか?」
ダーシュはアウラシール語で話しかけた。三人はびくりと身を動かした。アウラシール語で話しかけられたことが意外だったらしい。
それはそうだ。この辺りではイデラ語が公用語だ。
一口にアウラシールと言っても、ここらはその西方地域に当たる。アウラシール語はもっと南の方で使われている言葉である。
しかしだからといってアウラシール語が通じないわけではない。
東西南北にはそれぞれの呼称があるものの、地域全体を指す名称として、アウラシールが選ばれているのにはやはり理由がある。
文化も言葉も、南方地域、つまりアウラシール語が生まれたジルバラ地域が基準になっているのだ。
よってアウラシール語を話せる者の数は少なくない。
そしてハダクはアウラシール南方のジルバラ地域からやって来た男である。その手下ならば、アウラシール語を耳にすれば必ず反応するだろうと思っての事だった。
「俺はハダクとは知り合いだ。この屋敷は俺の屋敷だ。手を出すとお前ら後悔するぞ」
男たちは剣を構えたまま、互いの顔を見つめ合った。こそこそとささやき交わした。
「あんたの名前は?」
一人が声を張り上げた。
「ダーシュ・ナブ・アザル・ナブ・イシュク・アヌン=ダナンだ」
それを聞くと賊たちは後退り、屋敷の正門から通りの闇の中に消えた。駆け去る音が後に残った。
ダーシュは剣に血振りをくれて、自分が斬り殺した男の服で拭いをかけた。それから鞘に納めた。
「これからどうなりますか?」
ヒスメネスが話しかけてきた。今の会話は聞こえている。内心穏やかではないだろうが、それを感じさせること無く傍に立っている。
「今夜の内に誰か送られて来るかも知れんな。その時は俺が会おう」
「いきなり攻めてくるということは無いのですか?」
「おそらく無いな」
ヒスメネスが息を吐いた。安堵したらしい。
「だが警戒は怠らない方がいい」
「どこへ行くのです?」
「中に入るのさ。広間に居るから用がある時は呼んでくれ」
いつまでも前庭で立ちっ放しでいるつもりはなかった。
どのみちはっきりするのは明日の話だ。今夜中に物事が決まるとは思えない。
それにいざとなれば自分の身はどうとでもなる。逃げ出すだけなら、そう難しいことではない。だが一人で逃げるわけにはいかないのだ。
最悪の場合アイオナを連れて逃げなければならない。それを考えると気が重い。
ダーシュは屋敷の中に入った。男たちは出払っているし、女子供老人は中庭に集まっているので人気が無い。
アイオナだけは自室に待機させてあるが、それを除けば屋内には誰も居ないのだ。
取り敢えず返り血を落としたいと思い、ダーシュは水場へと向かった。水場の傍には避難している者たちが固まって坐っていた。
「お前たち、もう屋敷に戻っていいぞ」
教えてやると、皆のろのろと屋敷へと戻り始めた。何人かは頭を下げてゆく。
全員が居なくなった後でダーシュは服を脱いだ。
このまま血まみれでいるわけにもいかない。井戸で血をぬぐおうと考えたのだ。
気温はそれほど低くはないが、服を脱ぐとさすがに若干の寒さを感じた。
水が冷たくなければいいがと思いつつ、上着を井戸の脇にかけて水を汲んだ。
期待に反して水は結構冷たかったが、布を水に浸して顔や肩、胸を素早く拭いた。
ふと嫌な気配を感じた。
素速く身を伏せて転がった。硬い物が井戸の石組みにぶつかる音がした。
――投剣!
起き上がると同時にダーシュは剣を取った。すらりと抜き放つ。
目の先の暗闇に何かが居る。右手の木陰か、それとも左手の植え込みか。
空気、ではなく気配が動いた。雰囲気が変化した。
ダーシュは再び横に動いた。屋敷に向かって走った。己の居た場所を目懸けて再び投剣が飛来した。
――暗殺者。
血の気が引くのを感じた。まさか暗殺者に狙われることになるとは……。
心当たりはある。誰が差し向けたのかの見当も付く。
暗殺者とは、アウラシールでは死の使徒としてよく知られた存在である。
その組織に狙われた者は、たとえ王族であっても死を免れ得ないという。
彼らは遠く東方の山脈に根城を持つというが、一体それがどこなのかは誰も知らない。
アウラシールの長い歴史の中で、その闇に属する部分を受け持ってきた集団である。
柱の陰に隠れたまま、ダーシュは荒い息を吐いた。胸の前に剣を構えて動かなかった。
いや動けなかった。おそらく投剣には毒が塗ってあるだろう。擦れば終わりだ。
――生命は無い。
そう認識した途端、どっと汗が出てきた。恐怖? いや逃げ出したいとは思わない。頭は冷静だ。望ましい状況とは言えないが、怯えて萎縮しているということは無い。
「誰か! 誰か居ないか!」
大声で叫んだ。
「誰か庭に来てくれ!」
恥ずかしいとは思わない。虚勢を張って、闇の中で暗殺者に向き合う方がどうかしている。愚かとしか言い様がない。
暫く待った。やがて扉が開く音がして足音が近づいてきた。
「ダーシュ……何があったの?」
アイオナだった。
再び血の気が引くのを感じた。怒鳴りつけようとした時、植え込みが鳴る音がした。猿のような影が塀に跳び乗り、通りの方へと消えていくのが見えた。
「な、何?」
「行ったか……」
思わず呟いた。安堵した。
*
「誰か――!」
寝台に腰掛けて小さく縮こまっていたアイオナは、近場から聞こえたただならぬ叫び声に飛び上がった。
ダーシュの声だった。
一体何があったのだろう!?
しかし、立ち上がったはよいが、そのまま立ち尽くした。
見に行きたいが、外に出るなと言われている。そもそも駆けつけたところで何が出来よう? 足手纏いになるのが落ちだ。それに――
なんと言っても恐ろしかった。
アイオナは首を振り、両手に握り拳を作った。
仮初めとはいえダーシュは我が夫だ。妻として夫を護るという契約をした。危急にある夫を助けにゆかぬわけにはいくまい。
アイオナは意を決して外へ出た。
声は外の庭から聞こえた。真っ暗な廊下を手探りで進み、月明かりが届くところまでやってくると、庭と一続きになった廊下の柱の陰に、蹲っている人影が見えた。おそらくはダーシュだろう。
「ダーシュ……何があったの?」
声をかけた途端、庭の植え込みが鳴った。そちらの方を見遣ったが、反応の遅れたアイオナには、そこから飛び出した影を見ることは出来なかった。
「な、何?」
ただひたすら驚いていると、ダーシュが安堵したような声を出した。
「行ったか……」
何が何やら判らないが、どうやら危機は去ったらしい。
「だいじょうぶなの?」
ダーシュの許へ駆けつけようとしたら、
「出てくるなと言っただろう!」
怒鳴りつけられた。
さすがに腹が立った。勇気を出してここまでやってきたというのに。それに、怒鳴りつけられるのは今夜二度目である。
「何よっ! 誰か来てくれってあなたが言うから、来てやったんじゃないの! わたしのお蔭で助かったんじゃないの!?」
「結果的に助かっただけだ。あいつがお前も殺すつもりだったら、お前を護るどころか、俺もお前も死んでいた」
アイオナは青冷めた。
「さっきの音……やはり庭に賊が居たの?」
「お前、見なかったのか?」
「……何も」
「そうか……」
ダーシュは立ち上がって井戸の方へ向かった。アイオナは何やら妙なものを感じて、ダーシュの後を追った。
ダーシュに近寄った途端、血の臭いがした。
「あなた、怪我でもしてるの!?」
「いや? ……そうか、血の臭いがするか? 俺の血ではない。返り血だ」
よく見ればダーシュは上半身裸で、井戸縁には黒ずんだ衣服が掛けられていた。衣服は白かったはずだから、おそらくは血だ。
人の血だ。
そう思うと、ぎゅっと心臓が収縮した気がした。
「恐いか?」
既視感のある言葉である。
「べ、別に恐くなんてないわよ。わたし、鶏の屠殺は得意なのよ」
ダーシュは鼻で笑った。
「そんなのと一緒にするなよ」
アイオナは釣瓶を落とし、水を汲んだ。
「ちょっと坐って。拭いてあげる」
ダーシュはまた笑った。
「優しいもんだな」
アイオナはむっとした。この男は、どうしてこういう態度しか取れないのか。
「そりゃあ、あなたの妻ですもの」
言うなり汲み上げた水をダーシュの頭にぶっかけた。
「っ――!!」
ダーシュは勢い良く飛び上がった。
「がっ……! おっ……!」
文句を言っているようだが、あまりの冷たさに声が出ないようだ。
井戸水がそんなに冷たいとは思えないが、ダーシュはがたがたと体を顫わせている。
いい気味だとアイオナが思った瞬間、
「ひゃっ!!」
ダーシュに抱きつかれた。
アイオナは、予想だにしなかったその行動に驚くと同時に、ダーシュの体から伝わってきた冷たさにも驚いた。
「ちょっ……! 何すんのっ!!」
逃れようとするが、がっちりと拘束されていて動けない。
「妻なら文句を言うな」
耳許でささやかれた。
どきりとした。
揶揄われているのは判っているのに、否応もなく胸がどきどきする。冷やされた体が熱くなっていく。
不意に持ち上げられ、足が地面から離れた。ダーシュはそのまま歩き出す。
戸惑いながら、胸を高鳴らせながら、どこに行くのだろうと思っていると、屋敷の中に入り、暗い廊下を歩き、アイオナの自室までやってきた。
しかし、部屋の中に入ってさえ解放されなかった。ダーシュは寝台に向かい、そこにアイオナをそっと横たえた。
ここに来て漸く、ダーシュはアイオナから離れた。しかし、アイオナの胸の高鳴りは収まるどころか、いよいよ息苦しくなるほどだった。
息を詰めて硬直していると、ふっとダーシュの笑い声がした。
「また期待しているのか?」
アイオナはかっとなって枕を投げた。ダーシュは笑いながら易々と避けた。
「いいか? 大人しくしてろよ」
と言い残すと、アイオナを置き去りにして部屋を出て行った。