第八章・三
剣術の練習の場所は屋内に移った。しかし本来はここが稽古場だったのだとシュガヌ師は教えてくれた。
つまりここが本来近衛兵の稽古場だったところなのだが、ザハト達が政権を奪取するまでは他の用途で使われていたらしい。
それをザハトの命令によって片付けられ、補修されたのである。
壁際には剣架があり、木剣や練習用に刃を潰した剣などが架けられていた。
稽古場の正面は全体を見渡せるように一段高くなっており、以前はそこに、おそらくは立派なムムトが置かれていたのだろう。
しかし今はシュガヌ師のための真新しい椅子が置かれていた。それは足の悪い師匠に対するザハトの心配りであった。
練習に参加するのはイシュタトと後は全てゴーサの傭兵達である。
傭兵達は全部で五人いて、皆ザハトのザナカンダ行でシュガヌ師に会ったことのある者達だという。
稽古場に入るときは皆動き易い服装をしており、あのゴーサの傭兵独特の白装束は着ていなかった。
皆ハルジットの人間なので、イシュタトが普段見ている人間達とは面立ちが違う。最初はその事に少しだけ戸惑ったがすぐに慣れた。
彼らは異国人ではあったが、それを言うならアウラシールでは都市ごとに全て異国人なのである。重要なのは付き合えるかどうかということだけなのだ。
そして彼ら五人は問題なく付き合える類いの人間だった。
皆シュガヌ師を敬い、礼儀正しく、真面目に稽古に励んだ。
しかも驚くべき事に全員が、イデラ語の他にもアウラシール語も話せるという。
ハルジット語ならば読み書きも出来るし、他の二つについてもかなり読んだり書いたりできるらしい。
イシュタトが驚いていると、傭兵としてやっていくには最低でも母語であるハルジット語に加えてこの二つの言語を憶える必要があるのだと教えられた。
傭兵とは戦ってさえいれば良いのだろうと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。
皆イシュタトよりも年上であったが、その年齢の差よりも、もっと遥かに大きな力の差というか、積み重ねてきたものの差というか、そういうものを感じさせられた。
だが焦っても仕方ない。自分に出来ることは学問をし、剣を鍛錬することだ。劣等感に苛まれつつも、イシュタトは黙々と自己を鍛え続けた。
イシュタトから見て、特に見事だと感じられたのはマーレフである。
彼は『剣の神殿』で正式の剣を学んだ経験があり、動きが非常に綺麗だったし、こと長剣に関して言えば他の四人の仲間から頭一つ抜け出ていた。
彼が剣を振ると風を巻いて音が立った。その剣は重く、速く、容易には受けられぬ鋭さを持っていた。
しかし本人はそれをまったく鼻にかけることもなく謙虚に稽古に励んでいた。
だが考えれば当然なのだ。
そのマーレフが、シュガヌ師にかかるとまるで相手にならない。幼児から物を取り上げるように剣を奪われ、転がされてしまう。
初めの内は何度もシュガヌ師に掛かっていったマーレフだが、余りに一方的にやられるので、今では何か工夫が思い付いたときだけ再戦を願い出るようになった。
尤もそれでも一度も勝てていないのだが。
イェヒムとヴァーファルは仲の良い友人同士であり、二人とも実戦的な稽古を好む傾向があった。よく木剣を打ち交わすような稽古をしていたし、イシュタトが側に居るとその稽古に誘ってくれた。
足を掛けて転ばせたり、体当たりで弾き飛ばしたりとそれは激しい稽古だったが、怪我をさせられることはなかった。荒々しく、激しく見えても二人はちゃんと相手に合わせた稽古をするだけの力量と判断力を持っているのだ。
意地悪などされたこともない。イシュタトが上手く受け身を取れなかったりなどすると、すぐに心配して具合を見てくれるのだった。
ナッハは槍が得意だった。なので稽古の時にはいつも敵役、それも槍を使う相手役をやらされていて文句を言っているが、結構楽しそうであった。
その動きを見ていて、イシュタトは槍という武器の恐ろしさを知った。おそらく同じ腕前なら、剣では槍に勝てないだろう。
ザブラムは理論派の男だった。綺麗に整えられた髭は貴族のようでもあり、目つきは鋭く、かなりの男前だと言えた。
彼は剣技を研究し、その理合や、心法などを常に考察していた。だからといって腕が劣っていたわけではない。マーレフに次ぐ剣技を身に付けていた。また弓の名手でもあった。
ザブラムはマーレフのように鋭く激しい剣ではなく、静かな剣を遣った。剣先をやや傾けて構え、相手と擦れ違うような、受け流すような戦い方をした。
「達人に殺されないための戦い方だのう」
それを見たシュガヌ師はそう評した。イシュタトには意味が判らなかった。
これら五人の傭兵達が真面目に練習するのだ。
稽古場にはいつも一種異様な迫力というか熱気が満ちており、イシュタトは身が引き締まる思いがした。
五人は皆イシュタトには優しかった。
元奴隷ということなど誰も全く気にもしていない風であり、弟のように可愛がってくれる。
実際イェヒムにはイシュタトに近い歳の弟がいるという。ゴーサの町で暮らしているのだ。
マーレフには妹が居るという。その内紹介してやると言われたことがある。イシュタトが戸惑っていると、男たちは笑った。
それはイシュタトが久しぶりに聞く笑いだった。決して、奴隷に向ける嘲りに満ちた笑いではない。それは仲間に向ける親愛の籠もった笑いだった。
五人の傭兵は皆、金のために戦うのだという。ゴーサの町は傭兵が産業であり、そこで産まれた男子はかなりの者が、長じて傭兵になるのだと聞かされた。
外貨を稼いでくる傭兵たちはゴーサの誇りであり、とても尊敬されているのだという。
稽古の課題は日増しに増えていった。
力を付けるための鍛錬、根本となる体の使い方、足の運び方、目の使い方、などなど、直接剣を持って稽古する前にやるべき練習が沢山あった。
そしてこれらの稽古で培った技術は、剣を振るときには常に実現できていなくてはならないのだ。
肝心の剣についても無数の注意点があったが中でも最重要な事として、
「絶対に力を入れてはならない」
ということを繰り返し教えられた。
頭上に構えるときでさえ、力で振りかぶってはならないという。
「振りかぶるのではない。剣は勝手に上がるのだ」
それを判らせるために、シュガヌ師はわざわざ剣を振り子のように振らせて、その勢いでひょいと上げさせるという練習をさせた。確かにこれなら力は要らない。
最初は全く意味不明だったこれらの言葉や稽古の意味が、朧に判りかけてきた頃、試合形式の稽古が始まった。
と言ってもいわゆる『試合』というわけではない。半分約束で動き、半分は流れに任せるような独特な稽古である。
これは試合の前段階の稽古であり、『流し』とか『解き』と言われるものらしい。
「いきなり自由に動けなどと言われても何も出来ぬ。自分でも何をやっておるか解らぬような事になるのが落ちだ」
というのがシュガヌ師の考えであった。
「だがこれは試合の為の練習ではない。準備ではあるがな。そこを履き違えるなよ」
「どういう意味でしょうか」
「試合は出来るが、試合の練習は出来んということだな」
それがシュガヌ師の考えであった。意味が解らない。
「いかなる稽古をしたところで実際の斬り合いには及ばん。試合は試合だ。そんな下らぬものに手間を掛けてはおれん」
シュガヌ師は木剣を持っての試合というものを重視していないのだった。
「遊びのようなもんだ」
そうも言う。そしてそれほどに実際の斬り合いは恐ろしいのだと何度も言った。
「お前もいつか人と斬り合う時が来るだろう。その時になれば儂の言っていることが判るだろう。だがそれでは遅い。おそらくな。だから、今掴め」
真剣な目でそう教え諭してくれた。
イシュタトとしては言われた通り稽古するしかない。シュガヌ師を疑ってはいない。そこは問題はない。
問題は、自分が正しくシュガヌ師の教え通りに稽古できているかどうかということだった。その確信が持てないのだ。
不安を抱えながらの流し稽古が始まった。
そしてこの事はまた別の課題を浮かび上がらせた。意識の問題だ。これは想像もしていなかっただけに厄介な問題だった。
要するに打ち合っている内に、自分が何をやっているのか判らなくなってしまうのだ。
悲しいことにそれが素人の、つまりは剣という技術を内在化させ得ていない者の特徴なのだった。
まさにシュガヌ師の言う通りなのである。
準備の出来ていない、腕がそこまでの水準に達していない者には、自由に動く試合形式の稽古など不可能なのだ。
無闇矢鱈に雄叫びを上げて斬りかかることは出来るだろう。気合いと腕力で剣を振り回すことは出来るだろう。だがそれは剣術では無い。
持って生まれた体の大きさや、目や手先の器用さなど、生来の才能頼みの勝負になってしまう。それは動物の戦いと同じだとシュガヌ師は言う。
「苟も剣術という名を冠している以上、そこには道理が、人の知性の働きが無くてはならぬ。剣術剣技の流派は数多い。『剣の神殿』だけでなくとも、このアウラシールに一体いくらあるのか儂にも見当が付かぬ。しかしどれも概ね、技速き者が技遅き者に勝ち、力ある者が力なき者に勝つだけの事に過ぎん。こんなことは自然天与の能力の話であって、稽古を重ねて得られたものではない。お前も儂がこの屈強な男たちを手玉に取るのを観てきただろう? 足の悪い、しかもいい歳をしたこの儂がだ。それは儂に力が有ったから、技が速かったから勝てたのではない。よく観るのだ。イシュタト。その眼に意思を籠めてよく観るのだ。そして考えよ。剣術は老人が若者に打ち勝ち、小男が大男を倒す。百戦して百勝するものでなければならぬ。そうでなければ学ぶ価値が無いではないか」
確かにそうである。しかしそれは理想ではないのか。
そんな境地に人は立つ事は出来ないのではないか。
「確かに人は立てぬ」
シュガヌ師も認めた。
「しかし真に道理を辨え、剣の理を体現した時、その者は人を超える」
「人を超えるのですか?」
「……そうだ。それを『剣の聖者』という。若い頃、儂は二人の聖者に会ったことがある」
シュガヌ師は遠くを見るような目をした。
「いずれも技、神に入るというやつでな。それは凄じいもんだった」
「教えを受けられたのですか?」
「まさか。儂ごときでは聖者の体現しているものなどほとんど解らぬよ」
シュガヌ師は自嘲的に笑った。
「あまりにも大きな差があるのでな。羨ましいとも思わなかったわ。ただ、不思議でなあ……どうやってあそこまでの境地に達したのか」
イシュタトの知る限り、シュガヌ師は最高の達人である。その師をして尚、理解の外にある境地が存在するのだという。イシュタトは目眩がする思いがした。
「天を観よ。月光の影を観よ。星々の奏でる音を聞け。そう言われたな。あの頃の儂にはさっぱり解らなかったが」
空にはためく旗のように。水の流れに揉まれる魚のように。
自然そのままで、必ずしも形式を追求しない。
無念無想で姿勢を正しくし、深く意識を沈めれば、悉く相手の動きが判るようになる。
相手の進退、身と意の掛かり具合、どんな技をどのように仕掛けて来るのか、その全てが己が掌を指すように判るようになるのだ。
すると相手の動きに応じた自由自在の変化ができる。
見るが良い。僅かな動きで敵の打ち込みを外し、剛強な一撃を易々と撥ね返す。それは決して力が強いから、動きが素早いから出来るのではない。
ごく軽やかな羽や蠅さえも身に触れさせない。
人が己を知らず、己が人を知れば向かうところ敵なしである。
立てば秤りの如く。動けば車輪の如し。
一足にてファルナーシュのように立て。身が偏き沈めば動きは崩れ、その繋がりが維持されなければ動きは滞ってしまう。
何年剣の修行をしても、この真理を悟り、実地に活かせなければ悉く人にやられてしまう。
彼我一体の極意を洞察せよ。これを心得て剣を修練すれば自然と奥義に達する事ができる……。
もはやイシュタトには神学の講義と変わらない。
しかしこれが実際の、文字通り実用のための教えだというのだ。訳が解らない。
ファルナーシュは大河ニスルに暮らす鳥のことだ。ほっそりとした美しい鳥で、葦のような細い長い足を持つ。そして一足立ちをする。
「戦いの中、剣は万にも変化しよう。しかしその帰するところは一つ、ただ一つの剣である」
シュガヌ師は剣の聖者にそう教えられたという。
「剣が上がる。それをそのまま降ろす。するとそこに相手がいる。難しいことはなにもないとな。そう言われたよ」
それは果たして剣なのか。もはや戦いの技という水準を大きく超えているのではないか? イシュタトは疑問を感じた。
いつか判る日が来るのだろうか。不安があった。焦りもあった。
だが己を戒飭しなければならぬと思った。
この道は長い。その代わり、自分が想像もしなかった所へと導いてくれるだろう。
偉大な父ギジムがやはりこの道を歩いたのだ。そして今自分が同じ道を行こうとしている。
その事をよく考えなければならない。知らなければならない。探らなくてはならない。
全身全霊で受け止めなくてはならない。
「儂には解らぬ事だが……」
そう言って、シュガヌ師が話してくれたことがある。
その昔、ある剣の聖者はどんどんと自分の持つ武器を短くしていったのだという。
そして遂には何も持たず、無手になってしまった。
短、極まれば無。
そう言ったという。だがそれは剣と言えるのか。本人にとっては剣なのであろう。しかしそうなると果たして剣とは何なのか。
解らない。だが響くものがある。その響きを、疼きを頼りに進んでいくのだ。
こんなに楽しいことはない。
流し稽古の相手はゴーサの傭兵達である。望める限り最高の稽古相手であると言えた。
「止まるな! とにかく動け!」
ヴァーファルの叱咤が飛んだ。
木剣を打ち合わせている内に、意識が続かなくなる。
どうして良いのか判らなくなり、単調な攻撃を繰り返したり、酷いときには動きが止まってしまったりする。そしてそんな時は頭が空っぽになってしまうのだ。
それはとても危険なことだとゴーサの男たちは教えてくれた。
戦っている最中に考えていては駄目なのだ。
考えるよりも先に動き、体に、体を守らせなくてはいけない。
だが、それは反射的に手足を動かし続けるということでは無い。
手や足にも意識があり、各々独自に考えるのだという。その反応を、手足の、体の告げてくる意見を、戦略を、頭で考えることなく流れの中で取捨選択していく。
そして最も適切な判断を、動きをしていくのだ。
その為には自己の全身を、より高次の自己意識で統御しなくてはならない。
「体も大事。心も大事。意識も大事だ」
シュガヌ師はそう言う。
「意識によって体を運べ。心を収めて殺気を剣に籠めろ。そして己が身を虚しうしろ」
例によって何を言われているのか半分も解らない。しかしその為の練習が繰り返された。
「意識が途切れたときは殺されるときと思え」
シュガヌ師はそう語った。
払ったと思った剣が急に側面から飛んで来た。何故そこから剣が来るのか判らない。
咄嗟に受けたがその勢いで体が流れ、イシュタトは蹌踉めいた。
手加減をされていてさえ、ヴァーファルの一撃は鋭く激しい。
追い打ちを掛けてこない。イシュタトが蹌踉めいたので攻撃を止めてくれているのだ。
必死に体勢を立て直しつつもイシュタトにはそれが判った。
これは稽古なのだ。壊すための、潰すためのものではない。自分の技量が上がれば、ここから更に打ち込んできてくれるようになるだろう。
そう考えると楽しくなってくる。まだまだ先があるのだ。剣は面白い。深みの底が知れない。
それなりの手加減をされた一撃であっても、受けに回って上手く威力を殺しきれなければ、木剣はイシュタトの手から引き千切られたように飛んでいく。
そうでなくとも腕の骨まで痺れ剣を握っていられなくなったり、肩が潰れるような衝撃があったりする。
「体全体で威力を受け流せ」
そう助言してくれるが、試合にも似たこんな稽古で激しく動く中、そんなことがそうそう出来るものではない。
暫く打ち合っているとイシュタトは息が上がってしまう。手が痺れてくる。木剣が凄く重たく感じられてくるようになる。
「よし、休憩だ」
ヴァーファルの木剣が下がった。
「イシュタト、手を見せてみろ」
言われた通りに掌を見せると、ヴァーファルは指先でその感触を確かめた。
「そろそろ気を付けた方がいいな」
「まだ大丈夫ですよ」
反論するとヴァーファルは笑った。
「やる気は良いが、肉刺ができたらそれだけ稽古が遅れる。結局は自分が損するのさ。練習で無理して怪我をしたりすることほど馬鹿らしいことはない」
「お師様は馬の皮のような掌をされています」
シュガヌ師の掌の皮は分厚く、それに胼胝までできているのだ。
「あれは長年の修練で出来上がったものだ。お前がああなるには十年以上かかるぞ」
「違いない」
横で聞いていたイェヒムが笑った。
「握り方を工夫するんだ」
少し離れたところからマーレフが声を掛けてきた。
「剣匠様も仰っておられるだろ? 力みを抜けと。俺が『剣の神殿』に居たときなど、花を捧げ持つように剣を持てと教えられたよ」
「本当ですか?」
「ああ、事実クドゥリ師はそのように見えた」
マーレフは長剣を体の脇に、そして剣先を真っ直ぐ上に向けた。
「こうやって構えられるとな。何やら花を捧げ持つ祭官のように見えたものさ」
剣が花だと?
まるで違うではないか。イシュタトには両極端のような関係だと思えた。
「剣に見えるようではいかぬ。それでは敵の構えを解くことができぬとな……俺にはまだよくわからんが」
「なかなか面白いことを言うのう」
シュガヌ師が会話に参加してきた。
「なるほど花を捧げるように持てか。確かに理は判る」
「お判りになるのですか!?」
「ああ、おそらくはこういうことであろう」
言って、シュガヌ師はマーレフと同じように剣を構えた。
イシュタトは驚いた。まるで印象が違う。
花という風にも見えない。子供がただ棒か何かを持って立っているようにしか見えなかった。
だが共通点はある。要するに剣を構えているようには見えないのだ。
「花か……」
シュガヌ師は呟いた。
「言いたいことは判る。立ち合いを考えればそうなっていくであろうしな」
「と申しますと?」
興味を持ったのだろう。マーレフが続きを促した。
「立ち合いというのは恐いものでな。何が起こるか判らぬ。だからなるべく、相手のやることがこちらの予想に収まるようにしたいわけだ」
「はい」
「その為には立ち合った瞬間に、相手を既に絡め取っていなければならん」
「はい?」
今度はマーレフは疑問形の返事をした。
「お互いに動き出したときには、もう相手はこちらの仕掛けに掛かっているというわけだな。それが理想であり、剣技の剣技たる所以であると儂は思っておる。これが出来れば実際の立ち合いはほとんど『王の遊戲』で駒を動かすことに等しい。決まった手順をなぞるだけだからのう」
「……一体どうやって?」
「わからんか?」
「……恥ずかしながら判りませぬ」
「それが判らん内は、お前、その感覚を身に付けた相手には一瞬で殺されるぞ」
言葉が過ぎるのではないか。
まさか。
マーレフほどの強者がそんなことはある筈ないとイシュタトは思った。
「いいか? 大事なのは相手と自分、対極に立った同士がどういう関係にあるかということだ。見かけなんぞに騙されるな。そこにおいて心の占める割合はお前が思っているよりも遥かに大きいぞ」
「はあ……」
「納得できんか。だがお前いつも儂にいいようにやられておるではないか」
シュガヌ師は笑った。
「速さや、間合いというものをよく考えてみることだ。本当の意味で最初からな。事実は動かん。それは変わらん。だが人の現実を作り出すのは心だ。心は現実を作り、お前を騙す」
マーレフは納得できないようだった。難しい顔をしていた。
近くで話を聞いていたゴーサの傭兵達も少し戸惑ったような顔をしている。
おそらくマーレフ同様の感想を抱いているのだろう。しかし解らないという点ではイシュタトも同様である。
「しかし花というのはいい。いい言葉だな」
シュガヌ師は目を閉じた。何かに耳を澄ませているように見えた。
気配が無い。置物のようだ。
「……己自身が花であり、草のようであってもよい。風に揺れる草のように自然であればよい」
目を開き、シュガヌ師はまた椅子に戻った。
しかし待て。いつ構えを解いたのだ?
イシュタトには判らなかった。今まで剣を構えていたはずだ。
それが何故いきなり坐っている。
いや動いているのは見えていた。坐るところも見ていた筈だ。
だがどうやって? 何が起こったのか。
その流れのようなものは印象に残っているが、どのように木剣を降ろしたのか、椅子の脇に掛けたのかが判らない。
憶えていないのではなく、そもそもそれを見た記憶が無い。
「相手の武器をよく見ておけ」
とはシュガヌ師からいつも言われている注意事項である。だからイシュタトは最近では誰に会っても、相手が武器を持っていればそこに意識を留めてしまう。
それでも見えなかった。何故なのか。
「見えなかったか」
イシュタトの動揺を感じたのだろう。シュガヌ師が呟いた。
「……心の集中が必要だ。お前の意識にはまだ穴がありすぎる」
剣を振るう間、一瞬たりとも意識の集中を欠いてはならないというのは、シュガヌ師がいつも言っていることであった。
今だって集中していたのだ。だがそれはまだまだ十分ではなかった。
その事を思い知らされてイシュタトは悔しかった。もっともっと稽古を積まなければならない。
「鍛錬中、失礼いたします」
道場の入り口から声が掛かったので見ると、宮殿で働いている召使いの一人が膝をついて控えていた。
「……摂政閣下からイシュタト様をお呼びするよう申し付かりました」




