第七章・一
以下、第七章を読むにあたっての注意点です。
第七章は後で書き直すことになるかもしれません。
先のシーンを書いてみないとわからないというのと、この辺の時間軸が少し複雑というのがありまして。
それでも更新したのは、このままだといつまで経っても更新できないからです。
影響が出そうなのは、最大で第七章から第九章、第十章くらいまでかと予想してます。
現時点では問題は出ないだろうという想定でとりあえず更新しましたが、そういう可能性はあるとご報告しておきます。
横になって額に濡れた布を当てていると少し気分が良くなってきた。
首の下にも水を入れた皮袋を置いてある。
こういう時は首の太い血管を冷やすのが良いという大伯母イネスの言葉によるものだが、確かに効果的な気がする。
まったく我ながら呆れた話である。湯でのぼせてしまうなんて。
あれはシフォネがいけないのだ。答えにくいことをしつこく聞いてくるのが悪い。
助け出された後、商館の使用人たちによって自室に運び込まれたアイオナは、天井の絵をぼんやりと眺めながらそう思った。
天井画は祖神トリュナイアである。
客間である三階には海神ゼーフルの天井画があるが、これはもちろん宿泊者の目を楽しませる為であって、本来ならばメルサリス家の使う四階には豪華な天井画など必要ない。
メルサリス家には浪費家はいない。奇人の父でさえ、倹約を心掛けている。
まあそれも「通常は」、であるが。
いきなり発作のように妙な買い物をする癖が父ファナウスにはある。
そういうわけなので、本来ならば家族が使う四階には天井画などない筈なのだ。
アイオナの両親は二人揃って、石造りよりも木造の建物を好む。
これはカプリア地方の人間としては珍しい部類になる。
カプリア地方の建築物は石造りが主流であり、木造建築は余り見られない。
中心となる部分は石で作り、木材はと言えば用途別、または装飾的に使われる事が多いのだ。
ところが二人とも石よりも木の方が好いという感性を持っている。
特に母のエリーデにはその傾向が強い。彼女は植物が好きで、どうにも石の建物は好きになれないのだ。南国趣味というのか、緑のものを好み、自宅には多くの花や樹がある。
父ファナウスは動物を好み、母エリーデは植物を好むのだ。
そして二人とも命を大切にする。だから生き物それぞれの生活・生育環境をなるべく維持しようとする。
つまりは巨大な温室を作り、その中に南国の木が生え、猿や猫科の猛獣が歩いているのだ。
その結果カプリアの自宅は野趣溢れるというか自然傾向過多というか、微妙な感じの邸宅になってしまった。
悪いとは言わない。アイオナだって自宅は落ち着く。
ただ少々度が過ぎている気はする。
とにかくそんな感性というか、事情によって、この商館もまた木造建築である。
だから天井を見れば木目を睥むことになる筈なのだが、この部屋、つまりアイオナが自室として使っている四階の天井には、何故か見事な女神トリュナイアの絵が描かれている。
これには理由があり、とある絵師に仕事をさせる為に註文したものだという。
詳しい話は知らないが、どうも両親の馴れ初めに関わっているらしい。
父も母もその内容を教えてくれないので事情は解らない。
だが、いい絵だと思う。とても。
扉が敲かれる音がしたのでアイオナは目を向けた。きっとシフォネだろう。
「どうぞ」
声を掛けると、何と入って来たのは父ファナウスだった。
「具合はどうだ? 風呂でのぼせたそうだな」
ファナウスの言葉には心配した様子があり、アイオナはそれを恥ずかしく感じた。
「はい。この歳になってこんなことになるなんて……恥ずかしいわ。まるで子供のようです」
「そんなことはないさ」
ファナウスは笑って否定した。
「大事無いならいい。ゆっくり休みなさい」
そう言ってすぐに出て行こうとするファナウスをアイオナは引き止めた。
「何かお話があっていらしたのではないのですか?」
「うん。まあそうだが……話せるかね?」
アイオナが頷くと、ファナウスは近くに寄ってきて椅子を引いて腰掛けた。
「公衆浴場はいかがでしたか?」
「最高だった」
ファナウスは満面の笑みを見せた。
「ハドルメニス先生が来ていてな。まあ婿殿は運の尽きだ」
「まあ」
アイオナは笑った。意味が判るからだ。
接骨医のハドルメニス・アプティオスはディブロス市内に治療院を構える名医だが、場合によっては拷問にも等しい治療をするので有名だ。
「先生は、婿殿は毒か何かに大分内臓をやられていると言っていたぞ」
その言葉にアイオナはひやりとした。
「……ええ、命を狙われたんです」
「穏やかじゃないな」
「はい」
そこで再びアイオナは、あらかじめダーシュと打ち合わせておいた筋書き通りの説明を始めた。
ファナウスはそれをじっくりと聞いていた。
時々質問をしたが、聞かれて困るような質問はされなかった。
あくまで話の流れを確認するためのものだったので、特に遮られることなくアイオナは話し終えることが出来た。
「なるほど」
全て聞き終えるとファナウスは頷いた。
「判っていただけましたか?」
「うん。よく判った」
アイオナは内心ほっとした。この父親さえ納得させてしまえば大丈夫だ。
「しかし困った事になったな」
ファナウスは頤を掻いた。
「何がですか?」
「いや、まさかお前が結婚しているとは思わなかったのでな……これは面倒なことになりそうだ」
そうだ。その事はアイオナも気になっていた。
朝に港で船を迎えた時にもそんな風な感じがあった。
商館に来てからも大伯母の様子には以前とは違ったものがあったし、何か自分の知らないところで事件が起きているのは確かなのだろう。
「あの……父様、何かあったのですか?」
「ああ、あった」
あっさりとファナウスは認めた。
「だが儂の口からそれを話して聞かせるわけにはいかん。母さんとの約束があるからな」
母様と? いったい何の話だろう? アイオナには想像も付かなかった。
「だがまあ、とにかく驚いたぞ」
そう言ってファナウスは大きな笑顔を作った。アイオナにずいと身を寄せてくる。
大きな声では話しにくいのか、耳元に顔を近づけてきた。
人に聞かれては困る話だろうか? でもここは四階だし、今は父と自分しかこの部屋にはいない。アイオナは少し不思議に思った。
「……まさか儂の娘が王族になるとはな」
それは時間を止める一言だった。
アイオナは息を呑んだ。強烈な一撃に言葉が出て来ない。
何か言うべきだろうか?
いや、焦って口を開けば逆に怪しいかも知れない。
しかしここで黙っていれば相手に観察と思考の時間を与えることになる。
父様相手にそれは物凄くまずいことだわ……そんな思考が頭の中を駆け回る。
胸がどきどきする。考えが纏まらない。
「アイオナ、瞬きを忘れてるぞ」
……横で父様が何か言ったが聞こえない。いや、聞こえているが意味が判らない。
やはり何か言い訳をした方が良いだろうか?
しかし、おそらくもう父様は全てを知っているのだ。そう観念しかけてアイオナは思い直した。
いやそれはあり得ない。それはないのだ。
状況から言ってそれはない。ヒスメネスは何も書いてきてないと船の上で聞いた。
父様はそういうことでは嘘は言わない人だ。多分それは本当。
だとすれば鎌を掛けているのか?
そう思って父親の様子を見ると、ファナウスは椅子に深く坐り直して、卓の上から水注ぎを取っていた。器に水を注いでいる。
「飲むか?」
たった今とんでもないことを耳打ちしてきた癖にそんな事を聞いてくる。
「水を飲むと落ち着くし、考えも纏まるだろうしな」
実に何でもない様子であり、重要な話をしているとか、これからしようとしているとか、そんな気配は見られない。
こういう人なのだ。だからといって常に落ち着いているというわけでもない。妙な理由や理解不能なことが原因で慌てることもある。
言うなれば一般とは感覚が少しずれているのだ。要するにそれがファナウスという人であり、つまりはいつもどおりの父様なのだった。
それを確認してアイオナは逆に覚悟が決まった。一度深呼吸した。
「始めに言っておきますが」
「うん」
「話せることと、話せないことがあります。それは承知して下さいね?」
「うん」
頷く父ファナウスの目を見つめる。いつもながら思うが子供のような目をしていると思う。何か面白いことが無いかいつも探している目だ。
そして、この目に騙されてはいけない。
父はアイオナが知る限り、最も深い知性を持つ人間だ。奇人ではあるが。
紛れもなく天才の部類に区分けされる人物だと思っている。身内の贔屓目を差し引いてもそう思う。奇人ではあるが。
だから油断してはならない。細心の注意をもって話をする必要がある。
アイオナは父の目を見て話し始めた。今度は本当の話だ。
ただし、気分的に話したくないことや、ダーシュの、とても個人的な事情に関すると思える部分は話さない。
そして嘘は交えない。嘘を入れると話全体の整合性に歪みが生ずる。後になってそこを尋ねられると大打撃になるからだ。
よってこれまでの事情については全容を、包み隠さず話すことにした。
父親の側にも何か問題というか事情があるようだし、正しくこちらの状況を知って貰えれば何か自分には思いつかない対応策を出してくれるかも知れない。
なんと言っても自分の父親はファナウス・ディアス・メルサリスなのだ。
必ず何か知恵を出してくれる筈だ。
理想を言えば、ここはお互いの情報を出し合って相談すべきだと思うのだが、あちらの側の事情については、どうも母様が口止めをしているらしいからそれはできない。
無論意地悪でないことは判っている。判っているというか信じている。
しかし一体、何だろう?
「ふーむ。やっぱりダーシュ王子か。顔立ちは変わってないから、そうだろうとは思ったんだがやっぱりな。生きていたか」
「確信があって仰ったのではないのですか?」
「ほぼ確信はしていた。初めて会った時からな」
やはり恐ろしい人だと思った。
「ダーシュはなんと言っていましたか?」
「最初にお前から聞かされたような内容を喋ったよ。お前よりもずっと自然な様子でな。なかなかの役者だぞ。あいつは」
公衆浴場で聞かされたのだろう。そう言ってファナウスは笑った。
「ふうむ。ザハトとやらは面白いな。会ってみたい」
「とても危険な人ですわ」
「うん。面白そうな奴じゃないか」
何でも面白そうかどうかで物事を考えるのは父親の悪い癖だと思う。しかもその危険性を自覚しないのだ。
「敵には容赦しない人だとダーシュが言っていました」
「アウラシール人なら普通じゃないか?」
何を言ってるんだという顔をしている。
この人はいつもこの調子なので、話していると段々この妙な空気に飲まれていくことがある。
そうなると逆に、自分の方が怪訝しいことを言ってるのではないかと思わされてしまうのだ。
「まあとにかくザハトは面白そうだ。それは置くとして、問題は暗殺者だな」
「はい」
アイオナは表情を硬くした。
「するとお前は暗殺者の姿を見ていないのだな?」
ファナウスはダーシュが襲われたときのことについてだけ質問をしてきた。
「はい。もう逃げてしまっていたようです」
「市場の連中は何か言っていたか?」
「それがよくは……いきなり刃傷になったらしくて……」
「そうか」
ファナウスは考え込むような目をしている。何か気になる事があったのだろうか。
「重要なのはどこの結社の暗殺者かということだが……ま、それは儂の方で調べてみよう。ああそうだ。うん。良いことを思いついたぞ!」
ファナウスは手をパンと打ち鳴らした。
アイオナは嫌な予感がした。
「あの子は昔から「良いことを思いついたぞ!」と言っては碌でもないことばかりしてきました。気を付けるのですよ。アイオナ」
そんな大伯母の言葉が蘇ってきた。
ファナウスは腕を組み、暫く一人で頷いていたが、急に立ち上がったかと思うと部屋の中を歩き出した。
何か考えを纏めていると判っているのでアイオナは声を掛けなかった。
「よし。今から出掛けてくる。後の事は任せる。ああそうだ。夜までには帰ると思うが、どうなるかわからん」
「ええ??」
アイオナは驚いた。夜には宴があるはずだ。
商会の面々と、あと付き合いのある人たちを招いて、無事到着したことを祝っての宴だ。
そこにファナウスが居ないでは始まらない。
「まあなんとかなるだろう。ああそうだ。部屋の前でお前の王子様が待っているぞ」
王子様?
一瞬言われて意味が判らなかったが、理解した途端、顔が熱くなってきた。
「なっ、な……!!」
「お前が湯中りしたと聞いて心配していたぞ。しかし儂の方により優先権があるとか何とか吐かしてな。今はそれ、その扉の向こうで待っておる」
ファナウスはそう言って扉を示した。
その向こうにダーシュが居るのだと思うと、落ち着かない気持ちになってきた。
「ほほう」
そんなアイオナを見てファナウスは感心したような、意外そうな顔をした。
「とにかく儂は出掛けてくる。それとな、マルガレアが来ているから後で会ってやるといい」
「マルガレアが?」
これまた意外な事実だった。マルガレアは母といつも一緒の筈だ。それが単独でディブロスに来ているなど考えにくい。
母様がマルガレアを一人にして置くはずが無いのだ。一体何があったのか?
「まあなんとかなるだろう。ああそうだ。夜まではお前も時間があるからシフォネを連れて市内見物にでも出たらどうだ? それともその様子では駄目かな?」
「ちょっと待って下さい。それより夜には宴があるでしょう?」
「うん」
「それはどうなさるんですか?」
「大丈夫だろう。多分」
本当に大丈夫なのか? アイオナは不安だった。
大丈夫だと言って、常に大丈夫なら文句は言わない。
しかしこの父親は「大丈夫だ。無問題」とか言って、事態を崩壊させてしまうこともままあるのだ。凄く不安だった。
「公衆浴場で見たが世界座がここに来ているぞ」
「本当ですか?」
それにはアイオナも興味を惹かれた。個人的に注目している一座なのだ。
「あら、でも座長のデトレウスは監獄に入れられたと聞きましたが……」
「出てきたんじゃないか? それか別の座長が率いているのかも知れん」
別の座長では余り期待はできない。あの一座はデトレウスあってのものだからだ。
「広告を見た感じでは近い内に公演を打つようだな。まあ芝居が始まれば噂が流れてくるだろうから、そしたら観に行くことにしよう」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
アイオナは慌てた。マルガレアの事といい、どうしてこうも話が飛ぶのか。
いつもながらの話だが、父ファナウスは複数の内容を一度に伝えてくることが多い。
多分、思いついた順に話しているだけだろうが、聞いている方は困ってしまう。複数の情報が一度に襲ってくるので混乱するのだ。
しかもファナウスは頭の回転が速いものだから、話の速度について行けなくなることがあるのだ。
「おそらくもっと詳しい話が劇場に行けば判る筈だが……今の儂には無理だ。急用ができた。というか実は元から存在していた急用と言うべきかな? 言葉としては変だが、とにかくそういう感じだ。だから世界座のことはお前に任せる。頼んだぞアイオナ」
「え? え? ええ!?」
返事を聞かずにファナウスは部屋を出て行った。かなり急いだ感じがあったから、このまま飛び出すように商館を出て行ってしまうだろう。
どうすればいいというのだ。まだ到着したばかりではないか。一緒に来た商会員のこととか、積み荷の細かい話とか、色々あるだろうに。
アイオナは途方に暮れたが、悲しいことに自分の他にはこの事態を収拾できる人間が居ないことも判っている。とにかくやるしかない。
仕方なく寝床から起き上がった。まだ少しだるいが大丈夫。動けそうだった。
ファナウスが注いでくれた水を飲んだ。冷たくて美味しいと思った。
一息吐くと、控えめに戸を敲く音がした。
「どうぞ」
ダーシュが部屋に入ってきた。
父の言った通りだ。部屋のすぐ外で待っていたのだろう。
ダーシュの顔を見ると父の言葉が蘇ってきた。
――部屋の前でお前の王子様が待っているぞ。
顔の火照りも蘇りそうになって、アイオナは努めて顔を緊縮めた。
「岳父殿はどうしたのだ? なんだかやけに急いで出て行ってしまったが……」
「気にしなくていいわ。たまにあるのよ……いや、ええと、結構あるという方が正しいかも」
「どういう意味だ?」
ダーシュは不思議そうな顔をしたが、そのまま側まで歩いて来て近くの椅子に腰を下ろした。今さっきまで父ファナウスが坐っていた椅子だ。
「湯中りしたと聞いたが大丈夫なのか?」
その言葉を目にすると、また顔が熱くなってくるのを感じた。
いい歳をして湯中りをしたなんて馬鹿にされるかも知れない。
「馬鹿にするつもりなんでしょう?」
先回りして言ってやると、ダーシュは苦笑いして肩を竦めた。
「まさか。俺も散々な目に遭った」
「ハドルメニス先生に会ったそうね」
そう尋ねると、途端にダーシュは苦い顔になった。
「……あの医者は拷問吏としか思えぬ」
「みんな最初はそう言うのよ。でも本当に名医よ」
「ああ、そうらしいな」
ダーシュはまだ渋い顔をしている。
「どうしたの?」
「……時々来いと言われたよ」
アイオナは笑った。
「笑うのは酷いな。俺の身にもなってみて欲しいものだ」
「ごめんなさい。でもなるべく行った方がいいわ。ジビノス先生も、このままでは治るまで時間が掛かるって仰っていたし」
「ああ」
「大丈夫よ。一緒に行ってあげるから」
ダーシュは諦めたような顔をした。
「避けて通れるものなら避けたいものだが……」
「あなただって早く元気を取り戻したいでしょ?」
「今でも十分元気だと思うがな」
「そう? でもハドルメニス先生はなんて仰ったのかしら?」
通って来い、そう言われたんでしょう? わざと遠回しにアイオナは指摘したのだ。
ダーシュにもそれは判っている。ゆえにまたダーシュは渋い顔をした。図星を指したらしい。それを見てアイオナはまた笑った。
ところがダーシュは不満そうな顔も見せずに、じっとこちらを見ている。
アイオナは急にむず痒いような気分になった。
「ダーシュ!」
「いきなりなんだ?」
「そ、それでね、あの……ちょっとまずい事になったかも知れないの」
「だからなんで、それでね、なんだ? 話が繋がっていないではないか」
「いいから話を聞いて」
「まあ待て。今まで横になっていたんだ。そう興奮するな」
ダーシュはアイオナを手で制した。
「それにお前の言いそうなことなら判っている」
「へえ? そう? なら言ってみてよ」
「岳父殿に俺たちの事がばれた」
ダーシュはあっさりとした口調で言ったが、アイオナの方は息が止まった。
「お前な……どうしてそう判りやすいんだ。店はお前が継ぐという話だが本当に大丈夫なのか? ヒスメネスに継がせてお前は手を引いた方がいいんじゃないか?」
「大きなお世話よ!」
「だから興奮するな」
ダーシュはどうどう、とでも言いたげに両手を前に出してアイオナを宥めた。
「またそんな風にして馬鹿にして!」
「馬鹿にはしてないさ。心配してるだけだ」
だからそれが馬鹿にしてるって言うのよ。そう言おうとしたが言えなかった。
ダーシュが身を乗り出してきたからだ。
「落ち着け。今の今まで横になっていたんだぞ。ほら、顔だって赤いだろうに」
そう言われると、その言葉でまた顔が熱くなってくる。熱くなってくるのを感じた。
指摘されて意識したからだ。きっとそうだ。でもそれだけだろうか?
ダーシュは手を伸ばしてアイオナが横になるよう促してきた。
仕方なくアイオナはまた横になった。起きようと思っていたのに。
「それでいい」
「こっちは良くないんだけど」
「そう言うな。では話を聞こうか。どんな風に岳父殿にばれているんだ?」
横になると確かに気分が落ち着いてくるのを感じた。アイオナは父親に話した内容を整理し、注釈を加えてダーシュに伝えた。
「ふむ。なるほどな」
ダーシュは腕を組んでいた。考え込んでいる様子だった。何か言うかと思っていたのだが何も言わない。暫くそうしていた。
「ダーシュ?」
「ああ、すまん」
言われて気付いたようにアイオナを見た。そしてふっと笑った。
「確かに、お前の父親は大した男のようだ。少し判ってきたよ」
「岳父殿じゃないの?」
「岳父殿さ。ただ、そうとばかりも言っていられないかも知れんな」
アイオナにはいまいちダーシュの言葉の意味が判らなかった。




