第六章・三
ルキアは着替えるとそのまま中庭へ向かった。
ゼメレス館は広大なので、中庭と言っても小さいものを含めれば建物や廊下に繋がった形でいくつもが存在しているし、中には中庭同士が通路で繋がっていたりもするのだが、行き付けの場所というものは大体決まっているものだ。
それは自分についても、他の者についてもである。人にはしっくり来る場所というものがあるのだ。
予想を付けた中庭の入り口に立つと、銀色の長い髪が見えた。
滝のように背中を流れ落ちる見事な銀髪だ。
女性である。ほっそりとした立ち姿はどこか頼りなげに感じられた。
ただしそれは女性らしい感じという意味ではなく、妙な不安定さがあるからだった。どこか立ったばかりの赤ん坊のような様子なのだ。
彼女は右手に小枝を持って、時たまふらふらと動いている。
ぼうっと立っていたかと思えば、脈絡もなくふらりと動き出す。右手の小枝がすうっと綺麗な曲線を描いた。
特にその動きが速いわけではない。
かといってゆっくり動いているという感じでもない。
何というか……動いていると言うよりも、動かされているような動き方だった。
糸繰り人形のような動きと言ってよいが、赤ん坊が体の感覚を試すためにゆらゆらと動く様にも似ている。
重さを楽しんでいるのではないだろうか。
体に掛かる重さを。その感覚を楽しんでいるのではないだろうか。
おそらくそこには鍛錬という感覚も発想もない。何故なら彼女にとっては全てが娯楽なのだろうから。
ルキアはそう察していたが、無論真実かどうかは判らない。
身体というものは奥が深い。それは皮膚の内側だけではなく、外にも拡がっているからだ。どこまで拡げられるかは、個人の才能と努力による。
その点について、つまり身体というものに関して言えば、彼女とルキアとの間には天地のような巨大な隔たりがある。
ルキアの感覚からも、理解からも、遥かに隔たった境地に彼女は立っている。それだけは間違いなく言えることだった。
「グラトリア」
ルキアが声を掛けると、銀髪の女性はのろのろと振り向いた。
「なあに?」
宝石と、青い瞳がルキアを見た。
グラトリアは隻眼なのだ。
一つだけのその眼は静かで、どこか視界の外を見ているような趣を湛えている。戦神の末裔が讃えるところのトリュオネ湖の瞳とは、まさにこの様な目を言うのであろう。
宝石というのは眼帯に付けられた宝石である。緑色の大きな石であり、眼帯の意匠はお世辞にも優美とは言いがたかったが、本人が気に入って付けているので問題はない。
ルキアとしては趣味がいいとは思えなかったが、グラトリアには彼女なりの美意識がある。それは尊重しなくてはならない。
……美意識でこの眼帯を選んでいるとすればだが。
「あなた暇は有る?」
「んー……今のところは暇よ?」
「この先しばらく何か予定はあるの?」
「特に何も無いわねえ」
「だったら私に付き合わない?」
「そうねえ……」
グラトリアは一つしか無い視線を天に向けた。
「あ、カモメ」
「……」
「ねえ、カモメって結構悪食なのよ? ルキアも知ってる?」
のんびりとした口調である。しかもルキアに対して敬語を使わない。
それはグラトリアが元々そういう人間であるという事が、おそらくはグラトリア本人にとっては事情の全てなのであろうが、他の者から見ても、彼女がルキアに対して普通に話しかけることを無礼だと見做すには当たらない理由がある。
その理由の一つは、まずグラトリアはローゼンディアでも特別な戦士集団に属すからである。
則ち『イスターリス戦士団』である。
この軍団は王国の軍制の中でも特別な位置を占めており、ローゼンディア国王ですら自由に動かすことはできない。
軍団自身の言によれば、戦王直属の部隊である自分たちは、国王の命令に従う必要はないということになる。
『戦王』とは古代セウェルス氏族の宗家、その当主を指す称号である。
現在では使われていない尊称であるが、戦士団では未だ現役の尊称として使用されているのだ。
王国の東部域では今も古代の戦王達の息吹が残っている。
軍団の戦士達を従わせるものはただ一つ。自分たちの心を捉えた戦王ないし、そうした人物だけである。
それ以外の一切に戦士達は従わない。そしてそうした態度を不遜であるとして眉を顰める貴族達は多い。
二つ目の理由は、グラトリアはセウェルス氏族宗家の出身だからである。
グラトリア・ジルダ・セウェルス。
それが彼女の名前だ。当然だが家名はない。グラトリアにとっては家名と氏族名とは一致するものだからだ。彼女の伯父が現セウェルス公クラティスなのである。
その意味で他氏族とは言え、家格的にはルキアより上と言えなくもないのだ。
三つ目の理由が最も重要である。
グラトリアは剣の聖者なのだ。アウラシールの地方教団に『剣の神殿』というものがあり、そこが認定するところの最高位の達人を『剣の聖者』と呼ぶ。
彼女は第八十三代短剣・小剣の聖者であり、四百三十七人目の剣の聖者になるという。
それがどの程度の意味を持つものなのかは、ルキアには度りかねるところがあるが、アウラシールにあっては別である。
ローゼンディア人にとっては三つ目の理由は小さいだろうが、アウラシールでは『剣の聖者』とは、現人神のことを指すと言ってもいい程のものらしい。
例えばグラトリアはアウラシール都市国家の王達を、いずれも呼び捨てに出来る立場なのだそうだが、これはローゼンディアで言えば、四大競技会での優勝者に準えられるだろうか。だとしたら確かに凄いことになるだろう。
「アシュロスとガレオンは?」
ルキアは左右に目を転じた。グラトリアは黙って中庭の奥を指さした。
そこではアシュロスとガレオンの二人が小さな卓を挟んで向き合っていた。賭け札をやっているようだった。
近くには何とクリュスタも立っていて、ルキアに気付くと嬉しそうに手を振ってきた。
「お姉様!」
ルキアも笑顔で応じながら歩み寄った。
アシュロスは癖のある金褐色の長髪をした偉丈夫であり、庶民が着るような飾りのない亜麻布の服を着ていたが、一目で貴族、それも戦場に立つ貴族というのが看て取れた。
そういう外見をしているのだ。その瞳には人の上に立つ者特有の強さと厳しさがあり、その面差しは逞しさと知性を兼ね備えていた。何よりその総体には品位というものが感じられた。
対してガレオンは灰色の髪と髭をした筋骨隆々たる大男であり、本人には悪いが山賊としか言いようのない外見をしている。
見るからに山出し、そして獰猛そうであったが、不思議と人を和ませる雰囲気というか空気を持っていて、とても強そうだが、何故だか危険という感じはしない。
二人ともイスターリス戦士団の戦士である。
であるから、何かしら王国騎士団に収まらぬ問題というか事情を持っている筈なのだが、戦士団の戦士達について口さがない貴族達の間でよく囁かれるような「落ちこぼれ」とか「無法者」とか、そういう悪い印象を与えるような感じはしない。少なくともルキアには一切感じられなかった。
おそらくは圧倒的な暴力を飼い慣らしているからだ。
この二人は強い。それも多分、桁外れに強いのだ。そしてその事をこの二人は当然のように受け入れて、その上に寝そべるように安住している。
その余裕が、自身の実力への信頼が、雰囲気となって現れているのだ。
余裕があるので恐怖心がない。だから犯罪者や無頼漢のように暴力を顕示する必要が無い。
つまり不作法な殺気や獰猛さなど垂れ流す必要は無いし、そもそもそんなものが出て来よう筈もないのだ。
獅子や熊は己の在り方に疑問を持たないであろうが、それと一緒だ。
言うなればこの二人は獅子であり、熊なのである。多分人間よりもずっとそっちに近い。
「閣下、まだお続けになるつもりでございますか?」
慇懃無礼という口調そのままにガレオンがアシュロスに問い掛けていた。
「このままでは閣下の美しきケツに生えたその輝けるケツの毛さえも、我が手に収まることになってしまいますぞ?」
「ふ……ふふふふ……ふふふ……」
愚弄に対してアシュロスは目を閉じ、肩を微かに顫わせて笑っていた。
「閣下のつるつるのケツを想像しただけで、ああ! 愚輩は悲しみのあまり笑いが止まりませぬ」
「そう言っているのも今の内だ。勝負は……最後までわからぬものよ」
「物事はあきらめが肝心だと思いますぞ。ケツを労れ。アシュロス」
「さあ続きを始めるぞ!」
アシュロスは卓を叩いて大きな声を出した。
「あなたには悪いけれど、私もガレオンの言う通りだと思うわよ?」
ルキアはアシュロスの隣に立って微笑みかけた。
「や! これは姫様。お見苦しいところを!」
たちまちアシュロスはこめかみの青筋を消して振り向いた。立ち上がって一揖する。
「お越しになられると知っていればこのような様はお見せ致しませんでした」
つい今までの苛つきなど微塵も感じさせない、恐縮したような様子である。その切り替えの見事さにルキアは感心した。
これだけ見事に自分の心を支配できるのに、心理戦の極致とも言える賭博でなんで負けるのだろうか? その点がまた不思議だった。
「いいのよ。ここにいる間は楽にしてくださいな」
「そうだぞ。姫様も前から言ってるじゃねえか。それよりさっさと金払え」
「お前は黙っていろ!」
「負けたくせに態度でかいね。いかんなあ。だから負けるんだぞ」
まさしくそうねと、ルキアは胸の裡で同意した。
怒ることは構わない。『正しき時に正しき作法で怒る人は尊敬される』と古代の警句にもある。
だが怒るのではなく、怒らされた者は必ず負ける。
今のアシュロスがまさにそうである。
「相変わらず不毛なことをやっているわねえ。大体アシュロスって一回も勝てたことないのになんでガレオンと博打するの?」
グラトリアが不思議そうに尋ねた。
「一度も勝てたことがないというのは取り消して貰おう。私は何度もこの無礼者には勝っているし、これから勝つつもりだったのだ」
「えー? でも最後はいつもお金払ってるでしょ? それって負けたからよね?」
「だから! 勝負の中では勝ったり負けたりを繰り返すのであって、この私がずっと負け続けるなどということは断じてない!」
アシュロスの鼻息は荒い。
「ああわかった。つまり最後はいつも負けるのね」
グラトリアは微笑んだ。ふにゃりと笑みが浮かんでくるというか、周囲に柔かい空気が拡がっていくような笑みである。
思わず釣られて微笑んでしまいたくなる魅力があって、まるで赤子のような笑みだなとルキアは思っている。
結局アシュロスは次こそは……などと呪いの言葉を吐きながら金を払った。
「二人とも暇はあるかしら?」
グラトリアにも尋ねたことをルキアは聞いた。
「暇かと言えば……」
「特に予定は何も御座いませんが……」
「だったら、私がお芝居を見に行くのに付き合って貰えないかしら?」
「芝居ですと?」
「なんでまた? 役者なんかこの館に呼べばいいんじゃねえのか?」
「たまには気分を変えて劇場に行きたいのよ」
「なるほど。色々と公務もあられるでしょうからな」
息抜きをしたいのでしょう? そう考えたのであろうアシュロスはうんうんと頷いていたが、ガレオンは面倒臭そうな顔をしている。
「私は構いません。姫様のお供が務まるか不安ではありますが、姫様のお望みとあらば」
「俺はいいわ。面倒くせえ」
こうしたガレオンの態度こそ、この館の者たちの眉を顰めさせるものだが、ルキアは全く気にならない。
嵐神の末裔であるガレオンが、ゼメレス族のようにルキアに傅く必要はないのだ。
とは言ってもこの男の場合、通常払われるであろう程度の敬意すら払っていない風に見えることが問題視されているわけだが。
「そう? 一人だけ残るのは寂しくない?」
「大丈夫大丈夫」
ガレオンは手を振った。
「そんな気遣う顔しなくっても大丈夫さ姫様。芝居小屋はどうもな……苦手なんだよ」
「なら無理には誘わないけれど……」
ガレオンが付いてこないというのは予想していたから別に構わない。
ルキアはガレオンが大の芝居好きである事を知っているし、皆と一緒に劇場に行きたがらない理由もまた知っているからだ。
芝居を見に行くにあたって、この二人は特に絶対に必要というわけではない。置いて行くのも少し気がとがめるので誘ってみただけである。
問題はグラトリアだった。彼女には一緒に芝居に行って貰う必要がある。来てくれないと困るのだ。
「それでグラトリアはどうなの?」
「わたしぃ?」
グラトリアは寝椅子に横たわって寛いでいる。こうしていると高級な猫か何かのようだ。
「そうねえ……行ってもいいわよ?」
「なら決まりね」
素早くルキアは手を叩いた。
「では三人でお芝居を見に行きましょう!」
「お姉様!!」
いきなりクリュスタの大声が耳に飛び込んできた。
「……何かしら?」
「どうして私を誘ってくださらないのですかっ?」
クリュスタはルキアの手を取って訴えてきた。
「別にそんなつもりはないわよ?」
あなたを連れて行くと色々と問題が起きそうだからよ、とルキアは本音を声に出さずに言った。
「それにあなたは神殿に行くお勤めがあるでしょう? お芝居は夜だから一緒に行くことはできないわ」
「行きます!」
「……はい?」
「私はお芝居に行きます!」
待て待て。お勤めは公務なのよ? それはゼメレス族貴族にとっての義務なのよ?
あなたはその義務を放棄しようと言うの?
ルキアはそんな風に思ったが、考えを言葉に纏めようとするよりも早くクリュスタがまくし立ててきた。
「神殿なんか一度くらい行かなくてもどうにでもなります! それよりお姉様とお芝居を見に行きます!」
「それは……」
「一緒に行きます!」
クリュスタの顔が紅潮してきた。まずい兆候だ。もちろん強く言えば彼女は諦めるだろう。だがそこまでしてクリュスタを排除するほどの計画でもない。
ルキアは頭の中で計算を始めた。
「いいんじゃない? 芝居なんかいつでも行けるし。神殿に行けば? やっぱり勤めは大事だと思うし」
グラトリアがそう意見すると、クリュスタは眼を剥いてグラトリアを見た。
その小さな体からは、怒気のようなものが揺らめいて立ち上るようにも見えた。
――ああ……まずい。
「なんだっ! お前! いつも寝ているだけのくせに!」
「いや、それは関係ないと思うけど……」
いきなり怒鳴られてもグラトリアに動じた気配はもちろんない。
「私とお姉様の話に口を挟むな!」
「私は意見を言っているだけよ。何も強制するつもりなんかないし」
しかしそんなグラトリアの、いつも通りの長閑な口調は逆効果であったようだ。
火に油を注ぐがごとく、クリュスタの怒りを煽り立てる結果にしかならないようだった。
「だまれだまれ! だまれっっ!!」
グラトリアを指さしてクリュスタは叫んだ。もう叫んでいることに気付いてもいないだろう。
「……こっちの姫様は血が濃いなあ」
ガレオンが呟く。それは「貴族としての血が濃い」という意味で、その言葉は同情を含んではいるが、差別的でもあった。
王侯貴族というものは通婚の過程で選べる選択肢が少ない場合が多い。
財産や因習や、権力闘争上の事情からそうなるわけだが、そのため、血が濃い場合が多い。
貴族用の学院など、一つの学級の全員が親戚同士だったという場合もあるくらいだ。
しかしできれば血というものは薄い方が良いのだ。これは牛馬に羊、家禽など、家畜を飼育している者達からすれば常識である。
血の濃さは病気に対する抵抗の弱さや、その他の問題を生む。そして人間もその法則からは逃れられない。
血が濃くなった結果、王侯貴族の中には変わり者が生まれてくることがある。
そこには様々な特性が顕れてくる。外貌はもちろん、性格、才能、知性の高低。
多くの場合、「血が濃い」という言葉は良い意味では使われない。
例えばルキア自身は、それが外見に顕れた場合だとよく言われてきた。
姫様はそんなに血が濃いというわけでもないというのに……残念そうにそう言われてきたのだ。
「……そういう言い方はやめてください」
「ああ、失言だったな。すまん」
はっとしたようにガレオンはルキアに頭を下げた。
クリュスタの叫びは続いていた。
「だまれっ! お前なんか雪の中で麺でも食ってろ!!」
その一言でアシュロスとガレオンは噴き出した。
「……今の発言は全ての戦神の末裔を敵に回したわよ?」
むっくりとグラトリアが起き上がる。
戦神の末裔が支配する極東地域は雪が多い。
そしてローゼンディアの東部地域と南部沿岸地域ではよく麺が食べられるが、極東部のイオルテス地域では特に好まれる。
ただ一口にイオルテス地域といってもかなりの広さがあり、全てが豪雪地帯というわけではない。大部分は山岳地帯と内陸の高原なのだ。
けれど戦神の末裔の領地であるデルギリアには、事実はともかく、一般には豪雪地帯という印象がある。
そこの住民は年がら年中麺を食べているので、事実雪の中で麺を食っているわけだ。
クリュスタの発言は的確であった。
そして本当のことを言われると人間とは怒るものなのだ。
「その言葉はイオルテスでは喧嘩を売ってるのと同じなのよ!」
「だからどうしたっ!」
なおトラケス地域も東部域なので、ゼメレス族もよく麺を食べるが、イオルテス人ほどではない。
何よりトラケス地方には、王国三大料理、七大料理、十二大料理、どんな選び方をした所で必ずその名が挙がる伝統のトラケス料理がある。
悲しいがイオルテスにはそれがない。イオルテス料理というものはある。あるが、それは王国を代表する料理とはされていない。しかも、どちらかというと馬鹿にされている。
「王国の郷土料理を百まで数えれば、さすがにイオルテス料理も入るかも知れぬ」などと言われているのだ。
この事をイオルテスの人々はよく知っており、胸を痛めているのだが、さりとてどうにもならない悲しさがあった。
そもそもイオルテスではその風土上、多彩な料理が発達する余地が少ないのである。
戦神の末裔達は決して、ヴァルゲン人のように「味覚が存在しない」とか、「食えるものなら何でも、石でも砂でも食う」とか言われているわけではない。そんな連中とは違うのだ。
しかしだからと言って、ゼメレス族のように異常なまでに食事に情熱を注ぐわけでもない。その興味の中心は弓馬と刀槍にあるのだ。
何よりイオルテス地方では調達できる食材が大分限られている。そのことが料理の発達する余地を大きく削るのは言うまでもない。
確かにイオルテス人は年がら年中麺を食べている。
それは事実である。宴会の時の大皿など、その半分以上、いや七割方が麺類になる。
それでもその名誉のために言っておくと、食べるものが麺しか無いわけではない。
肉はもちろん食べるし、小麦粉の生地で具材を包んだ包子と言われるものも麺同様に主菜になる。饅頭という蒸したパンもある。
面白いのは麺も饅頭もトゥライから伝わった食べ物であり、元々のローゼンディアの料理ではないという事実である。
つまりセウェルス氏族も、昔は別の料理を食べていたらしいのだ。
しかし、東方デルギリアに領地を持ったのが運の尽きというか巡り合わせというか、今となっては王国屈指の麺食い氏族になってしまっているのである。
饅頭もある。包子もある。
だがそれでも一番人気があるのが麺だ。
ゆえにイオルテス人は年がら年中麺を食べることになる。
この館に居てもグラトリアは麺ばかり食べている。それも幸せそうにゆっくりと食べる。見ているだけで和むような食べ方をする。
彼女は基本的には三食麺なので、クリュスタの発言は間違いどころか、正しいと言って良い。
それにしても全戦神の末裔を敵に回すとは、実に恐ろしい発言である。
「お前なんか棒を振り回すか、麺を食べるかしかしないじゃないか! お芝居なんて観に行かなくていいんだっ!」
「ねえ……あなたひょっとして私のことを麺だけ食べてる戦闘狂みたいに思ってない?」
うんざりしたようにグラトリアが尋ねると、意外なことにクリュスタはいきなり叫ぶのを止めた。
「違うの?」
そして心底不思議そうな顔をしてグラトリアに問い返した。
「傷つくんだけど!!」
今度はグラトリアが叫んだ。悲しそうだった。一つだけの青い瞳が潤んでいた。
「なにそれ!? ひどいんだけど! 取り消してよ!」
「だってそうじゃないか!」
グラトリアは両拳を振って反論したが、クリュスタは取り合わない。相変わらず叫びながら、負けじと大きく手を振って否定している。
その構図にルキアは頭を抱えたくなった。何これ。なんでこうなるの?
アシュロスは必死に笑いを噛み殺しており、ガレオンは大笑いしている。
この三人は大人だ。だからクリュスタの勘気も理解しているし、このゼメレス館の中に限って言えば問題になることはないと思っていたが、意外な伏兵が隠れていた。
まさかそれが麺とは。




